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第十章 通知

季節は、巡る。

何も変わらないようで。

でも、確実に時間だけは過ぎていった。

気づけば、二年が経っていた。

教室の窓から見える景色も。

廊下を歩く人も。

全部、少しずつ変わっている。

でも。

変わらないものもあった。

心の奥に、残ったままのもの。

埋まらない空白。

それは、今でも消えない。

私は、相変わらず同じように過ごしていた。

適当に笑って。

適当にうなずいて。

誰とも、深く関わらない。

あの頃みたいに、誰かを頼ることもなくなった。

——もう、あんな思いはしたくないから。

そう思ってしまう自分がいた。

卒業まで、あと少し。

そんな時期だった。

放課後。

教室には、ほとんど人がいなかった。

私は、ひとりで席に座っていた。

窓から入る風が、少しだけ冷たい。

静かな時間。

ふと、視線を落とす。

スマホが、机の上に置いてある。

何気なく、それを見つめる。

そのとき。

画面が、震えた。

突然の振動に、少しだけ驚く。

視線を向ける。

通知が表示されていた。

知らない番号。

一瞬、迷う。

でも、なぜか。

胸がざわついた。

理由は分からないのに。

嫌な予感でもなくて。

でも、落ち着かない。

ゆっくりと、スマホを手に取る。

画面を開く。

メッセージ。

差出人の名前は、登録されていない。

でも。

本文を見た瞬間。

時間が、止まった。

『今日の5時、空港』

それだけ。

短い、一文。

でも。

その文字の並び方が。

言葉の癖が。

なぜか、分かってしまった。

——玲王。

手が、震える。

呼吸が、浅くなる。

画面を見つめたまま、動けない。

二年間。

一度も、連絡がなかった。

理由も分からないまま。

消えたまま。

なのに、今。

どうして。

どうして、今。

いろんな感情が、一気に押し寄せる。

嬉しい。

怖い。

信じられない。

会いたい。

分からない。

全部が混ざって。

胸の奥が、ぐちゃぐちゃになる。

私は、画面を強く握る。

——どうするの。

行く?

行かない?

頭の中で、何度も繰り返す。

もし、違ったら?

もし、玲王じゃなかったら?

でも。

もし、本当に玲王だったら?

このまま行かなかったら。

もう二度と、会えないかもしれない。

胸が、大きく揺れる。

気づけば、立ち上がっていた。

鞄を掴む。

何も考えられないまま。

ただ、一つだけ。

はっきりしていた。

——行かなきゃ。

これが。

最後のチャンスかもしれないから。

教室を飛び出す。

廊下を走る。

周りの視線なんて、どうでもよかった。

息が上がる。

それでも、止まらない。

二年間。

ずっと止まっていた時間が。

今、動き出した気がした。

胸の奥で。

何かが、強く鳴っている。

——会いたい。

その気持ちだけが。

すべてだった。


駅のホーム。

人の流れ。

動く足。

揺れる電車。

でも。

私の世界は、それどころじゃなかった。

ただ、前だけを見て走る。

何度も、スマホの画面を見る。

『今日の5時、空港』

その一文だけを、何度も確認する。

間違いじゃない。

夢じゃない。

現実。

胸が、うるさいくらいに鳴っている。

電車に乗る。

ドアが閉まる。

発車する。

景色が流れていく。

でも、何も見えていない。

頭の中は、ひとつだけ。

——玲王。

どうして、今。

どうして、あのとき何も言わなかったの。

どうして、いなくなったの。

聞きたいことは、たくさんあるのに。

それよりも。

会いたい。

それだけが、強くなる。

電車を降りる。

人混みの中を、かき分けるように進む。

案内板を見る。

“空港”の文字。

その方向へ、迷わず走る。

息が上がる。

足が重くなる。

それでも、止まれない。

ここで止まったら。

全部、終わってしまう気がした。

やっとの思いで、到着する。

空港。

広い空間。

人がたくさんいる。

行き交う人。

転がるスーツケース。

でも。

そんなものは、どうでもよかった。

私は、立ち止まる。

息を整える間もなく。

視線を、巡らせる。

——どこ。

どこにいるの。

胸が、強く締めつけられる。

人の波の中。

見つけられる気がしない。

でも。

探す。

必死に。

そのとき。

視界の端に。

見覚えのある後ろ姿が、映る。

心臓が、止まりそうになる。

足が、勝手に動く。

近づく。

一歩。

また一歩。

距離が、縮まる。

その人が、少しだけ動く。

横顔が、見える。

——玲王。

間違いない。

その瞬間。

胸の奥に溜まっていたものが、一気に溢れた。

視界が、にじむ。

でも、止まらない。

走る。

ただ、一直線に。

玲王のもとへ。

玲王も、こちらに気づく。

目が合う。

その瞬間。

時間が、止まったみたいだった。

いろんな感情が、交差する。

驚き。

戸惑い。

そして。

同じように、揺れている目。

私は、そのまま。

玲王に飛び込む。

抱きつく。

強く。

離れないように。

「ごめんなさい」

涙が、止まらない。

手が、震える。

何度も、何度も。

「ごめんなさい」

「ごめんなさい」

声にならない叫びみたいに。

ただ、繰り返す。

玲王は、一瞬だけ固まる。

でも。

すぐに、そっと抱きしめ返してくる。

強く。

壊れないように、でも離さないように。

そのぬくもりで。

全部、分かってしまう。

まだ、終わってなかった。

「……俺こそ、ごめん」

ゆっくりとした手の動き。

その手も、少し震えている。

私は顔を上げる。

涙で、うまく見えない。

でも。

ちゃんと、そこにいる。

玲王が。

二年前と同じで。

でも、少しだけ変わっていて。

それが、どうしようもなく愛おしい。

「もう、どこにも行かないで」

必死に伝える。

願いみたいに。

玲王は、一瞬だけ目を閉じる。

それから、私を見る。

まっすぐに。

「ごめん」

少しだけ、間をあけて。

「もう、どこにも行かない」

その言葉に。

胸が、いっぱいになる。

涙が、また溢れる。

私は、何度もうなずく。

言葉は出ない。

でも。

それで、十分だった。

やっと。

やっと、会えた。

ずっと止まっていた時間が。

やっと、動き出した気がした。

人が行き交う空港の中で。

私たちは、しばらく。

そのまま動けなかった。

離したくなかったから。

もう二度と。

失いたくなかったから。




少し落ち着いてから。

私たちは、空港の端のベンチに並んで座った。

さっきまでの涙が、まだ少し残っている。

でも、不思議と。

さっきよりも、呼吸は落ち着いていた。

隣に、玲王がいる。

それだけで。

こんなにも、違う。

しばらく、何も話さない時間が続く。

でも、その沈黙は。

あの頃とは違って。

やわらかかった。

私は、ゆっくりと手を動かす。

「……なんで」

少しだけ止まる。

ちゃんと、聞きたくて。

「どうして、いなくなったの?」

手が、少し震える。

怖かった。

でも、目を逸らさずに見る。

玲王は、一瞬だけ視線を落とす。

それから、ゆっくりと息を吐く。

覚悟を決めるみたいに。

そして、手を動かした。

「……あの日」

短く始まる。

「本当は、話すつもりだった」

私は、息を止める。

玲王は、続ける。

「親の仕事で、海外に行くことになった」

ああ、そうか。わかった。

あの日。

呼び出された理由。

「だから、その前に……ちゃんと伝えたくて」

少しだけ、手が止まる。

「最後に、会おうと思ってた」

胸が、ぎゅっと締めつけられる。

でも。

あの日は。

「……喧嘩になった」

玲王の表情が、少しだけ歪む。

「あのまま、何も言えなくて」

「時間も、なくて」

「……逃げた」

その言葉は、静かだった。

でも、重かった。

私は、何も言えない。

ただ、聞くことしかできない。

玲王は、続ける。

「連絡、しようと思った」

「何回も」

「でも……できなかった」

少しだけ、目を伏せる。

「嫌われたと思ってた」

その言葉に、胸が強く揺れる。

違うのに。

本当は。

でも。

あのときの自分の言葉が、浮かぶ。

何も言えなくなる。

玲王が、小さく笑う。

苦しい笑い方。

「……ごめん」

その一言に。

私は首を強く振る。

「違う」

慌てて、手を動かす。

「悪いのは、私」

「あんなこと言って……」

言葉が詰まる。

でも。

そのとき。

玲王が、ゆっくりと首を振る。

「違う」

まっすぐに、私を見る。

「どっちも悪かった」

その言葉が、やさしくて。

涙が、またこぼれそうになる。

しばらく、沈黙が落ちる。

風が、少しだけ吹く。

そのとき。

ふと、思い出す。

昔、お母さんが話してくれたこと。

手を動かす。

「ねえ、私の名前の由来、知ってる?」

玲王が、少しだけ驚いた顔をする。

私は、続ける。

「私の名前の由来、“鈴の音”なんだって」

自分でも、少し照れくさい。

でも、止まらなかった。

「りん、って音」

玲王は、じっと見ている。

私は、少しだけ視線を落とす。

「私、生まれつき聞こえないから」

「本当かどうかは、分からないけど」

少しだけ、笑う。

「でもね」

顔を上げる。

「いつか、そんな音が聞こえるようにって」

「お母さんが、つけてくれたの」

その言葉を出した瞬間。

胸の奥が、少しだけあたたかくなる。

玲王は、何も言わない。

ただ、静かに聞いている。

その目が、少しだけ揺れる。

やがて、ゆっくりと手を動かす。

「……いい名前だね」

その言葉は。

とてもやさしくて。

なぜか、胸に響いた。

私は、小さくうなずく。

「でもね」

少しだけ、間をあける。

「私、まだ聞いたことないんだ」

「その音」

それは、ずっと心の中にあったこと。

でも、初めて口にした気がした。

玲王は、何も言わない。

ただ。

ほんの少しだけ。

悲しそうな顔をした。

その意味を。

私は、まだ知らない。

でも。

そのとき、不思議と。

思った。

——いつか。

聞いてみたい。

その音を。

そして。

誰かの声も。

心の中で、そっと。

願った。

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