懐かしい家
24時間
365日
日々はあっという間ですが
大したことでも
大したことないことでも
毎日毎日
色々ありますよね
今も
なぜこうしてここに居るのか
望んだようで望んでいない
でも自分で選んだこの道を
自分で作った目標に向かって
いや目標なんかなくても生きるためになんとなく
進んでいく時間を追いかけるように過ごしています
生きるということは
選択の連続
起きるか 起きないか
食べるか 食べないか
行くか 行かないか
やるか やらないか
気にするか 気にしないか
買うか 買わないか
帰るか 帰らないか
信じるか 信じないか
死ぬまで選択し続ける
でも子どもに与えられる選択肢は
提示されていて悩むことはできたとしても
そもそも選ぶ権利などなく
すでに選択されたその環境に
抗うことなどできないのです
いや
子供にはそういう
擦り込みがあるのです
親ならば安全
親ならば安心
私たち姉妹は
安全ではなかったと思うけれど
不安はありませんでした
不安ではなかったし
自由でした
むしろ私にとっては
母と共に
じわじわと近寄ろうとする
男性の存在のほうが
恐怖で耐え難かったですから
学区内の少し遠めの団地での生活も
1年ほど
中学卒業までの数ヶ月を残して
また引っ越し
次の家は
あの懐かしい家でした
小1の時再会した母に
黒い軽自動車で連れて行かれた
線路沿いの平屋の団地
あの時と同じ列の違う部屋
あの時とはまた違う気分でここに居るのに
なんだか少しだけ落ち着いた気分になれたのを覚えています
でもこの頃から頻繁に
母の交際相手が来るようになり
そのうち住むようになりました
デリカシーのない発言の多い
赤の他人の50代の叔父さんとひとつ屋根の下
母とこの数年かけて
法的手続きで食い違いもあったでしょう
小さくて壁の薄い家の中で
自分の声の大きさが分からないのか
耳が悪いのか
低くデカい声で
耳障りな言い争いをしていたこともありました
高校受験を控えたあたしは
より一層デリケートなのに
勉強に集中できず
奮闘していたのを覚えています




