第05話 毎日世話してるのは俺なんだけど
休日の昼。
掃除を済ませ、洗濯物を干し終えた俺は、ようやくソファへ体を沈めた。
静かだ。
キナコは窓際で気持ちよさそうに昼寝をしている。
アンコはテレビ台の上で丸くなり、尻尾を体に巻きつけて眠っていた。
チコの姿は見えない。
たぶん、いつものようにキャットタワーのてっぺんだろう。
そんなことを考えていると、インターホンが鳴った。
ピンポーン。
「はいはい」
玄関を開けると、高校時代からの友人、健太が缶コーヒーの入った袋を提げて立っていた。
「久しぶり」
「おう。おばあちゃんから聞いたぞ。猫の世話してるんだって?」
祖母と健太の母親は昔からの知り合いだ。話が伝わるのも早い。
「暇だったから様子見に来た」
「まあ、上がれよ」
健太は部屋へ入るなり、きょろきょろと辺りを見回した。
「へぇ、本当に猫いるんだ」
「三匹な」
「いいなあ」
「どこがだよ」
「猫と暮らせるんだぞ?」
「毎日ウンコ拾ってから言え」
「夢みたいじゃん」
「俺は早く夢から覚めたい」
健太は腹を抱えて笑った、そのときだった。
キャットタワーの上から、チコが顔をのぞかせた。
「あっ」
俺は思わず身構える、どうせまた威嚇される。
そう思っていた、ところがチコはゆっくりとタワーを下り始めた。
「……あれ?」
一段。また一段。そして、健太の前まで来ると、小さく鳴いた。
「ニャ」
「お、来た来た」
健太がしゃがみ込んで手を差し出す、チコはためらうことなく近づき、その足元へ体をすり寄せた。
スリッ。
喉がゴロゴロと鳴り始める。
「えぇぇ?」
思わず変な声が出た。
「この子、人懐っこいな」
健太が頭を撫でると、チコは目を細めて気持ちよさそうにしている。
「ちょっと待て」
何だこれ。
毎日俺を見るたびに、『シャー!』だった猫だぞ?
毎日エサをやってるのは俺だ、トイレを掃除しているのも俺、水を替えているのも俺、吐いた毛玉を片付けたのだって俺だ。
なのに。
「なんでお前なんだよ……」
思わず本音が漏れた、健太は笑う。
「猫って、人を見るからな」
「どういう意味だよ」
「猫好きって分かるんだよ」
「そんなわけあるか」
「あるある」
健太がチコの喉を優しく撫でる、ゴロゴロという音がさらに大きくなる。
「ほら」
「……くそ」なんか悔しい。
来て十分も経ってない男にここまで懐くなんて反則だろ。
その様子を見ていたキナコも近づいてきた。
「あ、この子は白猫か」
健太が手を差し出す、キナコは少しだけ迷ってから指先の匂いを嗅いだ。
「この子は慎重派だな」
「普段はもっと逃げるぞ」
「今日は頑張ってるじゃん」
「俺には普通に逃げるけどな」
健太はニヤリと笑う。
「お前、嫉妬してる?」
「してない…ピク」
即答だった。
「いや、してる」
「してない……ピクピク」
「顔に書いてあるぞ」
「毎日ウンコ拾ってから言え」
「それ関係ある?」
「大ありだ」
また笑われた、そのとき、アンコが静かに歩いてきた。
「この黒い子は?」
「アンコ」
「賢そうな顔してるな」
アンコは健太の前で立ち止まり、じっと顔を見つめる。
「おっ、来るか?」
健太が手を伸ばす、アンコは一歩だけ近づいた……が、そのまま向きを変え、俺の足元まで歩いてくる。
「ん?」
俺のスリッパに前足を乗せると、その場へちょこんと座った。
「珍しいな」
健太が少し驚いたように笑う。
「この子、お前のところに行ったぞ」
「たまたまだろ」
そう言いながらも、少しだけうれしい。
アンコは甘えるわけでも、撫でてほしがるわけでもない。
ただ俺のそばに座り、眠そうに目を細めているだけだった。
「ちゃんと分かってるんじゃないか」
「何が?」
「誰が毎日世話してるか」
その言葉に、俺はアンコへ視線を落とした。
アンコは静かにあくびをすると、そのまま丸くなる。
何も言わない。
でも、その姿を見ていると不思議と心が落ち着いた。
「……そういうことか」ぽつりと呟く。
健太は缶コーヒーを一口飲みながら笑った。
「チコは猫好きが好きなんだろうな。でもアンコは、お前のことをちゃんと見てる」
「俺を?」
「ああ。毎日そこにいる人間を、一番よく見てるんだよ」
その言葉は、思った以上に胸へ響いた……いやいや、何をしんみりしてるんだ、俺。相手は猫様だぞ。
夕方になり、健太は帰ることになった。
「また来るわ」
「チコ目当てだろ」
「バレた?」
「当たり前だ」
健太を見送って部屋へ戻る。
チコはもうキャットタワーの上、キナコはソファで眠り始めている、アンコだけが俺の足元で丸くなっていた。
「……お前」
声をかけると、アンコは片目だけ開ける。
「ありがとな」
何に対する礼なのか、自分でもよく分からない。
アンコは小さく尻尾を一度だけ揺らすと、安心したようにまた目を閉じた。
その姿を見ていると、自然と笑みがこぼれる。
「でもさ」
誰もいない部屋で、小さく呟く。
「やっぱりチコにも、一回くらいは甘えてほしいんだよな」
そう願うくらいには、俺もこの三匹との暮らしに慣れてしまっていた。




