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Sal3-47 戦場の空を

 地下からの轟音が聞こえてきた。


 本来であれば轟音だけではなく、震動も伴っているはずなのだが、私たちは地上には立っていないから、震動があったかどうかはわからない。


 だが、腐肉どもや建物の様子を見る限りは、震動はあったようだ。


 まぁ、震動云々よりも、腐肉どもの動きが明らかに鈍ったことを踏まえたら、答えはひとつしかないわけだが。


「……どうやらうまくやってくれたようだな」


「カティたち、ちゃんと目的達成できたみたいね。偉い子たちだわ、本当に」


 腕の中にいる香恋が、痛みに顔を歪めながらも地下の任務を達成したカティたちを褒めていた。


 素直ではない彼女らしかぬ言い分ではあるものの、カティたちが見事に任務を達成してくれたことが誇らしいのだろう。


 なんだかんだで、香恋もちゃんとカティたちを家族として愛しているのだということがよくわかる。


 まぁ、普段の態度から香恋が家族をどれほどに愛しているのかはよくわかるというものだ。


 そもそもまだ重傷を負っているというのに、カティたちの「臭い消し」に奔走していた時点で、身内に大甘であることは明らかだったわけなんだがね。


「私たちも「臭い消し」に奔走した甲斐があったというものだな」


「まぁね。……っていうか、まだ治しきれないの?」


 若干頬を染めながら香恋はぶっきらぼうに頷くも、今度は私を鋭く睨み付けてきた。


 家族以外にはとことん厳しいな、と思いつつも、言われてしまった内容には私も反論をするしかない。


「言ったはずだぞ? 君の怪我が重すぎる、と。いまの君の体はとんでもない重傷を負っているんだ。その体をすぐに治すのは無理がある」


「……それはわかっているけれど」


「それに、いまは私も魔力が十分というわけではない。普段よりも時間は掛かってしまう」


「……あんたもあんたで無茶をしているじゃないの」


「まぁ、それなりにだよ。君ほどではないさ」


 香恋からの指摘に私は苦笑いしながら答えた。香恋は「むぅ」とわずかに唸ると、それ以上、治療のことについてとやかく言わなくなった。


 下手なことを言って治療がより遅くなることを香恋は危惧しているようだ。


 別に、とやかく言われた程度で治療をやめるつもりなんてないんだがね。


 もっとも、当の香恋はそう思わなかったようで「……とっと治してちょうだい」とそっぽを向いてしまう。


 本当に素直ではないな、と思いつつも、「わかったよ」と苦笑いしながら、私は香恋の治療に専念しようとしていた。


「ただ、ひとつだけ聞かせてちょうだい」


「ん? なんだ、藪から棒に」


「トワさんを抱かないの?」


「ごほっ!?」


 まさかのド直球のとんでもない話がとんできた。


 まさかすぎる話題に、私はつい噴き出し、そのまま咳き込んだ。


 私の咳き込みが聞こえたのか、先導していたトワが「姉さま?」と振り返るも、「なんでもない」と手を振った。


 トワは「なにかあったら教えてくださいまし」と言って、ティアとルイを抱きかかえたまま、戦場の空を駆け抜けていく。


 私もその後を追いかけていくと、腕の中の香恋が「やっぱりね」とにやにやと楽しげに笑っていた。


「前々からそうじゃないかなぁと思っていたのだけど、やっぱり」


「……香恋。それ以上を言うのであれば、治療をやめて、戦場に残していくぞ?」


「怖い怖い。わかったわよ」


「……わかったのであれば、このことは他言無用だ」


「他言無用にしておきたいところだけど、たぶん、ほとんどの人はわかっていると思うけど?」


「なに?」


「というか、このことは私もタマモに教えてもらったし」


「……タマモに?」


 再び、まさかの名前が聞こえてきた。


 まさか、タマモに私が秘めていた気持ちが気付かれているとは思っていなかった。


 そもそも、ほとんどの者に気付かれているというのはどういうことなのか。


「香恋。どういうことだ?」


「どういうこともなにも、あんた、自分がどれだけわかりやすいムーヴをしているのか、理解していないわけ?」


「なに?」


「だって、あんた、トワさんを見る目は誰よりも優しいし、声もすごく優しくなっているわよ?」


「……だが、それは単純に妹だからというわけで」


「私と愚妹のやりとりを見たことなかったかしら?」


「……それは君たちが特殊なだけだ。普通の姉妹はもっと」


「違うわよ、普通の姉妹であれば、もっといがみ合うこともあるわ。まぁ、いがみ合ってもすぐに仲直りして、でも、またつまらないことでいがみ合う。それの繰り返しなのよ。だけど、あんたとトワさんの場合は全然違っている」


「……だから、それは」


「だからもなにもないわよ。傍から見れば、あんたがトワさんを特別視しているのは明かなのよ。それも肉親に対して向けるものではなく、たったひとりの特別な人に対するもののようにね」


 香恋はじっと私を見つめていた。黒と紅の瞳が私をまっすぐに射抜いていた。反論は許さないどころか、反論をさせないと、その目は雄弁に物語っていた。


「……いったい、なにが君をそこまで駆り立てるんだ?」


「駆り立てているわけじゃないわ。単純に、もどかしすぎるってだけ」


「……もどかしくなられたところで、答えられるものと答えられぬものがある」


「実の姉妹だから?」


「……そうだ。私とトワは姉妹だ。実の姉妹なんだ。だからこそ、どれほど強く想おうと、どれほど大切に想おうと、それが届くことは決してありえない。そう定められているんだ」


 そうだ。


 私がどれほどトワを特別な意味で愛していようとも、その愛が届くことはない。届いていいわけがないのだ。


 私とトワは姉妹なのだ。ふたりっきりの姉妹なのだから。だからこそ、この想いは届いていいわけがない。


「……まぁ、たしかにあんたの言う通りではあるわね。実の姉妹同士で恋愛関係になるなんてあってはならないことだもの」


「……だろう? だから、これは」


「でも、逆に聞くわ。あんた、トワさんがあんた以外の誰かに抱かれているのを見てなんとも思わないの? っていうか、我慢できるわけ?」


「っ、それは……」


 トワが私以外の誰かに抱かれる。香恋の言葉は、いままであえて考えてこなかったことだった。


 考えてこなかったものの、ありえないことではなかった。


 それほどにトワは美しい。


 美しいトワを本気で愛する者は、「ドラグニア」でも少なくはないだろう。


 いまのところ、トワはその手の想いに答えるつもりはないようだが、いつまでもというわけではない。


 いつかはトワが気にいる者が現れるかもしれない。


 その者とトワが恋仲になったとき、私ははたしてトワとトワの恋人を祝福できるだろうか?


 姉であれば、祝福するべきなのだ。


 そう、祝福するべきだった。


 祝福するべきなのに、私はなにも答えることができなかった。


「……まぁ、そうなるわよね。でも、そうなるってことは、答えなんて決まっているってことでしょう?」


 香恋は鼻白むように言い切った。


 まるで実に面倒だと言わんばかりの態度であるが、誰のせいでそうなっているんだと言いたくなった。


 言ったところで香恋は聞いてくれやしないだろうがね。


「……ねぇ、カナタ。この戦いはいつ誰かがいなくなってもおかしくないものよ。「いつ」も「誰か」もまだ決まってはいない。けれど、絶対にありえないなんてことはない。そうならないうちに、後悔をしないように行動することも必要なんじゃないかしら?」


 淡々と香恋が告げる。その言葉に私はなにも言い返せなくなってしまった。


 香恋はなにも言いかえせなくなった私を見て、「あとは好きにしてちょうだい」とだけ言って、まぶたを閉じた。


 好き放題にさんざん言ったくせに、と思いつつも、香恋の言葉は私の胸に深く突き刺さっていた。


 後悔しないように行動する。


 香恋の言った言葉が、ありふれた言葉が何度も何度も頭の中で反芻する。


 反芻させながら、私は先導するトワを見やる。


 あまりにも美しい、最愛の妹を、私はただただ見つめ続けながら、トワとともに戦場の空を駆け巡っていった。

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