Sal3-44 ミッション達成
地下深くに聳えていたそれは、とても禍々しかった。
「これが、お姉様上が言っていた」
「……みたい、やな」
私とフブキお姉ちゃんが必死になって、悪臭漂う地下を駆け抜けて、ようやく見つけた巨大な試験管。
その大きさはまさに巨大としか言いようがないほどで、高さはこの地下空間の天井付近まであるし、幅も私たちが手を繋いでも全然たりないほど。
そんな巨大な試験管の中で、これまた巨大な臓器が、いや、心臓が脈動していた。
脈動する心臓は、まるで巨人のもののようだった。
それこそ、地上にいるメイサお姉ちゃんの心臓なんじゃないかなと思えるほど。
けれど、こうして試験管に近づいて、はっきりとわかったのだけど、この試験管からはメイサお姉ちゃんではなく、クラウディウス卿の臭いがしていた。
あくまでも試験管越しというか、試験管に纏わり付くようにクラウディウス卿の臭いがしている。
「……くんくん。やっぱり、この試験管からクラウディウス卿の臭いがする」
「……うちにはようわからへんなぁ」
「まぁ、フブキお姉ちゃんはあの人と初めて会ったからね。でも、私は何度か会ったことがあるから」
「そうなん?」
「うん。まだ私がグレーウルフだった頃のことだけどね」
フブキお姉ちゃんは試験管から漂う臭いはわかっているみたいだけど、その臭いがクラウディウス卿のものなのかが確信できないでいる。
けれど、私は違う。
私ははっきり、とクラウディウス卿の臭いだと確信できていた。
フブキお姉ちゃんと違うのは、お姉ちゃんはクラウディウス卿に会ったのが今日が初めてだし、そもそも上の状況では、臭いなんて嗅ぎ取れるわけもない。
でも、私はグレーウルフの頃に、まだ目が見えていなかったグレーウルフの頃にクラウディウス卿の臭いを知っている。
匂いではなく、臭いなのは、当時の私にとってクラウディス卿の纏う香りは強烈すぎたからだ。
当時の、「魔大陸」でのパパのギルド内で会ったとき、クラウディウス卿は甘ったるい香りを纏っていた。
香水を掛けていたというのはわかっていたけれど、クラウディウス卿の香水はことさら強烈な甘ったるさだった。
私が狼の魔物だから、クラウディウス卿の臭いに敏感になってしまったんだろうけれど、それがいまは功を奏してくれた。
試験管からは、はっきりとあの人が纏っていた香水の臭いが嗅ぎ取れた。
その臭いは試験管の周囲に漂っている。いや、よく嗅ぎ取ると中へと続いているようだった。
「……うん、やっぱりクラウディウス卿の臭いがする。それも試験管の中に続いているみたい」
「……まぁ、えらい甘ったるい臭いがするけれど」
「それがあの人の臭い。正確にはあの人が纏っていた香水の香りだね」
「香水、か。やっぱし、臭いを隠すため?」
「だと思うよ。どれほどうまく擬態したところで、アンデッドはアンデッドでしかない。「腐肉の臭い」は隠しきれない」
「……ほんでも普通は香水程度じゃ無理や思うけど」
「そうだね。けれど、きっとこれは「ルシフェニア」謹製のものじゃないかな? 「ルシフェニア」のものだから、「腐肉の臭い」もカモフラージュできたんだと思うよ」
「なるほどねぇ」
なにせ、国の中枢は上から下までアンデッド揃いという、「聖王国」と名乗るには無理がある国の謹製品であれば、「腐肉の臭い」をごまかすものはいくらでも存在しているだろうからね。
クラウディウス卿の纏っていた香水も、そのうちのひとつ。
行ったことはないけれど、こんな臭いが街中で充満しているのかと思うと、吐き気がしそうだよ。
あくまでも嗅覚に敏感な私たちならばの話だけど。
「それでどないすん? この試験管をどないして破壊すんねん」
「カナタ先生は魔法陣を刻んであると言っていたけれど」
「……いまのとこ、それらしいものは」
カナタ先生は試験管の周囲に、試験管を破壊するための魔法陣を施していると言っていたけれど、周囲を見渡す限り、そんなものは一切見えない。
地面を見ても、それらしいものは影も形も見えなかった。
「……あらへんわなぁ」
「ないよね?」
少なくとも、私とフブキお姉ちゃんの目では、それらしいものは見えない。
見えないが、かすかにカナタ先生の匂いが残っている。
クラウディウス卿の臭いと、悪臭のせいでわかりづらいけれど、たしかに近くからカナタ先生の匂いがしている。
「……カナタ先生の匂いがするんだけど」
「……ん~。言われてみたら、ちょいするなぁ」
「うん。それがどこなのか、ってことなんだけど」
近くからカナタ先生の匂いがすることは間違いない。
ただ、具体的な場所がわからない。
匂いはするけれど、近くからとしかわからなかった。
「……この近くだと思うんだけど」
試験管の周囲を歩き回り、痕跡を探していく。
それこそ虱潰しに探そうとしていた、そのとき。
「あ、これだ!」
試験管のちょうど目の前、クラウディウス卿の臭いがことさら強烈な場所から、カナタ先生の匂いがしていた。
先生の匂いは地面からしていた。地面に顔を近づけ、魔力を地面に流すと、巨大な魔法陣が顔を見せてくれた。
「……うわぁ、すご」
「こらまた大きいなぁ」
「……カナタ先生、どれだけ魔力を注ぎ込んだんだろう?」
「大半って言うとったさかいな」
「これで大半って、恐ろしい人だね」
「……そうやなぁ」
まだすべてを注ぎ込んだというのであればわかる。
が、カナタ先生はあくまでも大半と言っていた。
要は過半数ではあるけど、全力ではない、ということだった。
本当にとんでもない人が私たちの陣営にはいるよなぁと思いつつ、魔法陣に起爆用の魔力を注ぎ込む。
「さて、たしか脱出路があるって言っていたし、行こう、お姉ちゃん」
「そうやな。巻きこまれるし」
起爆には時間が掛かる。逆に言えば、脱出のための時間があるということ。
私とお姉ちゃんはカナタ先生に教えて貰っていた脱出路へと向かった。
脱出路は、向かいの壁の一部ということだったけれど、ぱっと見たところ、それらしいものはなかった。
が、壁のひとつから、カナタ先生たちの匂いがした。
「見つけた。あそこだ!」
「……カティちゃん、ほんまに鼻がええなぁ」
フブキお姉ちゃんが若干呆れたように言っていたけれど、あえてスルーした。
というか、いまはそういうことを言っている余裕はない。
「お姉ちゃん、早く!」
目の前に迫っていた壁にと向かって突っ込むと、壁はわずかな抵抗の後、口を開いたようにぱかりと開いた。
壁の向こう側は、一本道があった。その道の先には大きな管のようなものがあり、その管の中には膜のようなものがあった。その膜からもカナタ先生たちの匂いがしていた。
「たぶん、あれに乗るんだと思う」
「……あれに?」
「うん、たぶん」
爆発のタイムリミットが迫っているため、確認なんてしている余裕はない。
私たちは膜の元まで向かい、徐に膜に触れると、膜は大きく口を開いてくれた。
なんだか飲み込まれるみたいだなと思いつつも、膜の中に飛びこむと、膜は一瞬で閉じた。そして静かに地上へと向かっていった。
その途中で地下から爆発音がした。魔法陣が起動して、試験管が爆発したみたいだった。
「……すごい音やなぁ」
「少しでも遅れていたら、アウトだったかも」
「……そうやなぁ」
本当にカナタ先生はどれほど魔力を注ぎ込んだんだろう、と背筋に冷たい汗が伝っていく。
でも、どうにか私とフブキお姉ちゃんは、タマモさんからのミッションをこなすことができたんだ。
「さぁて、地上はどうなっているかなぁ」
少しでも状況が好転すればいいのだけど、と思いながら、私たちは地上へと向かっていったんだ。




