第2話:『ダンジョンクローラー』(4)
それから通気口の出口までなんとかたどり着けて、ここに本来はめられてる柵が外されていたってミナが教えてくれた。
追っ手の連中、通気口から侵入してきたのは間違いないようだ。
「ミナがここから出入りしていたのを、ヒトの子たちに見られてしまったようね。
迂闊だったわ。
どうしても食料と水だけは、外で調達してくるしかなかったの」
ならあの廃教会にいたら完全に袋のネズミってことになるから、どのみちミナは隠れ家を捨てる転機でもあったわけか。
「そっか。ミナはあそこでずっとサバイバル生活してたんだね」
「ええ。ずっと、と呼べるほど長い間いたわけではないのだけれど」
通気口からひいひい這い出ると、まっ先に全方位を警戒。敵の気配なし。安全よし。
わたしたちのたどり着いたのは、またしても絶句ものの景色だ。
ここはなにやら地下鉄の駅っぽい場所だった。
造形自体は異世界ファンタジー様式に違いないんだけど、とにかくとんでもなくだだっ広くて。
そうだな。うちらが立っている場所を、仮に駅ホームとしよう。
線路代わりに視界を横切っているのは、電車どころの大きさではない物体が通り抜けられそうな、円形の巨大トンネル。
何のための設備なのか謎すぎるけど、どう見ても地下鉄トンネルの三倍くらいは直径がありそうだし、ここもとにかくスケール感が異常だ。
「わぁ、なんかここ……すごいね。こんなにでっかいトンネルつくって、何が通るのかな」
残響する声に驚いてトーンダウンしつつ、ミナに倣って周囲を警戒する。
ホームは一本道で、人どころか生き物の気配すらない。
「これは空気の通り道として使われているのよ。ミナの推測だけど。
〈迷宮〉はヒトの子を迷わせるけれど、ときにヒトの子を生かすよう造られている側面もあるわ」
確かに。声を潜めてみたら、こぉ――と、風が共鳴する低い音がしている。
様々な共鳴音と残響音と、わたしたちが立てるちっぽけな音。
道ゆく誰かの話し声とか、人の営みが織りなすBGMとか、ありふれた自然の気配なんかをまったく感じられない。
完全に音のない無響室にいると、不安のあまり発狂してしまう、みたいな話をむかしインターネットで見たような気がした。
ここには音があるけれど、わたしの知ってる音を立てる存在はもういなくなってしまった――そんな感覚に陥って、なんだかメンタルが曇ってきそうな予感がした。
いかん、いかん。
持ってきた鉄パイプを握る手に力をこめ、ブンと大きく振りかぶってやる。
突然のフルスイングに、ミナをびっくりさせてしまった。
「あはは……そろそろバトルのチュートリアルとか、来るかもなって」
って、これは言えるんかい! 翻訳機能、フランクすぎんか。
「……なに? よくわからないのだけれど、その杖は魔物を殴りつけるための道具ではないわ。
でもそれひとつきりで、さっきの大トカゲと白兵戦にならなくてよかった」
「そ、そういえばだったよね……。
あんなデカいの、まじで怖かったよう」
「あれはヒトの子なら、隊を組んで数人がかりで討伐する種の魔物よ。
でもミナにとっては恐るるに足らず、だわ。
……だからアサヒ、ミナのそばを離れないでね?」
は? なんだおねーさんに向かってその儚げな上目づかいは。
ん゛っ、ぎゃわいいっ!! ってなるだろうが。天然ものか?
「え、へへへ……」
でもまあ、いついかなる時でもゆるふわほのぼの路線でイチャコラしてちゃ駄目だって、わたしも思い知ったあとだ。
この世界では人が割とあっさり死ぬ。奪われて、なんなら殺される。
そういうリアルに立ち向かわないとね。
「それにしても、〈迷宮〉は造られてる、か。
このトンネルにしてもこんなに大きな真円だし、誰がどうやって掘り進めたのかな」
ここ一帯はどの部分もコンクリートっぽいモノトーンな材質でできていて。
工事のことはちっともわからんけど、表面にほとんど継ぎ目がないのが奇妙だし、異世界ファンタジーならレンガ造りとかだよね普通。
まだ3Dプリンターで生成しましたって言われた方が納得いきそう。
ああ、どうせ「3Dプリンター」もこの世界にないから発音できないんだろうな。
NGワードの発音テストってなんとなく集中力落ちるから、今は試さないでおこう。
「ごめんなさいアサヒ。〈迷宮〉が生まれた経緯については、ミナもよく知らないの」
「いや、突然ヘンなこと言っちゃってごめん。
わたしのイメージにある〈迷宮〉ってさ、もっと天井も道幅も狭くて。
通路というか、こう……マス目に描かれた迷路、みたいな?」
わたしの語彙力が足りないせいで、ミナがこくんと小首をかしげてしまった。
でもゲームのダンジョンってそういうのじゃなかったっけ?
「ヒトの子が残した本によれば、〝〈迷宮〉とは、自らの意思で姿形を変える〟という説がかなり古くからあるわね」
「えっ、これって人間が掘ったんじゃないってこと?」
「少なくとも、ヒトの子の手によるものでないことだけは確かよ。
これを成し遂げる建築技術は彼らにない。
〈迷宮〉はね、ヒトの子が暮らしてきた世界を真似しているのだとミナは思うの。
ミナたちがいた、あの古びた聖堂だってそう」
そんなミナの言葉に、ちょっとしたホラーみを感じてしまった自分がいて。
「…………えっ、それ超怖くない?
わざわざこんなの造って新鮮な空気をお届けしてあげるなんて、超親切で怖すぎ」
「…………え?? 親切なのに、怖いという考え方があるの?」
「いや、惑わせるようなこと言っちゃってごめん。言葉ってムズカシイナー」
ホームからトンネル下を覗き込んでみると、斜面を転げ落ちただけで死にそうな高さに身震いしてしまう。
斜面が円弧になってるせいで、下から上がってこれそうにないな。
「これが〈迷宮〉かあ。食べ物って、こんな何もない場所のどっかで手に入るものなんだ」
さっきサバイバル生活なんて言っちゃったけど、お風呂とかお洗濯以前に、この〈迷宮〉で食いつないでいくの至難すぎでは?
人がいたなら、〈迷宮〉にも町がある。なら食べ物もそこだ。
そこに思い至った時点で、天使であるミナは町に行けない立場だって現実にブチ当たる。
「ええ、ミナは食べられるキノコの群生地を確保済みよ。
水路の支流も見つけたから――」
「キノコ! 生えてるものなんだ」
「きっとアサヒの分もあるわ。
でもね、食料はいいとして、水が確保できたのにお風呂には入れなくて困っていたの。
ミナには水を沸かすすべがないし、タオルも持っていないわ。
手ぶらで逃げてくるしかなかった」
確か、この子があの〈塔〉から逃げてきたという話。
〈塔〉には人間が住んでいて、ミナを捕まえるように命じられた人たちがここまで追ってきた。
このあたりの事情も、落ちつけるタイミングでちゃんと聞いておきたいよね。
「……ところでアサヒ。あなたのその背嚢には何が入っているのか興味があったの。
アサヒがいいのなら、中身を見せてもらえないかしら?」
そこで思わぬ指摘。
実はわたし、その件につきましては非常にイヤな予感がしてまして。
「………………えぇ……っとぉ…………これはぁ…………」
誤魔化すような言葉ばっか口から出かけて、どう釈明すべきか困ってしまった。




