第四話「屋根裏騒動2」
窓硝子の破片を踏み躙り、一匹のスカイウルフがアルマリンとフードの人物に牙を剥く。忌々しいと言わんばかりの大きな舌打ちを零したフードの人物は刃をアルマリンからスカイウルフに移した。鼠を刺した時の様に、躊躇も慈悲も無い刃がスカイウルフの目を捉えたが、俊敏な動きで刃を躱した。体毛を掠り、フードの人物の左肩目掛けてその大口を開いた。
「…………ッ!!」
アルマリンは咄嗟に「バード・シャディド」をスカイウルフに放つ。嵐の様な風に身体が押され、そのまま壁に打ち付けられた。
「退いて!早く!!」
今だ覆い被さるフードの人物に叫ぶ。二匹目のスカイウルフが飛びかかって来るのと同時に奴はアルマリンから離れた。アルマリンは体制を立て直すと肘を曲げ、指で銃の形を作り、本来ならば鞭状に放たれる「ビー・ハッシ」を凝縮し、痺れ玉を撃った。1mも無い至近距離で撃ったにも関わらず、スカイウルフは痺れ玉を躱した。
(あっ……不味い……)
策を考える暇も与えず、スカイウルフの牙はアルマリンの喉笛を掻き切ろうとした。彼の細く皮膚の薄い首筋に牙を食い込ませるのは容易いだろう。
そうなれば、アルマリンを襲うのは確実な死__
アルマリンの水色と栗色のダイクロイックアイがグッと開かれた。その眼に映っていたのは、スカイウルフではなく木箱を振り上げたアーロンの姿だった。
___ドゴッ!!
木箱がスカイウルフの脳天に落とされた。角の部分で打ったらしく、木箱が深く食い込む。ヨロヨロと目を眩ませたスカイウルフに今度こそ痺れ玉を撃ち込む。
「キャウゥン!!」
痙攣しながら倒れたスカイウルフ。アルマリンとアーロンの安堵の息が勢い良く吐かれる。アルマリンは力が抜けた様に座り込み、アーロンは何処か興奮した様な笑い声を上げた。
「あっはっは!まさか、ロンドンの街中で……それもこんな場所で狼に襲われるだなんて。いやはや……ああ、其方の少年は無事かな?」
心配されるなんて思っていなかったアルマリンは一拍遅れて「は、はい!」と返事をした。アーロンの切れ長の目が細められ、口に弧を描くが矢張り、その眼には影が掛かっていた。アルマリンはなんだか、蛇に見つめられている気分だった。
「何を楽しんでいる」
アルマリンに影が掛かる。その影の持ち主は腕を組み、想像通りの不機嫌そうな声色で言葉を発した。
「貴殿もご無事でしたか!」
「水を差された。アーロン、その害獣共を殺せ」
「相変わらず容赦の無い……残念ながら、今回は「情報提供」がお仕事内容ですので、「害獣駆除」はちょおっと……」
「追加料金を強請るか?それとも、血が苦手だからできぬと申すか?ハッ、心底可笑しな戯言よ」
「可笑しいって、貴方様が笑う所なんて想像できませんなぁ……」
アーロンとフードの人物の会話を聞いてアルマリンは呆気にとられた。先ず、魔法警察の番犬たるスカイウルフを害獣呼ばわりしている所に驚いた。
(非魔術師って……結構タフなんだなぁ)
魔法も使えず、箒や絨毯で空を飛ぶこともできない非魔術師。狼に襲われてもナイフや木箱でしか対抗できない。それなのに___
「殺せぬと言うなら俺が直々に手を下してもよいが……そう簡単に楽にしてやれる自信は無い」
「おお、殺気立っていらっしゃる。あっ、死体は私が頂いても?この上質な毛並……うーむ、相当な値打ちがあるでしょうなぁ」
「勝手にしろ。ああでも、その上質な毛並が一シリングの価値も無くてよいのならばだが」
「おお!それは困った。狼を滅多刺しにするおつもりですか?」
「生きたまま生皮を剥ぎ、その生皮を薪にして狼を火で炙る」
「それ、一ペンスにもならないのでは……」
タフとかいう問題ではなく、私利私欲の問題だった。スカイウルフが可哀想に見えてきたアルマリンだが、自身の追っ手を助ける程の情け深さは無かった。
(直に魔法警察達が来る。取り敢えず、ここから出ないと)
アルマリンは四つん這いになり、そーっと出口へ向かって四肢を動かした。だが、フードの人物はそう易々と退場させる気は無かった。
「貴様、亀の真似事か?」
「えぁっ…!?」
フードの人物はアルマリンの背中を踏みつけた。高級感溢れる靴が背骨に当たって小さな悲鳴を上げた。フードの人物は首を傾げ、アルマリンに言い放つ。
「貴様の尋問はまだ終わっておらぬわ。俺の足置きとして使命を果たすか、質問に答えるか選ぶとよい。前者の場合、足置きとして役目を終えた後、狼の毛皮と一緒に薪にしてやる」
「えっ!?ヤダ!!」
「ならば質問に答えよ。返答次第では薪になる運命にあるが」
「それ結局薪になっちゃうじゃん!僕をどれだけ薪にしたいの!?」
覆い被さっていた時とは違い、堂々と反発するアルマリンにフードの人物の気分はまた下がってゆく。
「「返答次第」と言ったであろうが。少しは頭を使え。そして大声で喚くな。不愉快だ」
「不愉快…?それは僕の台詞だ」
「は?」とドスの効いた声でアルマリンを威圧した。アルマリンはフードの人物の足を振り払うと奴を睨み付け、掌を向ける。フードの人物もナイフをアルマリンに向けた。
「人を踏みつけたり……突然ナイフで脅したり。確かに、君達にとって僕は怪しくて、変な力を使うモンスターにでも見えるのかもしれない。けど、さっきも言ったように、僕はなにも悪い事を考えてない。……追っ手から、隠れてただけ」
「その追っ手とは、そこの害獣か?」
「うん……まぁ、結局見つかっちゃったけど……」
今だ気絶しているスカイウルフを横目にアルマリンは更に話す。
「何度でも言う、僕は悪い事なんて考えてない。だから、そのナイフを下ろして」
「貴様の手を下ろすのが先だ」
一触即発。目に見えない火花が彼等の間で散った。
アルマリンはフードの人物の横暴さに限界を感じていた。自分が奴に何をしたと言うのだ。何故ゴミの様な扱いを受けなければならない。アルマリンの魔力が怒りと共に掌に集中する。殺しはしない。だが、今までの非道な仕打ちを返すくらいの魔法を放とうとした。
「まあまあまあまあ、お二人さん落ち着て」
アーロンは腰を90°に曲げて手の代わりに胡散臭い顔を二人の間に挟んだ。そして、目線をフードの人物へと向けた。
「疑心暗鬼になり、焦ったとて貴方様の問題は解決しませぬ。それに鼠とは違って、人間の死体処理は少々手間がかかるのですぞ?まったく……ああそうだ、少年、手を下ろして頂けますかな?」
「…………なら、貴方の仲間にも同じ事を提案してください」
「おい、こやつは仲間では無い。取り消せ」
「左様、私がただ一方的に貴殿の味方をしているだけでございます。少年がこの方よりも札束をお持ちで、私を笑顔にして下さるのであれば……状況は覆りましょうなぁ?」
「……残念ながら、僕は貴方を笑顔にする事はできない」
「おや……それは誠に、残念ですなぁ」
「嘘だ」とアルマリンは心の中で唾を吐く。アーロンは微塵もアルマリンに期待なんかしていない。故に、「残念」という言葉に重みがないのだ。全身を舐め回す様な目に今直ぐ痺れ玉を撃ってやりたい衝動に駆られたが、実行する訳にはいかない。失明させてしまうから。
「貴方達に話す事なんて無い。出てく」
いざ瞬間移動魔法で飛ぼうとしようとした瞬間、割れた窓から火の玉が入ってきた。そして、太陽の一部を切り離した様な眩い光芒を放った。
正体を知っていたアルマリンは即座に目を覆えたが、非魔術師の二人は光を諸に見てしまった。
「ぐあっ……!!」
「…………ッ!」
火の玉の光を直視してしまえば網膜が傷付く。望遠鏡で太陽を見るのと同じ事だ。
「バスタン!」
鎖がアルマリンに引き寄せられる様に飛んで来る。「パス・ダザン」を発動させれば鎖は一瞬空中で止まった。そして、同じ極同士の磁石が反発し合う様に鎖が発動者に跳ね返る。鎖は物凄い軌道を描きながら窓の外へ飛び出た。
(今だ!!)
移動先を想像し、親指と中指を合わせた。壁や床にめり込まないように、空中へ飛ばぬように。
____パチンッ!
愉快な程に良い音を鳴らした指。アルマリンは屋根裏部屋から姿を消した。




