Sal3-50 無数の雨
「村雨」を防いだのは、思いも寄らないものだった。
カナタさんが身に付けているガントレットのような無骨な手甲が「村雨」の刃を防いだ。
いま放っていたのは、「神威流抜刀術」の奥義である「秋雨」だったのだけど、その「秋雨」を彼女は両腕の手甲を重ね合わせるようにして防いでしまった。
防がれること自体は問題ない。
「秋雨」は「神威流抜刀術」における奥義のひとつであり、唯一無二の高速連撃を放つもの。
「次撃が存在しない」という「神威流抜刀術」の弱点を克服するために産み出された奥義なのだけど、別の弱点が存在している。
それが一撃一撃の威力が弱いということ。
渾身の一太刀を放つ他の奥義とは違い、「秋雨」は抜刀した状態から放つ。抜刀術において重要な鞘走り等は使えない状態から、他の奥義に遜色しないほどの速度を出すためには、どうしても一撃一撃の威力は軽くなってしまう。
まぁ、一撃の威力が軽くなってしまっても、他の奥義によって弱っている相手へのトドメを放つためのものとされているから、威力は軽くても用途を間違えなければ問題はない。
実際、私が「秋雨」を放ったのは、クラウディウス卿へのトドメだった。
クラウディウス卿を仕留めるために、「秋雨」を放ったんだ。
でも、その「秋雨」はまさかの相手に防がれてしまう。
私の目の前にいるひとりの少女──私と同い年であり、幼なじみにして、想い人である清香によって、だ。
「なんで、清香が」
目の前に清香がいることを私は信じられなかった。
だって、清香は地球にいるはずだった。
地球でいまごろ受験勉強に励んでいるはずなのに、なんで清香が「スカイスト」にいるのか。まるで状況がわからなかった。
「「なんで」はこっちのセリフ。円香、なにをしているのさ?」
清香は中学からかけ始めた眼鏡のつるをあげて、眼光鋭く私を睨み付けている。
清香に睨まれることは、別に問題はない。というか、昔はよくあったし、慣れている。
けれど、なんでここに清香がいて、どうして清香がクラウディウス卿を守るようにしているのかがわからない。
そもそも、清香はさきほどなんて言っただろうか?
「なにをして、ってその化け物を」
「私の先生を化け物呼びするな」
「せん、せい?」
「そうだよ。クラウディウス先生は、私の先生だ。私にいろんなことを教えてくれたよ」
清香はそう言って笑った。
戦場で浮かべるには、あまりにも不似合いな笑顔を、頬を赤らめるようにして笑っていた。
「ふ、ふふふ、助かりましたよ、キヨカさん。さすがに新神様三人を相手取るのは私でも厳しかったですからね」
「先生のためですから」
「そうですか。あなたは本当に優秀な生徒です。ええ、本当に優秀ですねぇ」
クラウディウス卿は体を再生させながら、細い触腕を清香へと伸ばし、その頬を優しくなでつけていく。
清香はくすぐったそうにしながらも、とても嬉しそうに笑っていた。
ふたりのやりとりは、やけに親密だった。
それこそ。
そう、それこそ──。
「あとでまた個人授業をしてあげましょう。少しばかりいつもよりも激しめになるかと思いますが」
「……清香はいつでも大丈夫です。先生」
「そうですか。本当に優秀ですね、あなたは」
「嬉しいです、先生」
清香はとても嬉しそうに笑いながら、クラウディウス卿の触腕に口づけを落とした。
その光景を見て、私はすべてを理解した。
「クラウディウスぅぅぅぅ! おまえ、清香になにをしたぁぁぁぁぁ!?」
「なにを? はて、男女の関係になったくらいですが、それがなにか?」
「っ! 貴様ぁ!」
男女の関係。それが意味することはひとつしかない。
私が激高するのはお門違いだってことはわかっている。
私がどんなに想いを寄せたところで、清香が受け入れてくれることなどないこともわかっている。
むしろ、私よりもいい人がいればその人に清香を任せるべきだと思っているくらいだ。
たとえ、そのいい人が異性はもちろん、同性だったとしても、清香を幸せにしてくれる相手がいるのであれば、私は私の想いに蓋をして身を引こうと決めている。
けれど。
けれど、こいつだけはダメだ。
この化け物なんかに清香を任せることなんてできない。
少なくとも、会っても間もない清香に、見た目の年齢を踏まえたらはるかに年下、それこそ孫娘に近い歳であろう清香に手を出すような奴なんかに清香を任せられるわけがない。
そもそも、この化け物がいつ化け物としての本性を現すかもわからないんだ。それこそ、いますぐに清香を食い殺してもおかしくない。
そんな化け物に清香を任せる?
できるわけがないだろう。
清香に悪いとは思うけど、いますぐにこの化け物は斬り捨てるべきだった。
「──無限の剣閃の前に散れ、腐肉」
「っ、クラウディウス先生。私から離れないでください」
「はい、そうしますよ」
「村雨」を静かに納刀する。あえて「驟雨」は用いずに納刀をした。
正確には私の技量では、「驟雨」から繋げることができないからだ。
本来であれば、繋ぎの奥義である「驟雨」からすべての奥義に繋げることはできる。
でも、これに関しては私の技量では、まだ「驟雨」から繋ぐことはできない。
「驟雨」から繋げることのできない理由。それはこの奥義こそが「神威流抜刀術」における最後にして、最強の技。
最後にして最強であるがゆえに、最も習得難易度が高い。
ただ放つだけでもやっとだというのに、そこに繋ぎの奥義である「驟雨」までをも挟むとなると、正直私の手には負えない。
この奥義単体であれば、一応形にはなる。でも、あくまでも形になる程度でしかない。
それでも私の放てる技の中でも最大最強のものにして、抜刀術でありながら、抜刀術ではない技。それこそが──。
「「神威流抜刀術」奥義「時雨」」
──私が放とうとしている「時雨」だった。
「クラウディウス先生! 気をつけてください!」
清香の叫び声が響く。
クラウディウスは清香の声に頷きながら、その触腕を清香の体をまさぐるようにして巻き付けた。
「クラウディウスぅぅぅぅぅ!」
私は遠吠えのように、咆哮をあげながらクラウディウスへと向かって「時雨」を解き放った。
戦場に無数の雨が舞い散っていった。




