Sal3-51 不死の呪い
「──「裏切りの王女」をあなたは愛していたんですか?」
エレーンさんの声に手前の意識は切り換えられた。
ルフェル兄上とアルトリア姫。
お似合いだった恋人たちの出会いは、もう過去のことでありますが、その内容はまさに恋物語と呼ぶに相応しいものでした。
そう、まさに物語のように、できすぎた内容でした。
「……そうだと言ったら?」
「王女様との間にできた子が現代のアルトリアさんたちなんですか?」
「いいや? そんなわけがないだろう? あれらはただの出来損ないだ。「アルトリア」を模して造りあげた、出来損ないの人形どもだよ」
はん、と吐き捨てるルフェル兄上。その言動も、表情も手前の知っている頃のルフェル兄上とはまるで別人のようでした。
いや、事実別人となられてしまっている。
人格が激変するほどの悲劇を兄上は経験され、そして文字通り人が変わってしまったのですから。
「なんでですかぁ?」
「なにがだい?」
「なんで件の王女様を模して、アルトリアさんたちを産み出されたんですか? 王女様が恋しかった、とか?」
「……恋しい、ね。間違ってはいないさ。俺はいまでもアルトリアを、彼女を愛している。誰よりも深く彼女を愛し続けている」
兄上はまぶたを閉じて、胸元を強く握りしめられました。厚手の服を着られているから、そこになにがあるのかは手前にもわからない。
だけど、兄上であれば。
人が変わってしまったけれど、それでもかつての兄上であれば、そこになにがあるのかを予想するのは難しくなかった。
「……指輪、ですか?」
「……なんだ。憶えていたのか? てっきり忘れていると思っていたぜ?」
「……忘れられるわけがありません。あの日のことはいまでもはっきりと憶えていますから」
「あのティアリカが、そう言うか。……まぁ、だろうな。俺も忘れてはいない。俺たち全員が呪いを受けた日だからな」
兄上は胸元から手を放すと、閉じられていたまぶたを開かれた。開かれたまぶたから見えたのは、深い憎悪に彩られた怨恨の瞳でした。
「呪い、ですか?」
「いったいなんのぉ」
「……「不死の呪い」ですよ。かつての「ルシフェニア」に所属していた全員が、永遠の命を強制的に与えられたんです」
「不死……それってもしかして」
「ティアリカさんが神代の頃に産まれていまもご存命なのはぁ」
「ええ、その影響です。そして影響を受けたのは手前だけではなく、「ルシフェニア」の面々も、いまの「七王」たちも同じです」
「え?」
「「七王」陛下たちですか……ってもしかして」
「ご明察さ。いまの「七王」たちこそが現代にも伝わる「六聖者」たちのなれの果てだ」
兄上は手前たちをじっと見られていた。いや、手前だけを見つめられている。その目にはいまだ怨恨に彩られていますが、反面、どこかかつてのような光が、わずかな後悔の色が見えていた。
「「七王」陛下が「六聖者」ってことは」
「レア様も、ですか」
「あぁ、かつて最強の魔導師と謳われた「六魔」とはレヴィアのことだ。あいつだけじゃないぜ? 「剣聖」はベルゼのことだし、「闘騎」はマモンのことだ。「軍神」なんて偉そうな名を名乗っていたのはデウスだしな。本当にどいつもこいつも大層な名前を名乗っていたし、いまや「七王」と名乗っているが、根っこのところでは昔のまんま。ガキのままなんだよ」
兄上は再び吐き捨てられた。吐き捨てられたものの、それまでとは違い、どこか優しさのようなものを感じられた。
変わってしまっても、すべてが変わってしまったわけでない。
兄上の中にはかつての兄上もまだおられるのかもしれない。
でも、手前がかつての兄上を引き出すことは叶わない。いや、できるわけがなかった。
「じ、じゃあ、英雄ベルセリオス様は、竜王様なんですかぁ?」
サラさんが困惑したように口にしたのは、「七王」の長である「竜王」こそが「英雄」へと至ったベルセリオス兄上のことではないか、ということでした。
てっきり、ベヒモス様のところにおられた日々で、ベヒモス様からお話を聞かされていると思っていたのですが、どうやら違うみたいですね。
もしくは、ベヒモス様がかつてのことを語られるのを躊躇っておられたのかもしれませんね。
「英雄ベルセリオス」の物語は、いまでは人間族における希望の物語として語られるものですが、実際のところはまるで違う。
原典とされているものでは、「英雄ベルセリオス」と「六聖者」たちは当代の「七王」たちに、先代の「七王」たちの敵討ちに挑んだ当代の「七王」たちに敗れたとありますが、それもまた脚色されたものです。
そもそも「英雄ベルセリオス」の、いや、手前とヴァン兄上を除いた「ルシフェニア」の面々の旅の目的は、先代たちを、自分たちを捨てた先代の「七王」たちへの復讐のためのものでしたから。
だから、原典のように敵討ちをされたわけではない。
敵討ちをしに来るものなどいなかった。
当時の王子、王女たちこそが先代の「七王」たちを討った張本人でしたからね。
では、なぜ原典では「英雄」も「六聖者」も討たれたことになっているのか。
そしてなぜ「ルシフェニア」の面々が不死の呪いに掛かっているのか。
それはとても単純なことです。
なぜなら手前たちは──。
「「竜王」か。……まぁ、あれがベルセリオスのなれの果てであることはたしかだな。だが、あれはベルセリオスであるが、ベルセリオスではない」
「どういうこと、ですか?」
「簡単なことさ。あのベルセリオスは、もう俺の弟のベルセリオスじゃねえんだよ。あれは、俺の最愛の弟の死体を利用して動いている、ただのアンデッドだ。いや、あれだけじゃねえ。俺やそこにいるティアリカも含めて、「ルシフェニア」の仲間たちは全員がすでにアンデッドなんだよ。まぁ、そこらの腐肉どもとは違って、特別なアンデッドだけどなぁ」
にたり、と口元を歪めて笑うルフェル兄上。その言葉にサラさんとエレーンさんが目を見開いて手前とルフェル兄上を見遣っている。
その視線に手前はただ耐えることしかできなかった。
お二方の視線に耐えながら、手前はかつてのことを再び思い出していく。
「ルシフェニア」がクラン名ではなく、国の名前へとなる切っ掛けになったあの日。先代の「七王」たちをすべて討ち取り、「アヴァンテ」へと凱旋した日のことを、手前は思い出していった。




