第2話:『ダンジョンクローラー』(7)
「――……ヒ………………サヒ…………ァサヒ――」
名前を呼ぶ声が聞こえる。
もう声の時点で美少女確定。
ていうか目の焦点が合う前から完全に美少女ってわかる。
美少女声が鼓膜を優しくくぐり抜けて、まだぼんやりとしたわたしの意識を(それこそASMR的に)心地よくしてくれている。
………………。
――おやすみ。
「――……アサヒッ!」
びっくりして「ふぇい……」なんて超だらしねえ声出ちゃった。
でも今にも泣きだしそうな表情でのぞき込んできたミナがあまりにも尊すぎたので、わたしってばヨダレを拭くよりもまず合掌してしまって。
「おはありがとうございます」
まあ当然ながら、ミナもそんなぽかんとした顔になっちゃうよね。
垂れ下がってきたエンジェル・ヘアーがくすぐったくて、そいつとイチャついてるうちに我が指がミナの頬に到着。
「…………悲しげな顔してどした? なんかヤなこと、あった?」
「だって……だって、一緒におやすみなさいをしたはずなのに、アサヒの様子がずっとおかしかったから……」
「んん?? あれ、そうだったっけ? わたし、普通に寝落ちしてたっぽいけどなあ」
ここは見覚えのある芝生の部屋。水道の濾過施設。
しとしとと小雨が降り続ける部屋の壁際で、タオルを枕代わりにして眠ったのを思い出す。
「ついさっきだって、アサヒは眠りながら何か囁いていたわ。
ミナは眠るヒトの子をこんなにも間近で見たことがなかったから、知識がないの。
アサヒは寝ながら言葉を話してしまえるヒトなの?」
「そ、それはないけど……そういやすごくヘンな夢、見ちゃってような気が……。
ってことは喋ってたワケじゃなくて、うなされてた系かも」
でも夢の内容はさておき、あのシーンにわたしの台詞なんてあったっけ?
「アサヒがうなされていたということは、あれが悪夢という現象なのかしら?
だとしても、アサヒはおやすみなさいした後も、ずっと誰かに話しかけていたわ。
――ここにはミナ以外に誰もいないのに」
ああ、この子、もしかしたらわたしが寝入る前のことを言ってるのか。
ミナが先に寝ちゃったと思って油断してた。実はぜんぶ聞かれてたとしたら恥ずかしすぎる。
「……そっか、ごめんごめん。眠れなくて、この世界の言葉を練習しててさ。
できるだけ声のトーン落としてたつもりだったんだけどね。
ミナも眠たかったのに、わたしがやかましくしちゃったかな?」
「ううん、アサヒに何もなかったのならいいの。
ミナも睡眠はじゅうぶんに取れたわ。アサヒのお弁当のおかげかしら?」
ニコッと微笑み返してくれて、この威力ったらまさしくエンジェリックというか、リアル・エンジェルのスマイルである。
ささやかなお弁当タイムだったけれど、またこの子の希望を未来へと繋げられたんだと思えば勇気がめちゃくちゃ湧いてきた。
そうだ、わたしはミナを守るって誓った。
で、自称女神との聖女契約を拒んだわたしの武器が何かって言ったら、まっ先に行き着いたのが異世界語の自動翻訳スキル――より正確に言えば自動通訳スキルだったんだ。
たとえばわたしは〝朝〟って言葉を声に出せないけど、それは太陽がない〈迷宮〉の住人達には朝も夜もないから当然で、だから自動通訳スキル君は〝朝ごはん〟や〝明日〟や〝一時間〟なんて通訳は受け付けてくれないわけ。
つまり、昨日ミナとお弁当を食べた事実を声に出したければ「眠る前にお弁当を食べた」って言うしかないんだよね。だって〝昨日〟に相当する言葉がこの世界には存在しないから
だからミナが寝ている隙に、わたしは思いつく限りの単語を声に出す実験をしたんだ。
この世界ではどの言葉が言えてどの言葉が言えないのか。過酷な〈迷宮〉で生き抜くための手がかりを得るために。
見方を変えれば、わたしは自動通訳スキルの仕組みをハックして、この世界でまだ知らない物事やまだ出会ってない人をある程度なら事実判定できてしまうのではと考えたんだ。
要するに、わたしが声に出せる概念はこの世界に存在する。
「はっ、そうだ! ――……〝魔女の、抜け殻〟。〝等価置換〟……――やっぱり言えたっ!」
ほら、ちゃんと声に出せたのだから、あの奇妙に生々しい夢は現実だって確信していいよね!
このやり方が正解かどうかは半信半疑だけど、そんなのこれから確かめればいい。
第二、第三のバッドエンド分岐が立ちふさがろうが、わたしがことごとくフラグを折りまくってやる。
で、理解がちっとも追いつかない顔のミナに、
「いま言いづらいんだけど、でも大事な話だから言うね。
ミナを掴まえようとしてる探索隊の人たちさ、次のチームがもう出発してると思う」
端的に告げた。
「えっ……アサヒにはどうしてそんなことまでわかるの?」
確かに、いきなり言われたらそうなるよね。
でも自分自身でもわからない能力の理屈を、どう説明したらいいのやら。
わたしが奇跡=何らかの聖女スキルを使えるから――で納得してもらえるとは思ってないし、そういやわたしが聖女に関係していること自体をミナにまだ話せていなかったな。
聖女召喚の生贄であるこの子に、わたしがニアイコールの聖女だって伝えるのが怖い。
「わたしがミナに触れてもだいじょうぶになったのと同じだよ。
たぶんね、わたしには不思議な力があるんだ。
その秘密が何なのかも知らなきゃだけど、今はミナの笑顔を守り抜くナゾの女ってことで!」
「アサヒがそう言うなら信じたいのだけれど……。
でも、ミナがあそこまでしたんだもの。ヒトの子らもミナを恐れて諦めてくれないのかしら……」
立てかけておいた鉄パイプを拾い上げて、夢の主役だった男の子――ギンネ君を思い出す。
確かに、彼らはわたしと同世代くらいだし、この〈迷宮〉しか知らないならなおのこと、天使という伝承に恐れおののいて不思議じゃないのかも。
「あの男の子たちは、もっと怖い大人を恐れてるんだよ。
あの首輪が証拠。怖くて、逆らえなくて。
だからミナを捕まえたいやつらの言いなりになるしかなくて」
一時でも休息は取れた。
それに、ここで息を潜めるばかりじゃ全然らしくない。たぶん、わたしってそういうキャラだった気しかしない。
ならさ、前に進むしかないよね。
さあ出発だと、タオルや空になった弁当箱と水筒をリュックに詰めこんで、
「でも、たぶんね――もし見つかったとしても、ミナにひどいことなんて絶対させない」
あの夢が確信を後押ししてくれたから、立ち上がったわたしは自分史上例にないヒロイック表情差分でミナに手を差し伸べた。
「ええ、不思議ね。アサヒがいてくれるなら、本当にそうなってくれる気がするわ」
二回りくらい小さなミナと肩を並べると(並んでないけど)、幾分軽くなったリュックを背負いなおして、そこでふと奇妙な違和感。
「あれれ、〝いくぶん軽くなった〟なんて書いたがわたしが表現盛ったか?」
なんかリュックにほのかな重みが……。
え、これマジなの?! マジでしょ。
背負いかけたリュックをまた地面に置いて、さっき仕舞いこんだ諸々を取り出して、無造作に並べていって。
「アサヒ、あなた突然なにをしはじめたの?? なくしたものがあるの?」
心配顔をしたミナの前で、昨晩(※便宜上の)に食べつくした弁当箱を再びオープンしてやる。
ぱかっ。
さあさあ、中からお出まししたのは、二人で分けあった空っぽの弁当箱――などではなく。
【本日の献立】
◎おにぎり ×2個
◎カラアゲ ×2個
◎白身魚のミニフライ ×1個
◎玉子焼き ×2切れ
◎ブロッコリー&レタス&ミニトマト&マヨ
◎うさぎリンゴ
「まさかの〈∞弁当箱〉じゃん! それとも四次元リュックの方か??
まあどっちでもいいや! とにかくや――――――――ったぁ!!」
前回の三倍くらいはガチめのガッツポーズ決めてやった!
本当にマジでガチのガッツポーズ見せつけたった!!




