Sal3-45 想定外
地の底からの震動があった。
さすがに立っていられないほどのものじゃない。
立っていられないものではないけれど、たしかに地面が震えていた。
「いまのは……」
私たちが対峙しているクラウディウス卿というアンデッドが怪訝そうに地面を見おろしていた。
彼は思考を巡らし、すぐに件の震動がなんであったのかを察したようだった。
「まさか!?」
クラウディウス卿は、見るからに焦っていた。焦りながら自身の手を見やり、わなわなと体を震わせていく。
「やはり、ですか! いつ、いつ気付いたというのです!?」
それまでの冷静さはどこへやら、クラウディウス卿は叫んでいた。
その目には明かな動揺が浮かび、目も血走ったものとなっていた。
「敵に問われて、答える奴はいないでしょう?」
目を血走らせるクラウディウス卿に、姉様は静かに答えられた。
姉様の返答はもっともなもので、クラウディウス卿は苦虫を潰したような顔で姉様を睨み付けていた。
「とはいえ、さすがに件の試験管がなんであるのかまではわかっていませんけどね。……ただ、クラウディウス卿、あなたの焦りようから相当に大事なものであることは間違いないようですね?」
くすり、と姉様は嗤われていた。とても人の悪い笑みだけど、実に姉様らしくもある笑顔だった。……実際に口にしようものなら、確実に怒られるだろうから、あえて言いませんけど。
「……円香は、あとで憶えておきなよ?」
「……え?」
「どうせ、私らしいと思っていたでしょう?」
「……そ、そんなことは」
「明らかに動揺しながら言われてもね……とりあえず、あとでお説教だから」
「そ、そんなぁ」
姉様の無慈悲な一言に、私はその場で跪きそうになってしまう。っていうか、跪きました。
姉様のお説教は怖いし、長いので大変なんですよね。いや、別に嫌というわけではないですし、姉様も私のことを想って、心を鬼にしているのだから仕方がないと思うんです。
……それでも大変な目に遭うことは間違いなく、そういう意味では嫌だなぁとは思いますけどね。
「お仕置きも追加かなぁ」
はぁ、と姉様がため息を吐かれたのと同時に、私は地面を蹴り、動揺が抜けていないクラウディウス卿へと迫った。
「っ、小娘がぁ!」
それまでの余裕と紳士然とした態度から打って変わって、クラウディウス卿は憤然としながら触腕を伸ばしてくる。
でも──。
「遅い!」
──触腕の動きはあきらかに遅くなっていた。目ではっきりと「遅い」と感じられるほどに、クラウディウス卿の動きは遅くなっていた。
迫り来る触腕を回避するのは余裕を保って行えた。
回避しながら、迫り来る触腕を斬りつけると、触腕をあっさりと両断することもできてしまった。
「っ! 我が力が!」
クラウディウス卿の顔が顰められていく。どうやら、件の試験管とやらはクラウディウス卿にとってなくてはならないものだったよう。
メイサちゃん関係のものかと思っていたけれど、メイサちゃんは相変わらず、私たちに協力してくれている。
『プロキオン、あわせて!』
「お姉ちゃん! でしょう!?」
『どっちでもいいから、はやくぅ!』
「もう、メイサはわがままだなぁ!」
いまもプロキオンちゃんと協力してアルトリア姫と対峙をしているようだった。
……まぁ、協力というよりかは、軽く姉妹喧嘩をしているようにも見えなくはないんだけどね。
それでも、ふたりはたしかに協力をして、かつて「母」であったアルトリア姫と戦っているみたい。
本来であれば、悲観的な状況だろうに、ふたりのやりとりを聞いていると、どこか微笑ましく感じられてしまった。
「……もう、プロキオンもメイサも困った子たちなんだから」
やれやれ、とアンジュ様がため息を吐かれていた。プロキオンちゃんはまだしも、ちゃんと話をしたこともないメイサちゃんをも、すでに娘として認識されているみたい。
さすがはレン様の、いや、カレン様のお嫁さんだなぁと思った。やっぱり、カレン様のお嫁さんになれる人は違うなぁと思わずにはいられない。
吹っ切れたつもりではいたのだけど、ちょっとだけ胸が痛い。
胸は痛いけれど、心は晴れやかだった。
逆立ちしても、私ではレン様のお嫁さんにはなれないことはわかっていたことだった。
それに私にもきちんと想い人がいるんだ。
想い人のために、清香のために私はここにいる。
であれば、かつての恋のことはきれいさっぱり忘れるべきだった。
とはいえ、ただで忘れるのはさすがに癪なので、クラウディウス卿にはフラストレーション発散の手伝いをしてもらいます。
「というわけで、切り刻まれてもらいますよ!」
「なにが、というわけなのですか!?」
「いいから、切り刻まれろ!」
「意味がわからんぞ、この小娘!?」
本当に理解ができないのか、口調が崩れ始めるクラウディウス卿だけど、付き合ってあげるつもりなど私にはありません。
いまの私にはクラウディウス卿は、巻藁同然の存在なのだから。
「「白雨」!」
「がはっ!?」
すれ違い様に、クラウディウス卿の腹部にと奥義の一太刀を浴びせる。それまでは、クラウディウス卿の体をわずかに切れる程度だったのに、今回は大きく切り裂くことができた。
さすがに両断はできなかったけれど、腹部の中央くらいまでは「白雨」の一太刀で切り裂くことができた。
「明らかに弱体化しているね。となると」
「ええ、まず間違いなく、件の試験管とやらは、クラウディウス卿の強化装置だった、ということですね」
一太刀でクラウディウス卿を切り裂けたことを見て、姉さまとアンジュ様が結論を出された。
当のクラウディウス卿は、切り裂かれた体の再生のために脂汗を搔いていた。
「……してやられましたなぁ。いつ気付かれたというのです。そしてどうやって」
忌々しそうに顔を歪めるクラウディウス卿。でも、姉様もアンジュ様ももちろん答えるつもりはないようだった。そしてそれは私も同じだ。
「話をしている余裕あるの?」
「白雨」を放ってすぐに、踵を返し、繋ぎの奥義である「驟雨」で、再生したばかりのクラウディウス卿の体を、先ほどとは逆側を切り裂いた。
「っ、またしても!?」
再生していたこともあり、さすがに両断はできなかった。
両断はできないけれど、まだ私の攻撃は終わっていない。
「驟雨」は繋ぐための奥義。「神威流抜刀術」における納刀の奥義。そして納刀を行ったということは、「神威流抜刀術」の他の奥義を放てる態勢にあるということだった。
「神威流抜刀術奥義──秋雨!」
姉様たちがいなくなられてから、私が習得できた奥義のひとつにして、抜刀術でありながら、抜刀術ではない奥義。それが秋雨だった。
「そう、何度もやられてたまりますか!」
クラウディウス卿は、私の動きに合わせて触腕を振るってきた。
「驟雨」によって腹部の大部分が切り裂かれているのに、それでも無理矢理触腕を振るう様は、さすがはアンデッドと思える姿だった。
同時に、「神威流抜刀術」のある意味弱点を見事に突いてきていた。
「神威流抜刀術」の弱点、というよりも、抜刀術の弱点は大技すぎるということ。
すなわち、基本的に単発で終わってしまうということ。
特に「神威流抜刀術」においては、全身全霊の一太刀を放つあまりに、次撃という考えがない。
次撃がないとわかっていれば、その一撃をどうにか潰せば無防備となってしまう。
クラウディウス卿はそれをこれまでのやりとりで理解していたんだと思う。
たしかに、通常の奥義であれば、クラウディウス卿の行動は見事なカウンターとなる。カウンターにならなくても相討ちにはできたと思う。
でも、私が放つ「秋雨」には無意味だった。
「秋雨」は「白雨」同様にまずはすれ違いの一太刀を放つ。
「ぐぅっ! で、ですが、これでぇ!」
また再生をしていたクラウディウス卿の体を再び切り裂いた。
が、今回は再生が間に合っていなかったようで、さきほど以上に、薄皮を残すくらいまでクラウディウス卿の体を切り裂くことができた。
クラウディウス卿の口から黒い血が噴き上がるけれど、それでもとクラウディウス卿は力を振り絞るようにして触腕を振るってきた。
「円香!」
姉様の叫び声が聞こえてくるけれど、私はあえて反応はしなかった。
なぜなら、「秋雨」はまだ終わっていなかったからだ。
「白雨」や他の奥義であれば、一太刀で終わり。けれど、「秋雨」は違う。
「ふぅぅぅぅ、ていやぁぁぁぁ!」
「なっ!?」
裂帛の気合いとともに、「村雨」を連続で振るっていく。そのすべてが「白雨」と変わらない速度だった。
これこそが「秋雨」──「神威流抜刀術」において唯一の高速の連撃を放つ奥義。それはまさに秋に降る長雨のごとく、止まることのない連撃だった。
止まることのない高速連撃の前では、クラウディウス卿の触腕なんて恐るるに足らず。
伸ばされてきた触腕を微塵にした奥義は、そのままクラウディウス卿の体を無数に切り刻んでいく。
「ば、バカな! そ、そんなバカなぁぁぁぁぁ!」
クラウディウス卿の叫び声が響く。私は雄叫びをあげながら、クラウディウス卿の体を切り刻み、そのたびにクラウディウス卿は悲鳴をあげていった。
クラウディウス卿の悲鳴と私の雄叫びが重なり合った。
それでも私は止まることなく、クラウディウス卿を刻み続けていく。このまま押し切ってやる、と渾身の力を込め始めた、そのとき。
「そうはさせない」
耳を疑う声が聞こえてきたんだ。
「……え?」
その声は聞き間違うはずのない声。その声に私の動きは鈍った。そこにガキィンと甲高い音が鳴り響き、そして──。
「クラウディス先生を殺させはしないよ、円香」
──想定外の人物が、「村雨」を受け止めていた。
そこにいたのは、見間違うはずのない人。私が人を捨てた理由であり、私の戦う目的だった人が──。
「きよ、か?」
──私の想い人である清香がクラウディウス卿を守るように、私の前に立ちはだかったんだ。




