Sal3-46 説得
「ルフェル兄上に「アヴァンテ」に残ってもらう」と、意見を一致させた手前たちは、その翌日に早速ルフェル兄上に時間を作っていただき、件の話をしました。
「──はぁ? 俺に残れ、だと?」
「「アヴァンテ」に残って欲しい」という、手前たち全員の願いを聞いたルフェル兄上の第一声は想定通りのものでした。
ルフェル兄上は「なに言っているんだ、こいつら」とはっきりに顔に書かれておいででしたね。
まぁ、手前たちの旅の目的を考えれば、途中で、それもあと一歩手前まで来て、いきなり残れなどと言われれば、反発されるのは当然のことでした。
「うん、できたら兄さんには「アヴァンテ」に残って欲しい」
ベルセリオス兄上は、ルフェル兄上に向かって堂々と言い切られました。
ベルセリオス兄上の言い分に、ルフェル兄上はひどく顔を顰められていましたが、「どうしてそう思うのかの説明をしろ」とややぶっきらぼうに言われました。
「……皆で相談したんだ」
「なにをだ?」
「……兄さんの幸せを、だよ」
「俺の幸せ?」
怪訝そうに眉を潜められるルフェル兄上に、ベルセリオス兄上は「うん」と頷かれました。
頷きながらも、ベルセリオス兄上はひどく辛そうでした。
旅が始まってから、ルフェル兄上との別離など初めてだったからです。
そう、ルフェル兄上とベルセリオス兄上の旅路において、おふたりが別離するのはそのときが初めてでした。
作戦などで二手に分かれることはあっても、それは一時的なもの。長くてもせいぜいが数日程度のものです。
ですが、そのときの別離は、もしかしたら永遠の別れに繋がるかもしれなかった。
手前たちの旅の目的は、当時の手前たちを以てしても、命懸けになるものでした。
その旅路を手前たちはそれまで続けていた。
一番長い旅路をなさっていたのが、他ならぬルフェル兄上とベルセリオス兄上でした。
いや、そもそも「ルシフェニア」は、ルフェル兄上とベルセリオス兄上の旅路に手前たちが便乗して始まったものでした。
その便乗の旅路も気付けば、二十年近くの月日が経っていた。
二十年間の旅路で、手前たちは旅の仲間ではなく、家族となっていた。
血の繋がりがあるのは、ルフェル兄上とベルリオス兄上のご兄弟と、手前と兄上の二組だけ。それ以外の面々には血の繋がりなどはなかった。
それでも、手前たちはたしかに家族ではあったのです。
家長がルフェル兄上であり、その補佐をベルセリオス兄上が行う。それが「ルシフェニア」の本来のあり方でした。
でも、その家長であるルフェル兄上を旅の途中で残す、と手前たちは決めたのです。それがルフェル兄上の幸せだと思っていたから。
「どうして「アヴァンテ」に残ることが、俺の幸せに繋がるってんだ?」
「わざわざ言わなくてもわかるでしょう?」
「……姫のことか」
「他人行儀な呼び方しなくてもいいじゃん」
「……公私混同は避けているんだよ、俺らは」
「じゃあ問題はないね? ここは僕たちの本拠地だし」
くすくす、とおかしそうに笑うベルセリオス兄上に、ルフェル兄上はほとほと参ったとばかりに、後頭部を搔かれていました。
「……アルトリアとのことをおまえらが気にしているってことはわかっている」
「うん。だから、姫と一緒に僕らを待っていてほしい」
「バカを言うな。おまえ、俺の、俺らの目的を忘れたって言うのか?」
「……忘れてはいないよ。だって、僕らのいままでの旅は、すべてそのときのためのものだもの」
「だったら、わかるだろう? アルトリアとのことを考えてくれていることは嬉しくはある。が、それとこれとは話が別なんだよ。あと一歩のところまで来ているのに、それをいまさら諦めろって言うのかよ?」
ルフェル兄上はベルセリオス兄上を睨み付けられました。睨み付けられてはいるものの、その目は揺れ動かされてはいたのです。
ルフェル兄上も迷われていることは間違いなかった。
旅の目的は手前たちにとって、人生の目標のようなもの。いままでの旅路もすべては目標を達成するための道程でした。
その道程を、あと一歩で至れるところまで来たのに、目前になって取り上げられるというのは、ルフェル兄上でなくても納得できることではない。
ですが、決死行にもなりかねない道であることも間違いないのです。「アヴァンテ」以降の、「魔大陸」に渡っての日々は特にです。
心の支えがあれば、生き残れることもできるかもしれない。
支えがあっても生き残れないかもしれない。
そればかりは、そのときにならなければわからない。
ルフェル兄上もわかってはおられました。
わかっていてもいままでの人生の大目標を目前にして、取り上げられることをよしとできるわけもない。
一方で、手前たちの気持ちも痛いほどに理解されておいででしたのでしょうし、兄上自身もアルトリア姫とのこれからの日々に想いを寄せておられました。
人生の目標を取るか、最愛の人との穏やかな日々を取るか。
ルフェル兄上の感情は、ひどく揺れ動いていたのです。
「僕としては、兄さんに恩返しがしたいって思っている」
「恩返し?」
「まぁ、僕だけじゃなく、兄さん以外の「ルシフェニア」の皆の総意ではあるんだけどね」
「……おまえら全員が?」
「うん。いままで僕らは兄さんに散々迷惑を掛けてきた。それこそ毎日のようにだ」
「……そうだな。一部の連中は、今朝も大暴れしやがっていたし」
「……」
ベルセリオス兄上が手前とベルゼ兄にと笑顔を向けられました。笑顔ではありましたが、よくみると眉間のあたりに皺が寄られていて、「おまえら本当にいい加減にしろよ?」とベルセリオス兄上のお顔には書かれていましたね。
ルフェル兄上のお顔にも「本当にあいつらと来たら」と呆れの色が浮かんでいました。
「まぁ、一部のバカどもはともかくとして。僕らはいままで兄さんに迷惑を掛けてきた。でも、いつまでも迷惑を掛けっぱなしではいられない」
「……それで恩返しってわけか?」
「うん。兄さんにこの国で、アルトリア姫、いや、義姉さんと穏やかな日々を過ごしてもらう。戦いに明け暮れた日々なんて忘れて、幸せになってほしい、と僕らは思っている」
「……」
ルフェル兄上は両腕を組まれました。両腕を組まれながら、兄上は本気で悩まれていました。
人生の目標とアルトリア姫。ルフェル兄上にとっては天秤にかけられるほどに比重のある事柄だったのです。
だからこそ、悩みに悩まれておらていました。
家族を捨てて、自分だけ幸せになることと、愛する人を置いて、家族とともに死地に赴くこと。
兄上はひどく悩まれていました。
ですが、悩むということは逆を言えば、天秤に掛けられるほどに比重があるということ。それこそ背中を押せば、それだけで傾いてしまうほどにです。
「……王配になれ、と言うのか? この俺に」
「なれ、というか、将来的にはそうなるのがほぼ確定でしょう?」
「……それは、まぁ、そう、だな」
「それに僕らとしても、大国の王配というスポンサーがいてくれた方がありがたいよ」
「スポンサー、か」
「うん。最前線ではなくても、僕らを守ってくれることには変わりはない。ただ戦う場所が変わるだけってことだよ」
「……」
「もう剣を置いていいんだよ、兄さんは。兄さんの分まで僕らは戦ってくるから」
「……勝算はあるのか?」
「わからない。それでも、兄さんの分までクソ親父をぶん殴ってくるから、それで勘弁してほしい」
まっすぐにベルセリオス兄上は、ルフェル兄上を見つめられました。
ベルセリオス兄上の視線に、ルフェル兄上は「あぁ、もう」と再び後頭部を搔かれると、溜め息交じりに頷かれたのです。
「わかった。わかったよ。ただし、条件があるぞ?」
「なに?」
「全員、絶対に生きて帰ってこい。おまえら全員に俺とアルトリアは式に出席してほしいんだから」
「わかって──式?」
ルフェル兄上の何気ない一言に、ベルセリオス兄上は怪訝そうにされていました。
ルフェル兄上とアルトリア姫が恋仲であることは、誰もが知っていること。
いずれおふたりが挙式をされるのはほぼ確定しているようなもの。
ですが、ベルセリオス兄上は、ルフェル兄上とのやりとりで違和感を憶えられたようでした。
「……兄さん? 僕になにか隠し事していない?」
「……別に隠しているわけじゃない」
「でも、言っていないことはあるってこと?」
「まぁ、それは、なんだ。その、なぁ」
やけに歯切れの悪いルフェル兄上に、ベルセリオス兄上はなにか思い付かれたようで、「ねぇ? 兄さん?」とひきつった笑顔を浮かべられたのです。
「もしかしてなんだけどさぁ?」
「……あぁ。その、もしかして、だな。できたみたいだ」
ぼそりと最後につけ加えるように言われたルフェル兄上の言葉に、今度はベルセリオス兄上が頭を抱えられました。
「子供ができたなら最初から言えよぉ!? こんな面倒なことをしなくてもよかったじゃんかぁ!」
ベルセリオス兄上の叫び声が手前らの本拠地内でこだまするのでした。
ルフェル兄上が悩みに悩まれるのも当然ではありました。
であれば、最初から言って欲しいと思うのも当然です。
そんななんとも気の抜けたやりとりになってしまいましたが、最終的にルフェル兄上は「アヴァンテ」に残ることが決まり、手前たちとルフェル兄上の旅路は終わりを告げたのでした。




