第1話:『間違わない。』(9)
いくらなんでも女子相手に「くっさ!」は邪悪すぎだろわたしってば!
オブラート包み損ねな、あまりにあんまりなノンデリ発言だと絶賛後悔中。
だって、わたしの発言に「えっ……死にたい」みたいな絶望顔になった天使ちゃんことミナ様、羞恥心やなんやかんやが限界値を超え大爆発しちゃったから。
「い、い、い、い…………いぃやーーーーーーーーーーーッ!」
せっかくの幸せハグを強制キャンセル、両手で思いっきり突き飛ばされたものだから、ね。
さて、わたくしことナントカアサヒは今、歴史上ちょー有名な物理学の法則を身をもって実証中である。
「――――――――――――ぐえっ」
体感時間=数秒のフライトを満喫したあと、背中から床に叩きつけられてカエルみたいな声でた。
辛うじて受け身したけど、落下地点に草生えてなくて泣いた。自業自得ってこんなにも痛いのかよ。
でも林檎の代わりに中三女子が落ちたとて、偉大なるかの大法則は証明できたわけだ。
「あ、いってて……ミナぁ、いきなりひどいよぉ。たしかに、わたしの言いかた悪かったけどさぁ」
上体を起こして、肘とか背中とかお尻とか、盛大に打ちつけたところをさすりながら涙を拭う。
シェイクされた脳みそがまだぐわんぐわんしてるけど、わたしってばあんがい頑丈っぽい。
なので「ふんぬっ」なんてわざとらしく気合い入れて起き上がり、さりげに五体満足アピール。
なのにミナの様子がヘンというか、なんでこっちを指差して――
「っぎゃ――――――――!!」
「っなに――――――――??」
目をひん剥いて奇声めいた悲鳴まで上げられちゃ、こっちのがびっくりだわ。
ちょっと落ちつきたまえと手を広げてジェスチャーしたところ、こっちを指差したままのミナの、現実世界のバグを疑うレベルの美少女天使フェイスが、文字どおりのバグってあらせられるじゃないですか。
あわわ顔でわたしを指差したままフリーズしてしまったのだが、その美貌でその表情差分はおねーさん心配になるぞ?
「ええと、どーゆう感情なのかな、その変顔?」
ミナの完ぺきに愛らしいお顔に浮かんでいる表情、あまりにコロコロ変わりすぎでしょう。
混乱→困惑→疑問→理解不能→拒絶→恐怖→戦慄→最初に戻る。
とにもかくにも、目の前に立つおまえのせいだよと訴えているらしくて。
「…………………………んん??」
さすがにここで異変に気づいた。今まさに視界に入ってる自分の手がなんか――とにかく異常だ。
具体的には、袖から露出してる右手のお肌が、ほんのり青白い光を帯びてるというか……。
仰天して袖をまくってやると、光を放っているのは腕の部分も同じで、いま気付いたんだけど手の甲にも腕の表面にも〈よみがえりし超魔導文明の禁忌術式〉的な幾何学紋様っぽいのまで浮かび上がってる始末。
「え、やめて。わたしこういう方向性求めてない」
ちょっと本気でゾワッとしてしまった。まさか今さら自称女神がわたしに余計なまねした?
こういうエターナルでサクリファイスなダークネスでやんす系が流行ったのってうちらの何世代前?
こういう世界観を自己投影したくて転生したわけではないのになんでだ。
で、ミナったらまだ怯えた表情のまま、首をいやいやと左右に振って、
「あ、ああああ、あなた……ど、どどどどうやってその腕を元どおりになおしたの?
それにそっちの脚だって、そっちの眼だって………………」
「ん? 元どおり、って。何が?」
眼が、と言われても――よ、よもや吾輩、目玉まで禁忌術式っちまってるでござるか?
うわ、どうしよう。コンパクトかハンディミラー的なの、リュックに入ってないかな。
「なにがって、あなた……その腕だって、さっきまで…………」
「あっ、そう言えば矢が刺さってたの忘れてた。
……うっわ、制服に穴空いちゃってるじゃんか。あんにゃろ」
そこで絶賛オープン中なブラが視界に――瞬時に漏れ出そうになった病みを脳内で握りつぶす。意地でもメンタル濁らせてやるもんか。
「うーん、わたしって裁縫セットとか持ち歩いてたかなあ」
知らんけど。
ブレザーを脱いで右肩を確かめてみたら、血痕が見あたらないどころか、開いた穴からも青白い光が漏れてるし。
でもちょっぴりミナが発光してたときと似てるかも。
「ヤバ、肩まで光っててウケる。でも傷口がどっかいったのはナゾ現象だなあ。
実はわたしって、すごい自己治癒能力を持っていた、とか?」
仮に本物の〈聖女〉なら、そういうゲームバランス崩壊系の固有スキル持ちでも許されるのかもなあ。
うん、スキルを選んだ覚えないのに、やっぱあの自称女神がなんかやらかしてくれた疑惑が深まってきたぞ。
そのくせステータス画面を開けさせてもらえないのが嫌がらせっぽいんだよなあ。
「そうじゃないの。
ううん、さっきは急に突き飛ばしてしまってごめんなさい。
痛かったでしょう。心から謝罪するわ。
でも、いまのあなたになにが起きているのか、ミナには理解できない。
あなたのその不思議な光も、あなたのその……」
今の言葉づかい、仕草だけでもわかる。
ミナは天使で、すごく純粋ないい子だ。
こうして出会って、たった数分そこらの関係だ。
けどさ、表情の機微をとっても、本心からわたしを心配してくれているのが伝わってきてる。
人間に似通った姿をしていながら、まったく血が通わない――なんならわたしを下等な存在くらいにしか見てなさそうな上位存在的ビジュなのに。
たとえば金の瞳はゾッとするくらい冷酷そうに見えて、おどおどと必死に、わたしのあちこちに痛いところがないか見つけだそうとしてくれている。
「あははっ、わかんない! でもミナのおかげじゃないかな?
たとえばあ……天使さまの寵愛を受けて奇跡起きちゃいました、みたいな?」
「いいかげんなことをいわないでっ!
ミナに触れたせいで、あなたのたいせつな体が塩になりかけたのに――どうしてあなたはそんなにも軽々しく言ってしまえるの!!」
わたしが適当にごまかしたせいで、ミナはおっきな目に涙を溜めながらそんな風に声を張り上げたんだ。
「ヒトの子の命はひとつきりなの……もうあんなばかな真似なんてしないで……」
次第に勢いが弱々しくなって、遂にはしくしく、めそめそと泣きだしてしまった。
正直な話、
人類を断罪する役まわりらしい天使ミナは、思っていたよりもずっとうんといい子で。
出会って数分そこらのわたしに、
こんなにも優しい言葉をかけてくれて。
本当に優しいなあ。
こういうピュアな優しさってさ、弱ってるときはすっごく胸に刺さるんだよ。
実はさ。
わたし、実は決壊寸前で。
そうだ、もういいんだよね。
もう限界だった。
「…………ふぇ――――――――――」
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ミナの小さなお腹にすがりついて、
誰もいない教会の、果ての隅々まで届くくらい、自分でも後で怖くなるほどの大声でわたしはギャン泣きしていた。
――あのまま塩になってしまうことが怖かった。こんなにも優しくていい子なのに、ただ悲しくて苦しくて辛いお別れになるかもって、どうして想像できなかったのだろう。
――乱暴を受けたことが怖かった。おぞましくて悔しくて腹立たしくて許せなくて憎かった。
――自分が死んだ、あの瞬間のドス黒い苦しみと、直前に心臓を握りつぶそうとした耐えがたい絶望と恐怖心とがよみがえってきた。
ミナは最初、こんなにもみっともないわたしをどう扱ったらいいのかすっごく戸惑っていたけれど、
それでもしばらくしたら、黙って好きにさせてくれた。
ちょっと飼い主のウザ可愛がりムーブに困る猫みたいな悟りミナを想像して、微笑ましくなったりもした。
現金なもので、こう思えるならちょっぴり元気が回復した証拠かも。
とにかく、わたしとミナの数奇にして奇跡的な出会いを、
このままただ胸くその悪いダークファンタジーで終わらせてやるもんか――って強く誓った。
今のわたしはこんなにも情けないけれど、
これから強くなって、この子を、ミナを守ろう。
わたしがこの過酷な〈迷宮〉に立った理由は、そのためなんだ。




