新たな味方
いよいよ出発の時が来た。
ダルボーズ軍三〇〇人とフェンディアナの使い三五人。ダルボーズはこれを「フェンディアナ軍」と呼称し、シュリエを勝利の乙女と呼ぶことにすると宣言した。
「聖女」と自称するのは憚られる、という理由からである。
その日は雲一つない快晴で、爽やかな風が髪の毛をそよがせる程度に吹いている。旅立ちに相応しい、心地よい日和だった。
シュリエは、これはまさにフェンディアナの祝福だと感じた。彼女に従う者たちも、そう信じた。
良いと感じることの全てが、吉兆に思われた。
フェンディアナの使い所属の農民たちがシュリエについて吹聴していたこともあり、ダルボーズの居城の近くの街レンヌ・ルーから大勢の人々が軍勢の行進を見物に駆け付けてきた。
「聖女、聖女!」
「勝利の乙女、勝利の乙女!」
と、見物人がシュリエに声援を送る。
シュリエは芦毛の馬に跨がり、白い布で顔を覆って正面だけを見て歩みを進めた。
「聖女は神秘的で神々しくあらねばならぬ。くれぐれも、手を振り返したりしないように」とダルボーズに釘を刺され、それを真面目に守っている。
レンヌ・ルーにこれだけ広まっているということは、レンヌ・ルーと交易している他の街にも噂は広まっている。ダルボーズは、その時間も計算に入れていた。
シャルールは、前方に居るダルボーズが振り向いて手招きしていることに気付いて馬の歩みを速めた。
「お呼びでしょうか」
「聖女殿の格好、どう思う?」
「神秘性を帯びた、良い服装かと存じます」
シュリエは、神殿の神官を思わせる純白の服を着ていた。肩や袖に長めの飾り布が付いており、風にヒラヒラと舞う様子は女神の降臨を思わせる。
「当初はあれで良いと思ったのだが、勝利の乙女という呼び名を思うと甲冑でもよかったかもしれぬ」
「甲冑、ですか。しかしシュリエには荷が重過ぎるのでは?」
「それもそうか。ふむ、今後の課題としよう」
「ご領主様は、まだ何かを待っているようですね」
「なぜそう思う」
「この行軍速度……ガリャール城から居城に戻られるときよりも遅く感じます。時間稼ぎをしているというか、出陣したという事実を喧伝しているような」
ダルボーズは、シャルールの顔を見てふふふと笑った。今日は特に機嫌がいい。
「お前は、世間知らずで学もない、自分を賢いと思っているだけの小ざかしい青二才の農民に過ぎなかった」
シャルールは、自覚していた引け目を全て言い当てられてうつむいた。
やはり、そう見えていたのか。
耳が熱い。
「だが、自分が及ばないことを自覚してよく学んでいたな」
「まだ分からぬことばかりです」
「お前の質問に話を戻そう。お前の言う通り、私は待っている。他の貴族の参陣を」
「王の宮廷で、影響力を持つため、ですか」
「半分正解だ」
「もう半分は?」
「もう少し考えてみるのだな。手掛かりは既に与えたぞ?」
ダルボーズは、笑いながら馬の速度をわずかに上げた。
本来、家臣や領民が主君と馬を並べることはできない。馬を並べられるのは、先ほどのようにお召しがあった場合だけである。
つまり、「会話はおしまい、本来の位置に戻れ」ということだ。
「ご領主様にはかなわないな」
シャルールは肩をすくめて顎をなでた。
◆
太陽が十五度ほど移動した頃、伝令がダルボーズの下にやって来て、小さな紙片を渡した。
ダルボーズは紙片につづられた一文をあらためると、「来たか」と言って前方を眺めた。
程なく、街道の脇道に控える軍勢が見えてきた。
「ビレーニュ領主フォリン、勝利の乙女の軍勢に加勢致す」
「フォリン卿、よくぞ参られた。共に国王をお助けしようではないか」
ダルボーズとフォリンは手を固く握り合い、再会を祝した。
「フォリン卿ならば私の檄文に応じてくれると思っていたよ」
「して、勝利の乙女に目通り願えるのかな?」
「勝利の乙女は軽々にお話にならない。特にこのような往来ではな。しかるべきときにお引き合わせ致そう」
太陽が西に傾き、茜色に染まり始める直前になった。
軍勢は行軍を停止し、野営の準備に取りかかった。
領主用の天幕は、先行していた部隊が既に設営を終えている。
「ではフォリン卿、勝利の乙女にお引き合わせ致す」
ダルボーズがシュリエを伴って天幕に入ってきた。
ダルボーズは、彼女の前にひざまずいた。それを見て、フォリンもダルボーズの隣にひざまずく。
シュリエは顔を隠していた布をわずかにほどいて、目元だけ露出した。
「女神の教えにより、殿方に顔をお見せするのは最小限と致します」
「お、おお……」
「こたびは、参陣かたじ、かたじけなく存じます。共に王と王国をお助け致しましょう」
「名高き聖女殿に拝謁の栄を頂き、恐悦至極に存じる。聖女殿の大望に、微力ながらお力添え致す所存」
フォリンの言上に、シュリエはおもむろに頷き、シャルールに促されて天幕から退出した。
フォリンは、雨のように降り注ぐ矢にも当たらず、神の歌で士気を鼓舞するという聖女の高貴さにうたれて、感慨深げにうなだれた。
◆
「どう、シャル兄! うまくできたでしょう?」
「一回噛んだね。今後も参陣してくる貴族が現れるから、よく練習しておくように」
「はい! がんばります!」
「それから、相手はフォリン卿だと教えたはず。一度くらいは相手の貴族名も呼ぶこと。『フォリン卿』と呼びかけられるかどうかだけで、心証が変わるのだから」
「お貴族様の名前や言葉は難しいんだもん」
「シュリエには王をお助けするという目標があるのだろう? 王のご前での作法はさらに難しいそうだ。それを習得しなければ王には会ってもらえないよ」
「そ、そんな! がんばります!」




