Sal3-52 照れ隠し?
腐肉たちの悲鳴がこだましていく。
こだまは続々と増えていき、いまでは聞き取れないほどだ。
腐肉たちが悲鳴を上げているのは、すべてトワが原因だった。
というか、トワがやけに躍起になって腐肉どもへと攻撃を仕掛けているようだ。
私の後方を飛んでいるから、ひどく見づらくはるんだが、トワは先ほどから間断のない攻撃を延々と仕掛け続けている。
具体的には魔力で精製した大剣を腐肉どもへと向けてばらまくように投げつけていた。
その投擲にしても、魔力を用いて加速させているためか、音速を超えているようだ。
おかげで腐肉たちの悲鳴もこだましているが、それ以上に加速した大剣の発射音と着弾時の爆音が凄まじい。
そう、もはやトワが投擲している大剣は大剣という質量武器ではなく、大砲さえも凌ぐほどの大量破壊兵器となっていた。
「なぁ、香恋?」
「言いたいことはわからなくもないけど、なにかしら?」
「……私はトワになにかをしただろうか?」
「さぁ?」
後方から再び轟音が鳴り響き、腐肉たちの悲鳴とそれ以上の大音量の爆音が響いた。
ふたつの轟音が恐ろしすぎて、うかつに後方を見ることができないでいるが、どうやらトワはかなり頭に来ているようだった。
「……私はあの子になにかしただろうか?」
「少なくとも、守ってはあげたと思うんだけど」
ドゴォン、という爆音がまた鳴り響く。再びトワが大量破壊兵器を投擲したようだ。
相手が相手だから思うことはない。本来であれば、な。
だが、こうも連続的に大量破壊兵器を投擲されていたら、さすがに同情を芽生えてしまうものだ。
しかし、当のトワは同情なんて感情は欠片も抱いてはいないだろう。
ただただ淡々と目の前にいる憎い敵を葬ることしか、いまのトワは考えていないようだった。
本当に私はあの子になにをしただろうか?
いや、なにをしてしまったんだろうか?
少なくともトワをここまで怒らせるようなことをした覚えはまったくない。
せいぜいが先ほどトワを守ったくらいだが。
「……もしかして、それが気に喰わなかったのか?」
「いや、それはないんじゃない? だって、いくらなんでもあのタイミングは、トワさんでも致命傷を負うものだったわ。トワさんったら、あの子たちを守るために身を呈していたんだもの」
「……うん、そうだな。あれは介入するしかなかった」
香恋の言う通り、私が介入しなければ、トワは今ごろ墜ちてしまっていただろう。
墜ちなくてもまともな交戦はできないほどの、致命傷を負っていた可能性が高い。
ティアとルイを守るために、自らの身を盾にしようとしていたのだから。
気持ちはよくわかる。
私とて同じ状況であったら、ティアとルイを守るために身を盾にしたことだろうし。
気持ちはわかると言っても、指を咥えて見ていることなど私にはできなかった。
むしろ、指を咥えて見ているかよりも、トワを守るために行動するべきだった。
実際に、私はトワを守るために介入し、無事にトワを守りきった、はずだったんだが、それ以降どうにもトワの様子がおかしくなってしまった。
あれ以降まだきちんと会話をしていないが、どうにもかなり怒っているようだ。
怒っていなかったら、大量破壊兵器を延々と投擲するわけがない。
「……トワさん、怒ると怖いものね」
「……うむ。私も何度か怒られたことがあったが、怖かったよ、すごく」
「……語彙が乏しくなっているわよ、カナタ」
「それほど怖かったんだ。察してくれ」
「……あぁ」
なるほど、と香恋が頷いていた。
香恋とカレンはトワの教え子でもあるから、その恐怖を骨身にしみるほど理解している。
さすがに炎の君ほどではないだろうが、それでも近いほどの恐怖をふたりはトワによって刻み込まれているはずだ。
だからこそ、ふたりもトワの怒ったときの恐怖を知っている。
私はこの世界に来るまでは知らなかったが、以前たまたまトワのお気に入りの服を洗濯したさいに、やり方を誤ってしまって台無しにしてしまい、本気で怒られた。……あれは、とても怖かった。うん、とても怖かったなぁ。
「……あれ以来、私はトワの洗濯物を勝手に洗うことはしないようにしている」
「新婚夫婦か、同棲はじめのカップルみたいな失敗はなんなのよ?」
「いや、だって、実際、それでしこたま怒られたぞ、私は」
「……それは怒られるという範疇になるのかしら?」
「本気で怖かったんだが?」
「……トワさんって、ファッション好きなの?」
「わりと好きみたいだな。私にとってはハレンチとしか思えぬ格好をよくしているが」
「……ハレンチな格好ってなによ? トワさんがその手の格好をするとか想像もできないんですけど?」
「私にはそうとしか思えない格好なんだがな」
「あんたは娘のファッションセンスについていけないお父さんか」
香恋はなんとも言えない顔で私を見つめていた。
が、そう言われても私にはトワの服装は大抵ハレンチとしか思えないんだがな。
なにせ、素足を見せたり、胸元を大きく開けたりなど、どう考えてもハレンチそのものではないか。
「女性はそう簡単に肌をやたら見せるものではない」
「……言いたいことはわからなくもないんだけど、うちの愚妹が言いそうなことだわね」
「……たしかに」
香恋の指摘に私はなにも言いかえせなくなってしまった。
たしかに、私の言い分はカレンが言いそうなものだった。
まぁ、カレンの場合、そういうことを言うのは、たいていプロキオンやベティ、娘に対してであり、私のように妹に対してではない。
似ているようでまるで意味合いは違うのだ。
「……いや、ほぼ同じよ。同じ穴の狢だわ……ん?」
香恋に呆れられてしまったが、こればかりは抗議したいと思っていたのだが、当の香恋はなにやら引っかかるものがあったのか、思案し始めていた。いったいなにをと思っていると、香恋が口にしたのは──。
「……もしかしてなんだけど、トワさんのは照れ隠しとか?」
「……照れ隠し?」
大量破壊兵器をぽんぽんと投擲するのが、照れ隠し?
照れ隠しというのは、もっとかわいらしいものであって、相手を阿鼻叫喚の地獄絵図へと追いやるものとは違うはずだ。
そもそも、なぜ大量破壊兵器を投げ込むことが、照れ隠しというとんでも理論に繋がったらのやら。
「……いや、なんとなくなんだけど、トワさんの行動がまるでカレンの嫁たちの行動と重なって見えるのよね」
「……重なる、か?」
「重なって見えるわね」
「……そうか」
「あくまでも私の意見だけどね?」
そっと視線を逸らす香恋。その言葉に私はなにも言えなくなってしまった。
なにも言えなくなっている間も、ドゴォンという音が再びこだましていく。
こだまする音に私はただ思った。
「こんな照れ隠しなんて、あるわけがない」
そう思いたかったが、どうしてだろうな?
香恋の言葉が事実のように思えてくる。
いったい、どういうことなのか。
確認したいところだけど、それさえも私にはできなかった。
だって、事実だったら怖いから。
「……あんたも大変よねぇ」
同情するようなまなざしを向ける香恋に、私はなにも言えないまま、背後からの爆音をただただ聞いていることしかできずにいた。




