第30話 「ただいま」――80年越しの約束
『私の彼は、80年前の軍服男子でした‼』
――まえがき――
もし、あなたが古い写真の中にいる青年に――
一目惚れしてしまったら、どうしますか?
しかも、その青年が生きていたのは、今から80年も前。
名前しか知らない。
どんな声なのかも、どんな性格なのかも分からない。
もう二度と会うことなんてできない。
……普通なら、そう思いますよね。
16歳の女子高生、五十嵐ひまりも、最初はそう思っていました。
夏休み。
母親の実家で偶然見つけた、古いアルバム。
そこに写っていたのは、昭和十九年の海軍兵学校の学生たち。
その中にいた、一人の青年――如月健一、18歳。
ひまりは、写真を見た瞬間に恋をしてしまいます。
「……かっこいい」
「どんな人だったんだろう」
「どんな声で話すのかな」
「笑ったら、どんな顔をするんだろう」
写真の中の彼を眺めながら、どんどん想像を膨らませていくひまり。
そして、叶うはずのない願いを口にします。
「夢でもいいから……会ってみたい」
ところが、その夜。
写真が不思議な光を放ち――。
気を失ったひまりが目を覚ますと、そこは昭和十九年。
そして目の前には――。
「大丈夫か?」
写真の中の青年、如月健一が立っていました。
「…………え?」
「どうした?」
「……健一さん?」
「なぜ、俺の名前を知っている?」
こうして始まった、80年の時を越えた二人の恋。
現代の女子高生と、戦時中を生きる海軍兵学校の青年。
スマートフォンも、コンビニも、SNSも知らない健一。
そして、昭和の生活や戦時下の常識をまったく知らないひまり。
二人が一緒にいるだけで、毎日が大騒ぎ。
笑ったり、喧嘩したり、嫉妬したり。
時には胸が締めつけられるほど切ない時間を過ごしながら、二人は少しずつ本当の恋を知っていきます。
しかし――。
二人の間には、決して越えることのできない「時代」という壁がありました。
そして健一は、戦艦大和へ。
「必ず帰ってくる」
「待ってる。絶対に待ってるから」
二人は未来を約束します。
けれど――。
戦争という大きな運命が、二人を引き離してしまいます。
それでも、ひまりの恋は終わりません。
80年の時を越えて、もう一度――。
大好きな人に会うために。
これは、写真から始まった恋が、時代を越えて奇跡を起こす物語。
笑えて、キュンとして、時々泣ける。
そして最後には、きっと笑顔になれる。
『私の彼は、80年前の軍服男子でした‼』
どうぞ、ひまりと健一の80年越しの恋を――最後まで見届けてください。
第30話 「ただいま」――80年越しの約束
「……ひまり?」
電話の向こうから聞こえた声。
その瞬間。
ひまりの呼吸が止まった。
「……健一くん?」
恐る恐る名前を呼ぶ。
『……うん』
その声。
少し低くて、優しい声。
何度も夢の中で聞いた。
何度も手紙で想像した。
そして――。
昭和十九年で、実際に聞いた声。
「……そんな……」
ひまりの目から、涙が溢れた。
「嘘……」
『どうしたの?』
「だって……」
声が震える。
「健一くんの声……」
『え?』
「……私、ずっと探してた」
電話の向こうで、少し沈黙があった。
『……ひまり』
その呼び方まで同じだった。
「……会いたい」
ひまりは泣きながら言った。
「会いたいよ……」
---
翌日。
ひまりは、電話の相手と待ち合わせをすることになった。
場所は――。
母親の実家。
80年前に、ひまりが初めて健一の写真を見つけた場所だった。
「……ここ」
玄関の前に立つ。
あの日と何も変わらない。
古い柱。
縁側。
庭。
蝉の声。
「本当に来るのかな……」
胸がドキドキする。
すると――。
「ひまり」
後ろから声がした。
「……!」
振り返る。
そこに立っていたのは――。
一人の青年。
年齢は18歳くらい。
白いシャツに、黒いパンツ。
短く整えられた髪。
そして――。
「……」
ひまりは言葉を失った。
顔が――。
健一と同じだった。
もちろん、軍服ではない。
時代も違う。
髪型も違う。
それでも。
その瞳。
その笑い方。
間違えようがない。
「……健一くん?」
青年は少し驚いたように笑った。
「やっぱり……そう呼ぶんだ」
「……え?」
「電話で話したときから、ずっと気になってた」
青年が一歩近づく。
「俺の名前は――」
そして。
「如月健一」
「……!」
ひまりの目から、また涙が溢れた。
「嘘……」
「嘘じゃない」
「だって……」
「ただし」
青年は少し困ったように笑う。
「今の俺は、如月健一じゃない」
「……え?」
「名字も違うし、名前も違う」
「じゃあ……」
「でも――」
青年は胸元から、小さなものを取り出した。
「これを見て」
「……!」
それは――。
古い写真だった。
軍服姿の青年。
如月健一。
そして、その隣には――。
ひまりが写っていた。
「……私?」
写真の中のひまりは、昭和の服装をして笑っている。
「これ……」
青年は頷いた。
「祖父の家に残ってた写真なんだ」
「……」
「子どもの頃から、この写真を見るたびに不思議だった」
「どうして?」
「この女の子を、なぜか知っている気がした」
ひまりは震える。
「……私も」
「え?」
「健一くんの写真を初めて見たとき……」
涙を拭う。
「初めて見たのに、ずっと前から知ってる気がした」
二人はしばらく見つめ合った。
---
「……じゃあ」
ひまりは恐る恐る尋ねる。
「あなたは……健一くんの生まれ変わり?」
青年は少し笑った。
「たぶんね」
「たぶんって……」
「だって、証明できないだろ?」
「それは……そうだけど」
「でも」
青年はひまりを見る。
「君に会った瞬間、分かった」
「……何が?」
「ずっと探していた人だって」
ひまりの頬が赤くなる。
「……」
「何で照れてるの?」
「だって……」
「ん?」
「80年前にも、同じようなこと言われたから」
「……俺が?」
「うん」
ひまりは笑った。
「本当に……健一くんなんだ」
---
その日の夕方。
二人は縁側に並んで座った。
ひまりは、あの日と同じように空を見上げる。
「不思議」
「何が?」
「80年前も、ここにいたんだよ」
「そうなんだ」
「健一くんと一緒に海を見たり、笑ったり……」
ひまりは少し寂しそうに笑う。
「でも、最後は戦争に引き離されちゃった」
青年は何も言わず、ひまりの手を取った。
「……今度は」
「え?」
「もう、誰にも引き離させない」
ひまりは青年を見る。
「……健一くん」
「今度は戦争もない」
「うん」
「時代も違う」
「うん」
「だから――」
青年は少し照れながら笑った。
「今度こそ、ずっと一緒にいよう」
ひまりの目に涙が浮かぶ。
「……約束?」
「ああ」
「絶対?」
「絶対」
ひまりは笑った。
「……じゃあ」
青年の手を握る。
「今度は私が、令和を案内するね」
「よろしく」
「スマートフォンも教えてあげる」
「それは楽しみだな」
「映画も!」
「本物の映画館?」
「もちろん!」
「東京にも?」
「連れて行く!」
「……人が多そうだな」
「ふふっ」
ひまりは笑う。
「80年前と同じこと言ってる」
青年も笑った。
「そうなのか?」
「うん」
---
その夜。
ひまりは自分の部屋で、古い写真を眺めていた。
写真の中には――。
軍服姿の健一。
そして、その隣で笑う自分。
「……」
あの日。
「夢でもいいから会いたい」
そう願った。
その願いが、80年の時を越えた。
ひまりは写真をそっとアルバムへ戻した。
「健一くん」
そして、新しく出会った青年の名前をスマートフォンに登録する。
表示された名前は――。
如月健一
「……ふふっ」
少しだけ笑ってしまう。
「今度は、写真じゃない」
スマートフォンを胸に抱える。
「ちゃんと、隣にいる」
---
翌朝。
ひまりが目を覚ますと、スマートフォンにメッセージが届いていた。
『おはよう、ひまり』
「……!」
続けてもう一件。
『今日、会える?』
ひまりは布団の中で飛び跳ねた。
「会える!」
すぐに返信する。
『もちろん!』
送信。
数秒後。
『よかった。じゃあ迎えに行く』
「……」
ひまりはスマートフォンを見つめたまま、幸せそうに笑った。
そして――。
机の上に置かれた古い写真を見る。
軍服姿の健一が、静かに笑っている。
「健一くん」
ひまりは小さく呟いた。
「おかえり」
窓から、夏の光が差し込む。
80年前。
戦争によって引き裂かれた二人。
けれど――。
時を越えて。
生まれ変わって。
二人は再び出会った。
今度こそ。
誰にも邪魔されることのない時代で。
二人の恋は――。
ここから始まる。
「私の彼は、80年前の軍服男子でした‼」
――完――
『私の彼は、80年前の軍服男子でした‼』
――あとがき――
最後まで読んでくださって、本当にありがとうございました。
『私の彼は、80年前の軍服男子でした‼』はいかがでしたでしょうか?
この物語は、令和を生きる16歳の女子高生・五十嵐ひまりが、古いアルバムの中に写っていた青年・如月健一に一目惚れするところから始まりました。
「写真の中の人に恋をする」
普通なら、絶対に叶わない恋です。
けれど、ひまりの「会いたい」という強い想いが時を越え、二人は昭和十九年で出会います。
最初は、現代っ子のひまりと、真面目で少し不器用な健一。
時代も違えば、生活も価値観も違う二人でした。
それでも、一緒に過ごす時間が増えるにつれて、少しずつ惹かれ合い、恋人になっていきました。
二人の恋を描くうえで大切にしたかったのは、戦争そのものではなく、その時代の中でも誰かを好きになり、笑い、未来を夢見た若者たちの気持ちです。
健一にも、ひまりと一緒に過ごしたい未来がありました。
ひまりにも、健一と一緒に見たい未来がありました。
「また海を見よう」
「必ず帰る」
そんな普通の約束が、戦争によってどれほど大切なものだったのか。
だからこそ、二人が離ればなれになる場面は、物語の中でも特に大切にしました。
そして最後は――。
80年前には叶わなかった二人の約束を、令和の時代でもう一度。
健一の生まれ変わりとひまりが再会することで、二人の恋にもう一度、未来を与えました。
80年前にできなかったこと。
一緒に映画を見ること。
令和の街を歩くこと。
スマートフォンを見ること。
そして、何より――。
誰にも引き裂かれることなく、好きな人の隣にいること。
今度こそ、二人にはそんな普通の幸せを手にしてほしい。
そんな願いを込めています。
もし、物語を読み終えたあとに、
「ひまりと健一、この先どうなるんだろう?」
「令和で二人はどんな恋愛をするんだろう?」
そんなふうに想像していただけたなら、とても嬉しいです。
写真の中の一人の青年に一目惚れした少女。
そして、80年という長い時間を越えて、もう一度巡り合った二人。
恋は、時代が変わっても消えない。
そんな奇跡を、二人から感じてもらえたら嬉しいです。
最後まで、ひまりと健一の恋に付き合ってくださり、本当にありがとうございました。
またどこかで、二人に会える日が来るかもしれません。
そのときはきっと――。
「健一くん、令和へようこそ!」
「……ひまり。まずはスマートフォンの使い方を教えてくれ」
「そこから!?」
そんな二人の声が聞こえてきそうです。
それでは――。
『私の彼は、80年前の軍服男子でした‼』
これにて、二人の最初の物語は幕を閉じます。
最後まで読んでくださったあなたへ。
本当に、ありがとうございました。




