Sal3-55 格の違い
腐肉たちの悲鳴が聞こえてくる。
トワさんの無差別投擲の被害によっての悲鳴だった。……正直、腐肉たちには同情するわ。
トワさんの投擲は無慈悲なもので、なんの躊躇もなく目があった個体からレールガンさながらの投擲が飛んでくる。
しかもレールガンとは違って、無尽蔵に連続発射可能と来ているんだから、腐肉たちにとっては地獄そのものでしょうね。
腐肉たちにとっては、トワさんに見つからないことを祈るしかなく、見つかれば、次の瞬間には悲鳴をあげながら消滅させられることになる。
腐肉たちにとっては、まさに死神同然だった。
そんな死神たるトワさんの投擲はいまも続いている。
でも、いまはその悲鳴は遠く聞こえていた。
『おねーさま、うえ?』
舌っ足らずな声が私を呼んでいる。
真っ青な顔で、息を切らしながら私を呼ぶのは、私の姪のメイサ。
今日初めて会ったばかりでかつ、私をカレンと間違えて締め付けて殺しかけてくれた子。
それでも、メイサが私の姪であることには変わりない。
まったく、自分でも嫌になるわね。
自分を殺しかけた相手を身内扱いするなんてね。
でも、メイサが姪であることは事実。
まったく、本当に困ったものだわ。
あの愚妹が認めたからって、バカみたいな理由で初めて会った子を姪として認めるなんて、本当にバカみたいだわ。
「……ええ、あなたのパパのお姉様が私なのよ。よろしくね、メイサ」
にこりと笑いかけると、メイサは戸惑いながらも「う、うん」と頷いてくれた。
でも、頷いてすぐに咳き込みながら、吐血してしまった。
なにがあったのかはわからないけれど、少なくともまずい状況であることはたしかのようね。
「お姉、様上?」
プロキオンは禍々しい魔力を纏いながら、私を呼んでくれているけれど、かなりまずい状況になっているわね。
私を見る目は血のように真っ赤になってしまっている。もともと紅い瞳をしている子だけど、いまのプロキオンは目そのものが紅く染まっている。
かなりまずい傾向だわ。
怒りと憎悪に突き動かされているのは間違いない。
プロキオンがそうなったのは、すべてメイサにある。
メイサがいまにも息を止めてしまいそうになっているのが原因であることは間違いない。
……まぁ、強いて言えば、もうひとつ理由があるんでしょうけどね。たとえば──。
「……あなたは、旦那様、ではないですね?」
──どこぞの気狂い女にメイサを貶されたとか、かしらね?
「あら? わかるの?」
メイサのことも心配だけど、プロキオンを放っておくこともできない。
ふたりの面倒を同時進行で看ないといけないから、いまは他人に構っている余裕なんてないんだけど、そのあたりの機微を気狂い女さんは感じ取ってくれないみたいだわ。
「あたりまえです。愛する方とただ似ているだけの雌を見間違えたら、妻として失格でしょう?」
ふふふ、と気狂い女は笑っている。
笑っているけれど、こちらとしてはあまり笑えない状況なのよねぇ。
なにせ、姪ふたりの面倒を看てあげたいっていうのに、グロ系のモンスターと対峙させられているんだもの。
気狂い女の姿は、まさに「グロい」の一言に尽きるわ。
襟元は血で真っ赤になっていて、奇妙な柄みたいになっているんだけど、ファッションセンスなんてそれこそ人それぞれだから、いまの気狂い女の服装をとやかく言う筋合いはないわ。
そう、あくまでも襟元のそれがファッションであればの話。
実際のところは、襟元は本当の血なのよね。それも気狂い女の血ね。
その証拠に、気狂い女の手元には気狂い女の首があるもの。
そしてその手にある首がいま恍惚そうな顔で語っているのよね。
あの愚妹は変なのにも好かれるわね。まぁ、それもあれの自業自得だから、私がとやかく言うことはないわ。
そう、本来であれば、いくら姉妹間であっても他人の恋愛事情に首を突っ込むことはしない。
いや、するべきではない。
だから、あれがグロ系モンスターに好かれていたとしても、元を正せばあれが蒔いた種なのだから、あれがどうにかするのが筋ってもんでしょう。
とはいえ、私だって鬼ではない。
本当に困っていれば、手を差し伸べはするし、相談にも乗ってあげるわ。
でも、今回ばかりはそういう問題ではないのよねぇ。
「……妻、ねぇ? 私はあれからあんたみたいな妻がいるなんて聞いたことがないんだけど?」
「ふふふ、それは旦那様が恥ずかしがっているだけです。旦那様の本音は私だけを愛してくださっているのですから」
「へぇ? 初耳だわ」
「ええ、旦那様はなかなかご自身の想いを口にされない方ですからね」
ふふふ、と上機嫌に笑うグロ系モンスター。
ここまで戯言を口にできるのだから、本当に大したものだわ。……そのおめでたい頭の中も含めてね。
「……そう。まぁ、あんたがあれをどう思おうが私には関係ないわ。それよりもそろそろ立ち去ってくれない? これから忙しくなるから、あんたの相手はしてられないの。ごめんなさいね?」
まぁ、グロ系モンスターがどんな思考回路をしていようと、いまの私にはまるで関係がないわ。
いまはなによりもプロキオンとメイサをどうにかしないといけないのだから。
おめでた頭のグロ系モンスターなんぞに構っている余裕は皆無なのよね。
「……なぜ立ち去らないといけないのですか? 私はこれから愛娘と一緒に、そのゴミを始末しないといけないんですが?」
「メイサをゴミだと!?」
プロキオンが牙を剥いて唸り始める。……せっかく少し落ちついてくれたというのに、余計なことをしてくれるわね、この女。
「ええ、だってゴミはゴミでしょう? 制作者の意図しない結果になったものは、すべからくゴミでしょう? 違いますか、シリウスちゃん?」
くすくすとグロ系モンスターは笑いかけるけれど、話し掛ける相手がおかしくない? ここには「シリウス」はいない。
「シリウス」を元に造られた双子はいるけれど、もうふたりとも「シリウス」ではなく、それぞれに確固たる自我を持っている。
大元は「シリウス」だったとしても、いまは「シリウス」ではなく、別人なの。
だというのに、グロ系モンスターはプロキオンを「シリウス」と呼んだ。
つまりは、「プロキオン」という存在を真っ向から否定している。
そのうえで、まるで母親のような振る舞いをしているのよね。
……ふざけるのも大概にしてもらえないかしらね?
冗談にしても全然笑えないんですけど?
「おまえぇ」
プロキオンが歯ぎしりをしながら、グロ系モンスターを睨み付けるも、当の本人はのほほんとしている。
それが余計にプロキオンを苛立たせている。いまにもプロキオンは飛び掛かりそうなほどに殺気立っていた。
そんなプロキオンの前に私はあえて立った。プロキオンの位置からでは、あの女を見えないようにね。
「お姉様上?」
プロキオンが怪訝そうに顔を歪めている。私は半身で振り返りながら笑いかけたの。
「……あなたの目に映す価値があるものは、この先にはないわ。あんなのを見ているくらいなら、メイサのそばにいてあげて。少しでも多く、あの子と思い出を作りなさい」
「……だけど、お姉様上」
「大丈夫。その邪魔をする奴は私が容赦しないから、ね」
プロキオンにできる限り優しく笑いかけてから、あの女へと視線を戻す。
気狂い女はいまにも発狂しそうなほどに、忌々しそうに私を睨んでいる。
あー、怖い怖い。育ちが知れるってもんだわ。
「なぁに? その怖ーい顔。ただでさえグロいのに、ホラー、いや、ヒステリックも追加とか勘弁してちょうだい? うちのかわいい姪っ子たちの教育に悪いわぁ」
「……誰ですか、あなたは」
「あら? 聞いていないの? ド腐れ女神のおばさんから?」
「我が君の罵倒は許しませんよ? 死にたいのですか?」
「はっ、あんたごときが私を殺す? 面白い冗談わぁ。それに「死にたいのか」は私のセリフだわ」
「どういうことです?」
気狂い女は私の言いたいことがわかっていないみたい。お笑いぐさだわ。私のかわいい姪たちを真っ向否定してくれたってのに、無自覚だったみたい。
「簡単よ。私のかわいい姪たちを散々にコケにしてくれたからよ。……お礼にたっぷりとかわいがってあげるわ」
親指で首をかっ切る仕草を取ると、気狂い女の目が禍々しい血の色に変わっていく。
……プロキオンのまねをしないでほしいわね。本当に忌々しいわ。
「お姉様上、さすが!」
『パパとぜんぜんちがうけど、カッコいい』
「あら、ありがとう。ふたりともお利口さんだわ」
プロキオンとメイサがそれぞれに私を讃えてくれたわ。まったく、本当にいい子たちなんだから。そんないい子たちの心を傷付けてくれたんだから、相応のお礼はしないとねぇ。
「……さっきからなんなんですか、あなたは」
「言っているじゃない。この子たちは私の姪なのよ。私の、自慢の愚妹であるカレンの娘たちなのよ。その娘たちを散々に虐めてくれたわね。たっぷりとお礼をしてあげるわ」
「旦那様が、妹? つまりあなたはお義姉様ですか?」
「……やめてくれない? あんたに「お義姉様」なんて言われたら、鳥肌が立つわ」
「……口が悪いところは、旦那様そっくりですね」
「あー、それと愚妹を「旦那様」と呼ぶのもやめてくれない? 困るのよねぇ。自分勝手な妄想で行動を起こす人って。ストーカー同然じゃないの」
「っ、誰が!」
「……てめぇに決まってんだろう、気狂い女」
あら、やだ。
勝手に口が動いたわ。
私の意思を無視しているわね。これはどう考えてもカレンの影響だわ。
まったく困った子だわ。
いくら本当のことでも言っていいことと悪いことがあるっていうのに、ねぇ?
「おー、いまのすっっごくパパっぽい!」
『……うん、パパみたいでカッコいい!』
プロキオンとメイサが目をキラキラと輝かせているわね。
うーん、私自ら教育に悪いことをしちゃったわね。
反省ものだわ。
まぁ、それもぜーんぶ──。
「この気狂い女をぶちのめしてからにしましょうか。ってわけで、来なさいよ、気狂いストーカー化け物女。格の違いと真っ当な愛情っていうのがどんなものか教えてあげるわ」
──気狂い女をぶちのめしてからだわ。
気狂い女ににやりと笑いかけてあげると、瞳の色が血の色を染め尽くして、「貴様ぁぁぁぁぁぁ!」と叫びながら突っ込んでくる。
突っ込んでくる気狂い女が近づいてくるけれど、黙って見ているなんてことはしない。
私はあえて地面を蹴り、気狂い女が駆け寄ってくるよりも早く、あの女に肉薄した。
「なっ!?」
気狂い女は目を見開いていた。
が、手加減なんてしあげるつもりはなかった。
躊躇なく、なぜか動いている胴体へと手加減なしで回し蹴りを叩き込んだ。
「がぁっ!?」
手に持っている首の口元から血が吐き出される。
いったいどうなっているのかはさっぱりだけど、いまはどうでもいい。
いま大事なのは──。
「さぁ、化け物退治と行きましょうか」
──私のかわいい姪たちを散々にかわいがってくれたこいつを、今度は私がかわいがることなのだからね。
拳を握りしめ、私は目の前にいる気狂い女を殴りつけていく。
その度に、気狂い女は呻き声をあげるけれど、構ってなんかやるつもりはない。
これはすべて制裁。
この気狂い女への制裁なの。
……同情するべきところがないわけじゃない。
でも、こいつはラインを超えすぎた。自分勝手な理由でラインを超えすぎてしまった。
だから躊躇も、同情もない。
目の前にいるのはただの愚者だ。
愚者への制裁を躊躇いはしないし、するべきではない。
私は淡々と気狂い女への制裁を行っていった。
香恋のアルトリアへの挑発のセリフを「来いよ、ドサンピン」と書きそうになったのは秘密です←
⋯⋯リアタイ世代だから仕方ないと思うの←




