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Sal3-49 気がかり

 なにやらすごく頭上が騒がしい。


 空の上はトワ先生とカナタ先生が担当している。


 伝説の魔物である「鱗翅王」のふたりが空を担当してくれているから、なんの問題もないはずなのだけど、その問題のないはずの空がやけに騒がしくなっている。


 なにかあったのかな、と視線を向けたいところだけど、あいにくそこまで余裕がある状況ではなかった。


「本当に、おいたばかり!」


 あの女が叫んでいる。


 視線を向ければ、狂気を宿した瞳で私とメイサを見つめる気狂い女がいた。


 気狂い女は自分の首を持ちながら、得物である剣を振るっている。


 私のことを「理想のシリウスちゃん」と抜かしながら、その手に持つ得物はどういうことだと言いたいね。


 私を「理想の娘」と称しているくせに、その手にあるのは相手の命を奪う凶器だった。


 娘に、いや、本当に自分の子供と思っているのであれば取り出すはずのないものだった。


 そんな武器を向けながら、気狂い女は向かってくる。


「……ほんとうに、ばけものみたい」


 メイサは気狂い女の狂気に少し呑まれていた。呼吸も少し速いし、よく見れば額には大粒の汗が浮かんでいる。


 気狂い女が怖くてたまらないのか。


 それとも別の理由なのか。


 考えられるとすれば──。


「おいたをする子にはお仕置きなんだから!」


「っ! プロキオン!」


 ──メイサの慌てる声とともに、私の頭上を陰が差した。


 いつのまにか、あの女は私に迫っていた。


 片手で剣を振り上げている。狙いはどう見ても私だ。私の脳天へと向けて剣をこれから振り下ろすつもりなんだろう。


 拳骨を落とすというのであれば、「お仕置き」にはなりえると思う。


 でも、剣を振り下ろすことを「お仕置き」とは言わない。言えるわけがない。


 だけど、気狂い女にとって剣を振り下ろすことは、「お仕置き」の範疇にあることのようだった。


「そんな「お仕置き」なんてあるものか」と言うのは容易いし、誰もが「「お仕置き」の範疇を逸脱している」と言うと思う。


 まぁ、そんな他者の言葉を聞くような相手ではないから、どれほど言い募っても意味はない。


 目の前にいる女にとって、自分の考えこそが絶対であることは、私はよく知っている。


 いや、正確には自分が認めたものは絶対正しい、とこの女は考えている。


 だからこそ、「お仕置き」と称して私の脳天目がけて剣をいまにも振り下ろそうとしている。


 メイサもそれがわかっているからなのか、必死な形相で手を伸ばしている。


 けれど、メイサが手を伸ばすよりも早く、気狂い女の剣が私目がけて放たれていく。


 当たれば、いまの私でも致命傷は免れない。


 気狂い女の剣、いや、一撃はそれほどまでに強力だった。


 金属の塊で頭部を殴られれば、誰だって致命傷ではあるけれど、気狂い女の一撃はより致命的だ。


「……遅いね」


 あくまでも、直撃すれば、だけどさ。


「っ!?」


 気狂い女の一撃は、たしかに強力だけど、いまの私にとっては虫が止まるような速度でしかない。


 ロード・クロノス・オリジンにまで至った私には気狂い女の一撃なんてひどく鈍いものとしか思えなかった。


 それほどまでの差が私と気狂い女の間にはあるんだ。


 しかも、いまは「フェンリル」と化したことで、より私の力は強まっている。


 それこそ。


 ……絶対したくないことだけど、ママと戦ってもいまの私は勝ちを拾うことだってできるんだ。


 そう、女神であるママにさえも、やりようによって勝てるくらいに私は強くなっている。


「フェンリル」になる前では、逆立ちしてもママには勝てなかったけれど、「フェンリル」となったことでママ相手でも勝つことはできる。


 あくまでも状況が揃えばだけど。


 神様相手でも勝てるほどになった私相手に、かつての私以下の気狂い女の攻撃が当たるわけがない。


 むしろ、どうすれば気狂い女の一撃が当たるのか、ってくらいだもの。


 私にとって気狂い女の攻撃は当たってあげない限り、直撃することはないという程度のものでしかない。


 そう、私自身が当たってあげようと思わない限り、どれほど油断をしても当たることはない。


 私自身が当たるつもりはなくても、万が一というもの起こりうることでもある。


 カナタ先生の「常在戦場を心がけろ」という言葉を私は実践している。


「常在戦場」というのはどんなときでも戦場に身を置いているのだと思え、ということらしい。


 いつ命が奪われてもおかしくない戦場にいるのだと思えということ。


 その教えを実践しているがゆえに、私は気狂い女から目をできる限り離さないようにしている。


 ……まぁ、そのくせ、気付いたら攻め込まれていたのは反省案件だけど。


 でも、まぁ、今回ばかりは致し方がない。


 メイサの様子が少しおかしいのだからね。

 

「……プロキオン、すごいなぁ」


 メイサは息切れをしていた。それまでと同じように動いているはずなのに、いまのメイサの呼吸は乱れていた。


 いままでの蓄積があったのかもしれないけど、呼吸が乱れているだけにしては、メイサはいくらか辛そうな顔をしている。


 いや、辛そうというよりかは、顔がどんどんと青ざめていた。


 なにかがあったことは間違いない。


 でも、いまはそれを聞く余裕はない。


「シリウスちゃん! おいたをしたことを謝りなさい!」


 気狂い女が叫ぶ。非常にヒステリックな叫び声だった。


 私が気狂い女を狂人としか見ていないことが、相当に頭にきているみたい。


 でも、まぁ、無理もない。


 アンデッドだった頃の私とは違い、いまの私は気狂い女を「ママ」だと思ってはいない。


 私にとって「ママ」は、気狂い女ではない。私にとっての「ママ」は、アンジュママであって、目の前にいる、頭部と胴体が切り離されているのに、いまだに行動し続けるような化け物なんかを「ママ」とは思うわけもない。


 そもそも、当時の私を散々に痛めつけたくせに、私が理想像通りに成長したから、いきなり掌返しをするような奴を「ママ」と思えるわけがないだろう。


 だというのに、気狂い女と来たら、私を「シリウスちゃん」としか呼ばないし、自分が「ママ」であることを信じて疑っていない。


 私に言わせてみれば、どちらもちゃんちゃらおかしい。


 私にとっての「ママ」は気狂い女じゃないし、私自身「シリウス」ではないんだ。私はプロキオン。シリウスではない。


 だというのに、気狂い女は私を「シリウス」と呼び続けている。


 私という存在を徹底的に否定しているんだ。


 仮にも「ママ」、母親を名乗るのであれば、自分の子供を真っ向から全否定して、「ママ」と呼び慕って貰えると本気で思っているのかな?


 もし、そうであれば、一度頭の中を診察して貰った方がいい、と言いたいところだよ。


 でも、いまは気狂い女の子とはどうでもいい。


 大事なのは、メイサのこと。


 メイサになにがあったのかを尋ねたいんだけど、尋ねようとするたびに、気狂い女は割り入ってくる。


 気狂い女の攻撃は当たろうと思わないかぎり、当たることは早々ない。


 でも、決して余裕で対処できるというわけでもない。


 だというのに、気狂い女はまさに狂ったように攻撃を仕掛けてくる。その攻撃を受けながら、メイサの反応を気に掛けるというのはできそうでなかなかできないことだった。


 気狂い女よりも、メイサの体調の方が気がかりだというのにね。


「反省しなさい! シリウスちゃん!」


 気狂い女が剣を振り下ろしてくる。振り下ろされた剣を避けながら、私はできる限りメイサを見つめる。


 真っ青になった妹を心配しているのに、声を掛けることがなかなかできないでいた。


 メイサ、大丈夫かな。


 気狂い女の攻撃を避けながら、私は顔を真っ青にしながら呼吸を乱れさせていくメイサを見つめていることしかできなかった。

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