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ダークファンタジーになんてさせない、絶対させない。  作者: 学倉十吾
第2話:『ダンジョンクローラー』
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第2話:『ダンジョンクローラー』(5)

「――わあ、すごいねここ……。〈迷宮〉にも、こんなきれいな場所があったなんて」


 鉄梯子を登りきった先の光景に、思わず出たわたしのファースト・インプレッションである。

 ここは何というか、芝生で小雨が降ってる部屋――そんな表現が浮かぶ場所だった。

 わたしとミナの二人で入れば、ちょっと窮屈になる感じの小部屋だった。

 〈迷宮〉内の一室なので、当然ながら壁も天井も石造りなんだけど、天井からLEDっぽい色合いの照明が落とされていて、床一面が鮮やかなグリーンの芝生になっていてびっくりだ。

 もっと奇妙なのは、部屋の半分――奥側の天井から、ぽたぽた、しとしと水が漏れ続けているところ。

 なんとなく、雨が降ってる公園みたいなにおい。


「この部屋の上層に、水路の支流が流れているのよ」

「なんだか――……みたいだね。水路の底にヒビでも入っちゃったのかな?」


 今のは〝雨みたい〟って言おうとして言葉が出てこなかったパターンね。

 どうにもこの〈迷宮〉ってば、天候とか時間に関する語彙の多くが失われてるっぽくて会話がムズい。太陽のない世界だからなのかな。


「ミナは、〈迷宮〉がつくりだした濾過施設だと考えているわ。

 このあたりにはこういう小さな部屋が無数にあるの。

 ここの下層に流れる水路は、〈修道院〉の水道にも繋がっているから」

「へえ。たしかに、それっぽい構造かも」


 〈修道院〉なる新キーワードはとりあえず聞き流しておく。

 言われてみれば天井の石材には人工的な穴が開いていて、そこから雨みたいに流れ落ちる雫が、床面の芝生にみるみる吸いこまれている。芝生下の土は、目が粗い感じ。


「ほら、あそこ。赤いのが見えるでしょう?

 あの水が降っている向こう側の壁から生えているの」


 で、ついにわたしは向き合いたくない現実と対峙するときが来たわけ。

 ミナが指差してくれた部屋の奥側――ミナいわく〝濾過施設〟の壁に亀裂が入っていて、そこからびっしりとキモいキノコが生えてるのは見えてたけどさ。

 キノコは見るからに毒々しい真っ赤な笠のやつで、大小様々なサイズのがポコポコと生え出ている光景がまずムリ。

 なんでミナはあんなの食ってて今まで無事だったんだよ。

 でも、そもそもここまで来た理由が、ミナの言う「食べられるキノコの群生地」で食糧補給するためだしなあ。


 ミナは雨で濡れないように壁際を伝って向こう側まで行くと、小さいキノコをいくつかもぎ取って戻ってきた。


「はい、アサヒもどうぞ召し上がれ。

 これくらい小さなキノコなら、お腹をあまり壊さないってわかったきたの」

(へへ……わー、ありがとぉ……色鮮やかでとってもおいしそうだね!)

「いや、結局お腹壊すんかい」

「でも育って大きくなったものは駄目よ。お腹を壊す確率が高まることをミナが実証ずみ」


 なんか台詞と心の声が逆転しちまったけど、この子ったら気にもとめずにこの自慢顔である。

 ていうかさ、そもそもキノコって生食可能な食材なんだっけ?

 天使族(?)の胃腸が人間相当なのかという謎も解明されてないしなあ。


「そういえばミナって、キノコは触れるんだね。虫でも塩になってたのに」

「…………変かしら? だって、キノコは悪さなんてしないもの」

「え、ミナの力って、そんな感じだったんだ……」


 てっきり動物か植物かとか、魂があるかないか的な切り分けがあるものかと思ってたけど、違うんだ……。

 芝生の足跡が塩になってないのも、単に植物だからってわけじゃなかったのか。


「できるものなら、ミナは虫ケラを食べてでも生き延びてやるつもりだったわ。

 でも、キノコとこの水だけで生きていくしかすべがなかったの」


 そう言うと、降り注ぐ水をひとすくい口に含み、こくんと飲み下すミナ。


「ミナは、結局ヒトの子の手助けなしには生きていけないって、逃げ出してから思い知った。

 そこで、ミナを〈塔〉に連れ戻そうとするあの探索隊たちに見つかってしまったの。

 もう駄目、死ぬ以外の道が断たれたのねと、ミナは諦めてしまった――

 ――でもアサヒ、そこであなたと出会ったのよ」


 ミナから切実そうな表情が向けられて、思わず息を呑んでしまった。

 ミナは何もないこの〈迷宮〉でたったひとり、こんな極限状態で生きてきたんだ。

 わたしはこの子を守るって決めた。

 なら、今わたしがしてあげられることって何だ?


 だからわたしも覚悟を決めて、禁断のリュックを地面に置いて開放した。


「ああ…………やっぱかあ。中を開けるの怖いなあ……」


 開封一番、リュックの底に鎮座していたソレを引っ張り出して、慎重な距離感をとって壁のくぼみ(なんなら花瓶とか飾れそう?)に置いてやる。


「いよいよねアサヒ。その四角い包みはなに?

 あなたの世界の布って、ずいぶんと可愛らしい柄をしているのね!

 見せてもらってもいいかしら?」


 ミナが興味津々に首を突っこんできたので、これは危険だ警戒せよと肩を掴んで押しとどめる。


「なあ、ミナよ。これはね……わたしの世界の〈†弁当=箱†〉だ。

 ――ただし、いつ作った弁当かは不明だ」


 わざとらしく言ってみたけれど、つまりは希望のリュックから発掘されしパンドラの箱である。


「……アサヒの世界の……〈†弁当=箱†〉……」


 だってさ、リュックからプラスチックの音が聞こえてたし、最初からイヤな予感しかしなかったんだよね。

 とりあえずリュックから異臭はしなかったけど、弁当の中身が入ってる重さだったし、何日前につくったものか想像しただけでこえー……。


「〝お弁当〟という言葉なら、ミナも本で見かけた覚えがあるわ!

 お弁当なのに、こんな箱になっているの?

 箱状なのにどうしてお弁当なの?」

「ちょーっと待ってね、どうどう、わたしの話を聞きたまえミナ。

 こら、だから指示を待てえい。衛生面が確認できるまで()()、だぞ?」

「ふぁ、はい。衛生面?」


 前のめりで暴走気味なミナの興味を逸らせようと、リュックの中からその他アイテムをお披露目してやる。

 中身入りの水筒。ミニサイズのペットボトル(ミネラルウォーター)。

 栄養補助食品系のビスケット、グミ、のど飴なんかのお菓子類が少々。

 大小のタオルとポケットティッシュ。

 ポーチが二つ。大きい方は櫛にヘアゴムとか身だしなみ系。小さい方は緊急時用。

 意外とメイク用品、持ち歩いてたんだなわたし。

 あと痛み止めなんかの薬品類に、絆創膏まである。ミネラルウォーターは薬のためのか。

 ただ、リュックの重みでわかっちゃいたけど、教科書類やタブレット、わたしのスマホが見あたらない。

 ――ていうことは前世のわたし、通学中に死んだわけじゃないってこと?


「ねえアサヒ、ねえアサヒ。それはなに?」

「ふふん……こいつはね、魔法のヒモなのさ。

 わたしの世界じゃ、魔導書に魔力をためるのに使う」


 充電用のUSBケーブルである。異世界にこれだけ持ってきて何をどうしろと。


「でもアサヒ、魔法なんて童話の中にしか登場しない、空想上の力なのよ?」


 ふふ……上位存在ムーブというより、お姉さんづらなミナもかわいいな。

 でも異世界転生なのに魔法の存在、ここに来て全否定マジ? またもや衝撃事実発覚じゃん。

 だったら、たしか治癒術士とか言ってた鉄パイプの持ち主くんの〈治癒術〉が何なのか、とか。


「……はぁい。そのあたりの説明なんかも、もう少しわたしの気持ちが落ちついてから聞こっか……」


 さっきも言ってた〈修道院〉ってのも謎ワードだし、例の〈塔〉とやらも。


「ねえアサヒ、もしかして疲れているの?」

「……うわ、わたしそんな顔してた?

 まあ登ったり降りたり、ここまでたどり着くの超大変だったもんな。

 お腹めっちゃすいてるし」


 で、わたしがそんなこと口走ったものだから、きゅーとミナのお腹まで鳴ってしまい。

 頬を紅潮させちゃったミナは、けれども釈明する元気もなさそうで。

 手にした赤いキノコに視線を向けてから、どうする? って目で訴えてくる。


 さて、ここでわたしが動かにゃフラグは立たん――そんな予感が(まるで悪魔アイツの囁きめいて)脳裏に閃いたわけで。

 ええい、もうこうなったらイチかバチか&どうにもでな~れ!


「――なんか宝箱の罠を外す盗賊気分だな。開けて外れだったらごめん、ミナ!」


 不安げなミナの視線を浴びながら、玩具にじゃれる猫みたいな勢いでわたしは弁当箱に飛びかかって。

 ヤケクソ気味に巾着から取り出すと、そこからは慎重すぎるほどの手つきでゆっくり蓋を持ち上げていく。


 ぱかっ。

 さあさあ、中からお出まししたのは、異世界越えして腐敗した元弁当――などではなく。


 【本日の献立】

 ◎おにぎり ×2個

 ◎カラアゲ ×2個

 ◎白身魚のミニフライ ×1個

 ◎玉子焼き ×2切れ

 ◎ブロッコリー&レタス&ミニトマト&マヨ

 ◎うさぎリンゴ


「や――――――――ったぁ!」


 おっさんぽいとかどうでもよくなって、わりとガチめのガッツポーズ決めちゃった!

 ふふ……ミナったら、わたしの奇行に困惑してるときの顔してる。

 だってさ、どう見ても食べれるやつじゃん、この弁当。においだってヘンじゃない。



  §   §   §  



「はいミナ、あーん」

「あー。むぐ………………ひょ、しょっぱい」


 カラアゲをミナの口に放り込んでやると、小さな口でかぶり付いて、もごもごと味わいながら飲みこんでくれた。


「これはカラアゲ。油で揚げたお肉だよ」


 なんかかわいい。たのしい。

 ミナは食べ慣れないらしくて、汚れてしまった口もとをティッシュで拭いてやる。

 ちょっとママ的な心境というか、いや……餌付けかこれ?


「ん? 塩っぱい?? もしかしてお肉、口の中で塩分になっちゃってない?」

「……ごくん。死んでいればだいじょうぶよ。肉料理なら〈塔〉で食べたことがあるもの」

「よかったけどなんかグロいなそれ。まあいいや。はいミナ、あーん」

「あー。むぐ………………ひゅ、しゅっぱい」

「これは……こっちの言葉でなんて言えばいいんだろ? 赤い野菜の実かな?」


 ミニトマトはさすがに翻訳できなかったみたい。

 でもカラアゲと野菜が言えたってことは、〈迷宮〉にも揚げ物文化と農業が存在するのか?


「これはわたしの世界のお茶だよ。ちょっぴりヌルいかもだけど」


 水筒のコップにお茶を注いでやると、うっすらと湯気が立ったから保温はされてるみたい。


「…………香ばしくてやさしい味がするわ。ミナが飲んだことのあるお茶よりも苦くない」


 そんな感じで、おにぎりも半分こで分けあって。

 わたしの体格だと小腹を満たす程度のボリューム感にはなったけれど、ミナは満足してくれたみたい。

 ミナも最初は味覚がバグった的な反応だったのに、食欲が一瞬で文化の橋渡し役になった。

 でも今回ばかりは、自称女神アイツに感謝しないわけにはいかないな。

 わたしが転生したときに、持ち物だけは当時のまま転位させてくれたんだろう。

 それがここに来て、わたしたちの命を繋ぐ最重要アイテムになった。

 食べきってしまえばもうそれっきりだけど、かと言って弁当なんて温存できないしなあ。

 あとリュックに残ってるのは、お菓子類と水。水筒にお茶が半分だけ。

 できればあの毒々しいキノコなんかで食いつなぎたくないけれど、ミナとどこか遠くへ行くのだから、うちらは食糧問題を早期に解決しなければなんだよなあ。


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