第1話:『間違わない。』(1)
〝――だれか……助けて…………死にたくない――――――!!〟
ガシャン――と窓ガラスが飛び散る音を打ち消すほどの、それはまるで悲鳴のような願い。
〝わたし〟のすぐ耳元で、確かに女の子がそう叫んだんだ。
でもやっぱり気のせいだったのかも。
あたりは静かで、夜みたいに真っ暗で、
さらさらと草がそよぐ音と、それを踏んづけた生々しい感触がして。
でも直後に飛びこんできた感覚とのギャップに、〝わたし〟の心臓が飛び跳ねるような勢いで全身に血液を送りこんだ。
周囲は闇また闇なのに、地面を埋め尽くしていたのは赤、青、黄――色鮮やかな花という花。
振り返れば、ここ唯一の光源らしい巨大な色付き窓――ていうかこれってステンドグラスっぽくない?
花の色に似ているのは偶然なのか、赤、青、黄――色とりどりのガラスで描かれた宗教画。
教会?
何がどうしてこうなったのやら、〝わたし〟は朽ちた礼拝堂の祭壇っぽい場所に立ちつくしていたのだ。
太陽を天に頂き祈りを捧げる女性と、その足もとに横たわるひとりの子ども。
その子の背には白いガラスで光る輪っかと翼とが表現されていて、「あっ、これ天使なんだ」って、ステンドグラスに描かれた一場面に思わずハッとしてしまう。
でもこの幻想的で神秘的な光景よりもまず、耐えがたい生理的嫌悪感がアラートを鳴らし続けている。
どろりと真っ赤なグロテスク――そんな感じの生暖かいアレが〝わたし〟の靴やスカート、手の平にまで飛び散っている現実なんてはじめから無かったことにしたかったのにさ。
当然自分のじゃない。でもこんなの返り血どころじゃない。
〝わたし〟の肌や制服の生地を赤黒く濡らして、でろでろと頬を滑り落ちていく感触。
草花と土のにおいをかき消すほど、途轍もない量の血液が放つ臭気。
さながら【血肉の花園】なんてキャプションが付きそうな惨状だ。礼拝堂に咲き散らかした花の絨毯に、真っ赤で生暖かい血飛沫と臓腑がぶちまけられていた。
いや、もうこれ以上メンタル持たないでしょ。喉が痙攣しはじめた。
戦慄――なんて軽々と飛び越えて、狂気狂乱まっしぐらの半歩前。
破裂しそうな鼓動とは裏腹に、呻き声の出し方すら忘れてしまって。
そこでやめとけばいいのに、目の焦点も虚ろなまま足もとを確認してしまった。
〝わたし〟の股下に、動物の背骨が横たわっていた。あばらが砕けて、新鮮な血肉のこびりついたやつが。
すぐそばで咲く花に埋もれていたのは、よく見ればもげた人間の片腕だった。
すらりと細くて青白い肌。子どもみたいに小さな手が、まるでお花を摘んでいるみたい。
ようやく理解できたんだ。
〝わたし〟は今、人間の死体の上に立っている。
こんなのあり得ないのに、〝わたし〟が内側から破裂させたとしか説明できないむごさだ。
視界が揺らぐ。心臓が馬鹿みたいにうるさい。
もうまともに立っていられなくなって、
でも逃げ出そうにも腰が抜けてしまって、その場に膝をつくことしかできなくて。
顔を上げた先で、千切れ飛んだ上半身が――命を絶たれてなお〝その子〟が〝わたし〟を見ている事実から目を逸らせなかった。
肌も、髪も、虚ろな瞳すらも。
全てが真っ白い、さながら彫像めいた少女の亡骸。
ズタズタに千切れた血濡れの服までやっぱり白くて、
その様がまるで二枚の白い翼を広げているように綺麗で、
なのに分かたれた胴体の断面がぽっかりと穴を開け、〝わたし〟と同じ真っ赤なグロテスクを見せつけていて。
それを見た途端、〝わたし〟はようやく人間としての正気を取り戻せたんだ。
だから醜い悲鳴を轟かせて狂乱するか、胃の中身を盛大にぶちまけるかのどっちが先かという分岐点。
その寸前、
――はいはい、はーい、ここでストップ! 落ち着けっ!
そんな〝わたし〟自身の声が、どうしてなのか脳内に轟いたのだ。




