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第1話:『間違わない。』(5)

 地面を蹴るたび長い髪を舞わせて、遠ざかっていく天使ちゃん。

 ていうか、あっちが礼拝堂の出入口なのか。彼女のきらめきに見とれている場合ではない。


「――あっ、ちょ…………ちょいとま、待たれよ!」


 落ちてたリュックを慌てて拾い上げると、わたしも後を追った。

 どうして怒らせちゃったんだろうとか、そもそもなんでお互い生き延びられたのかとか、そういう疑問点は落ちついてからいっしょに答えあわせできればいいよね。

 地面を埋め尽くす草花に何度も足を取られそうになりながら、死にもの狂いの全力疾走で天使ちゃんを追跡中。

 なのだが……やっぱダメかも。陰キャ女子に全力疾走とかムリ。

 わたし部活動とかしてなかった系か? 肺と心臓どころか股関節まで痛くなってきてんのめっちゃウケんだけど。

 ぜえはあ呻きながら礼拝堂の出入口らしきアーチが視界に入ったあたりで……あれ、天使ちゃんがとぼとぼ、ぜえはあと小走りになっているのが見えて――ってあんたもかいっ!

 で、わたしに追い付かれそうなのに気付いた途端、イタズラがバレたどっかのクソガキみたいにまん丸く目を見開いて「きゃあ」などとかわいらしー悲鳴まであげおって。

 ぐへへ。小学生くらいの背丈だし、次第に犯罪臭が、うーん。


 そんな天使ちゃんとのほのぼの追走劇は、アーチを越えたあたりで唐突な幕引きとなった。

 礼拝堂の壁面に開けられた出入口。外れて地面に横たわる扉を踏み越えたその向こう側は、教会ではなんて言うのか知らないけれど、いわゆるロビーみたいに広がった空間だった。

 礼拝堂よりも広い吹き抜け構造で、とにかく天井が高い。

 何本も張りめぐらされた梁や柱が複雑怪奇に交差して、天井の宗教画に繋がる造形。

 それこそゴシック建築みたいな情報量で、高窓のステンドグラスだけで視界が埋めつくされそうな勢いなのに、あちこちの荘厳にして豪奢なる彫刻群なんて圧巻ものだ。

 にしても、やっぱり人の営みを感じなくて、剥がれた床から植物が伸び放題。

 礼拝堂のより背丈が高くなっていて、蔓植物なんて壁を伝って天井にまで届こうという勢いだ。


 天使ちゃんはわたしからの逃走を諦めたのかすぐそこでへたり込み、肩で荒い息を続けている。

 と、今さら右手の痛みがぶり返してきたので、呻き声をこらえしゃがみ込むしかなかった。

 ()()()()()()()()

 視線を落としたお陰で、天使ちゃんの向こう――茂みの奥に潜む人影が見えた。

 少なくとも、わたし達の視線上に一人。茂みから突き出ているあれは……いわゆる弓矢だろうか。

 そっか、異世界ファンタジー。ダークファンタジーな地下迷宮世界がどうとか言ってたな自称女神(アイツ)

 で、わたしってば天使ちゃんが鬼ごっこ断念した理由に今さら気付いて。

 へたり込むこの子のすぐ足元に、射られた二本の矢がぶっ刺さっているではないか。

 そっと視線だけ動かしてみれば、反対の壁際にもう一人いた。

 ぎぎぎ……と首を軋ませながら真正面に視線を戻せば、こっちに矢を向けてる小さいやつの傍らに、いつの間にかもう二回りくらい背丈のある――たぶん男の人が立っていた。そいつに従ってるっぽい、狼みたいに大きな犬も。

 表情まで視認できる距離じゃないけど、わんこの眼が光ってて怖いんですけど。

 とにかくこの状況、友好的な相手に包囲されているとはとうてい思えなくて。


「あのう……こ、これ…………う、動かないほうが身のためですかね……」


 どうコミュニケーションを取ればいいのかわからなくて、情けない声しか出せないわたし。

 異世界でもニュアンス通じるかな? 恐る恐る両手を上げてみたり。


「――――っ!」


 そしたら急に勢いよく息を吐きだした天使ちゃん、Uターンしてまるで猫みたいに四つん這いで駆けだしたかと思ったら、なんとわたしの股ぐらを驚くべき身のこなしで潜り抜けて礼拝堂まで全力疾走!


「ひゃ――ちょ、置いてかないでよお!!」


 天使ちゃんったら敵前逃亡じゃん、わたしのすねに髪の毛のくすぐったい感触だけ残して。


 男がゆっくりとこっちに近づいてくるのが見えた。

 いかにも異世界ファンタジーの山賊か何かっぽい扮装をしたコワモテ男。腰に下げているあれは――いやいやどう見ても剣だ、人とか魔物を切り殺すやつ。明らかに獰猛そうな猟犬まで連れている。

 もう隠れる必要なしと判断したのか、二人の弓使いが草むらから出て、わたしに狙いを定めたまま前進開始。

 男の子と女の子だ。ぼろきれをまとったみすぼらしい身なりで、しかも二人ともまだ小学生くらいの子どもじゃないか。

 ちょっと待ってよ、あそこの柱の陰から出てきたの四人目じゃないの?!

 こっちも背が低い少年だったけど、ここから見ても筋骨隆々で、わたしの世界なら世紀末の蛮族くらいしか装備してそうにない鉄パイプをズルズル、ガリガリと引きずりながら迫りくる。

 え、これってわたしだけ死亡フラグ?

 うっかり背中を見せた途端にバッドエンド直行?

 落ち着け。こういうときは……ええと、あれだ。

 ステータス画面をオープンして、スキル欄を確認して、とにかくこの窮地を乗りきれそうなスキルを発動……だっけ?

 ――ステータス・オープン!


「――――ぅ――ッ………………ん…………――ん?!」


 え、なんで声が出ないの?! え、わたし詠唱まちがった? 滑舌ミスってた??

 あ゛ーっ! ヤバそうな連中が近づいてくるじりじり近づいてくる! なんでもいいからスキル発動してよっ!!

 ――ここに発動せよ、我が内に秘められし聖女スキルよ!


「――――ぅ゛ぁ………………うぉ…………」


 理屈はわかんないけど、やっぱり()()()()()()()()――って感覚がたぶん適切だった。

 でもどうして声が出なかったのか、原因を突きとめてる猶予なんてわたしには残されていなかった。

 唐突に突き飛ばされたみたいな衝撃を受けよろめいてしまい、反射的に「あぐ――」と奇妙な息が漏れ出て。

 あれ、いま何が起きた?

 なんでわたし四つん這いになってるんだろ?

 なぜか力ひとつ入らなくなってる。

 なんで……? いた……痛い――あれ……か、肩――なんで……矢、刺さって――??


 右肩に突き立った矢を呆然と見やり、それ以上何かを呟こうとした唇が凍りつく。

 そのままアサヒは、糸が途切れたように地に伏した。


 示し合わせたかのように、廃教会の大拝廊ナルテックスに残響したのは、獣の低いうなり声だった。

 主人の号令一下、放たれた四の矢のごとく、一頭の猟犬が重たく湿った足音を立てて駆けだす。

 矢を押さえてうずくまるアサヒ。彼女の喉頸に迫るかに見えた猟犬は、それには目もくれずに胴体を飛び越えて走り去る。

 肉食動物特有の荒々しくも恐ろしい喘鳴が、礼拝堂の暗闇へと遠ざかってゆく。


「――ようしチビども、てめえら二人で獲物を追い詰めてこい。

 いいか、獲物にゃキズ一つつけんじゃねえぞ?

 さもねえとあとで隊長に八つ裂きにされちまっぞ」


 追っ手の一人――猟犬使いの少年・ファッジが、弓使いの小さな二人組にそう命じた。

 ファッジはアサヒとそう変わらぬ年頃の少年だったが、その顔立ちには剣でやられたか爪でやられたかという無数の傷痕が生々しい。いちばん大きなものなど短く刈り込んだ頭髪にまで至っていて、歴戦のつわものといった貫禄をひけらかしていた。

 兄貴分に言われるがままに、小さな弓使いの片割れ――坊主頭の少年の方が番えた矢を矢筒に戻すと、獲物を追った猟犬の後に続く。

 もう片割れ――栗毛の少女の方はファッジの傍らでわざとらしく立ち止まるや、うずくまったまま震えるアサヒの右腕に突き立った矢を、難なく引き抜いてみせた。

 アサヒが鈍い悲鳴を上げようと表情ひとつ変えず、頭ふたつ分はでかいファッジを見上げる。


「このさきはちゃんと行きどまりだから逃がさないけど。ご主人さま、こっちの女どうすんの?

 面倒おきないうちに殺しちまおうか?」


 少女が言う。言葉にためらいはない。

 矢尻にこびりついた肉脂――それをさも何でもないもののように拭き取ると、慣れた手つきで腰巻に下げた筒に浸し、新しい矢毒を塗りなおしている。


「ムダ口叩いてねえでとっとと行きやがれ半ノームが。

 イヌ畜生より()()()のが使えるって示すのがてめえらの仕事だ。

 わかったらオレが行くまでおとなしく獲物を見張ってろ」


 ファッジに尻を蹴り飛ばされた少女は、渋々といった態度すら見せずに相棒たちの後を追った。


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