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廃棄作品群は妖精と戯れる

その女生徒はポスターを見ていた。


「ん〜??」


そして、ここでの自分の名を知った。



「あのう〜漆部屋ってここですか?」

女生徒はここのドアが木製ではなくアルミ製なのを確認して、自分で「トントーン!」と言っている。


「はいはい······」

院生である海府は、こういう軽薄な感じの客の応対はうんざりしていた。

またあのポスターに関する客だわよ·····と入り口へ向かう。


そこにいたのは、あのポスターで『貧田光輝』をバックに背負った、美し過ぎる女、その人だった。


「あわわわわ、実在、あわわわわ」


「海府先輩?」

曽根が異変を聞きつけて顔を出す。


「··········!いた!『貧田光輝』の女!」



「で?なめこ川って子はいつ来るんですか?」

その美し過ぎる女は不機嫌に聞いた。

不機嫌にのけ反る様子も実に絵になってしまう。

漆部屋には余分な椅子が無いので、なめこ川の席に座り、その女は待ち構えていた。


「今日は漆の実習はないからねぇ」

曽根が作業を続けつつ応える。


「いつも通りなら、授業後に来るのよねぇ。ムロの湿度をチェックしないといけないし。木曜はアルバイトも無いはずだし、もうすぐ来るんじゃないかしら?」

海府先輩は漆部屋のメンバーの行動スケジュールを何となく把握している。


「えええっ!?なめこちゃんがアルバイトォ!?」

曽根が素っ頓狂な声を上げる。


「別におかしくないでしょ?みんな一つくらいバイトしてるでしょ」

海府が顔を顰めつつ嗜める。無理に高音を出しているからなのか、曽根のかん高い声は耳につく。


「でもさ······、あの天然少女が仕事なんてできるのかしら?」


「さあ?」

海府もできるとは思えないけれど、だからといって決めつけてはいけない。



「あの〜、私はライブとかしてるんですけど、アルバイトって扱いでいいですか?」


美し過ぎる女が言った。


「「·······?」」


「あ、·····お茶でも出そうか?」

珍しく曽根が自分から客にお茶を淹れる。


曽根は天然には気遣いではぐらかす事にしている。

天然には天然で返すのが一番だけれど、自分には天然のスペックが足りない。


「友達なんだよね?なめこ川早く来るといいね」


「友達では、ないですけど。このポスターを見て。ここに来ました」


「そう、なんだ······」


恐らく『貧田光輝』という名ではないこの女はなめこ川に苦情にでも来たのだろうか。


どちらにせよ、ポスターの一件が片付くのだ。

早く来い。なめこ川。


しかし、もう夕刻。


「······また明日来たら?もう暗いから早く帰った方がいいよ」


「ぐぬぬぬぬ······」

女生徒は唸った。

その日はなめこ川は漆部屋に来なかった。



夕方の薄暗い造形棟はおどろおどろしい。


だけど、そこの庭園で繰り広げられる情景は興味深い。

偶然通りかかった高木は見てはいけないものを見てしまったと思ったが、気づくとスマホのシャッターを切っていた。


美術系のコースの根城である造形棟エリアには其処此処に怪しい立体作品がゴロゴロ放置してある。暗くなってから通ろうものなら、そこはちょっとした狂気と混沌の世界だ。


その原因は、小学中学美術コースにある彫刻教室だ。そこでは主に塑造、石彫、木彫、金属の実技実習を行っているが、作品が大き過ぎて教室の外に置かざるを得ない状況だった。

せっかく完成した作品を、新生活のマンションには置けないからとこっそり放置•投棄していく卒業生もいる。


主に作品の放置場所は、造形棟の廊下の隅やエントラス、外の庭園だ。



徐々に夕闇が深くなっていく。


そこの廃棄作品群を嬉々と鑑賞して渡り歩くのが、なめこ川その少女だ。

薄暗くなっていく庭園をくるくると回転しながら飛び跳ねるさまは奇妙な妖精のダンスそのものと見紛う。


偶然通りかかった高木が、いつの間にかスマホのシャッターを切っているのは、

なめこ川が知り合いだったからというのもある。

もし知らない人だったら、見なかったフリをして顔を伏せて通り過ぎるのがプライバシーというものだ。


美術を志すもの、非日常アンテナは大事にしたい。少しでも変わった事が起きれば記録しておくのは癖になっていた。

なめこ川本人に聞くと、庭園の廃作品群見学ツアーは昼放課にも繰り広げているというので、その時も一緒させてもらおうと思った。その時は新調したばかりのカメラを持っていこう。


高木は存外、この不思議な情景に魅せられていた。

なめこ川は奇妙な妖精だと高木は心に留めて置く。



「············あ、怪し気なるものを見てしまったわ!」


その近くを、プライバシーを気にして顔を伏せて通り過ぎる女がいた事は、二人は気づかなかった。


読んでいただきありがとうございます!


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