第03話 高いおもちゃより、画鋲
※ご注意
作中では猫が画鋲で遊ぶ場面がありますが、実際には大変危険です。
画鋲や針、小さな金属類は誤飲やケガの原因になるため、猫の手の届く場所には置かないようにしましょう。
猫のおもちゃは、安全性が確認されたペット用のおもちゃを使用し、遊ぶ際は飼い主が見守ることをおすすめします。
このエピソードはフィクションとしてお楽しみください。
猫にも運動は必要らしい。
仕事の昼休み、スマホで調べると、どのサイトにも似たようなことが書かれていた。
『猫は狩りの本能を刺激してあげましょう』
『毎日少し遊ぶだけでもストレス解消になります』
『運動不足は肥満や病気の原因になります』
「なるほどな……」
猫は一日中寝ているイメージだったが、ただ寝ているだけでは駄目らしい。
どうせ預かっているんだ。
少しくらいは飼い主らしいことをしてみてもいい。
……いや、飼い主じゃない、期間限定の世話係だ。
そう自分に言い聞かせながら、仕事帰りにホームセンターへ立ち寄った。
ペット用品売り場には、猫のおもちゃがずらりと並んでいる。
「こんなに種類があるのか……」
羽根の付いた猫じゃらし。鈴入りのボール。ネズミのぬいぐるみ。レーザーポインターまである。
おすすめと書かれた商品を手に取り、値札を見た。「……高いな」
棒の先に羽が付いているだけで八百円。
ネズミのおもちゃが六百円。
ボールは三個入りで五百円。
「俺の昼飯より高いじゃないか」
少し迷った末、結局全部買ってしまった。
せっかくなら喜んでほしい、そんな気持ちが、少しだけあった。
家へ帰る。
「ただいま」
キナコが真っ先に駆け寄ってきた、アンコは廊下の奥から様子をうかがい、チコは少し離れた場所で警戒したままだ。
「今日は土産があるぞ」
袋を揺らす、三匹の耳がぴくりと動いた。
「……食べ物じゃないぞ」
その一言で、耳がすっと元に戻る。
「分かりやすいなお前ら」
苦笑しながら猫じゃらしを取り出した。
左右へゆっくり揺らす。ひらひら。ひらひら。三匹とも目では追っている。
「よし、その調子」
もう少し大きく振る……飛びつかない。
勢いを付ける。ぶん、ぶん。
それでも動かない、キナコに至っては、大きなあくびまで始めた。
「寝るなよ……」
気を取り直してボールを転がす、ころころ、と床を転がる、アンコがちらりと見る。
「行け」
そのまま見送った。
「終わり?」
ボールは壁に当たって止まった、誰も追いかけない。
「五百円……」
最後の切り札、ネズミのおもちゃを床へ置く。
三匹とも近寄ってきた、少し期待する、アンコが前足で一度だけ転がした。
ころん。
それだけだった。
「終わりかよ!」
思わず床へ座り込む。
「全部合わせて二千円以上したんだぞ……」
三匹は知らん顔だ、キナコは毛づくろい、チコは窓の外、アンコは丸くなって寝始めた。
「猫って、本当に自由だな」
そのときだった。カラン。小さな音が部屋に響く。
見ると、ポスターに付いていた画鋲が一つ転がり落ちていた。
「あっ」
拾おうとした瞬間。シュッ!アンコが飛び出した。
前足で軽く弾く。カラン。その音に反応してキナコが飛びつく。
続いてチコまで参加した。
「なんでそっちなんだ!」
さっきまで無反応だった三匹が、夢中になって画鋲を追いかけ始める。
カラン。カラン。
転がるたびに飛びつき、また転がる。
猫じゃらしもボールもネズミのおもちゃも完全に無視。
画鋲だけが大人気だった。
「危ない!それは駄目だ!」
慌てて追いかける、画鋲、猫、そして、俺、三者が部屋中を走り回る。
ようやく画鋲が止まった。
「今だ!」
一歩踏み出した瞬間、グサッ。
「っ……!」
右足の裏に鋭い痛みが走る。
「痛っ! 痛い痛い痛い!」
情けない悲鳴が部屋中に響いた。
足の裏には見事に画鋲が刺さっている。
涙目になりながら抜き取り、その場にしゃがみ込んだ。
「なんで俺なんだよ……」
足を押さえながら顔を上げる、三匹がこちらを見ていた。
一瞬だけ、「心配してくれてるのか」と思った。
その直後、足から抜けた画鋲が床へまた落ちる。カラン。
シュッ!
三匹が同時に飛び出した。
「だから駄目だって!」
慌てて画鋲を拾い上げ、画鋲ケースに戻し高い棚の引き出しへ避難させる。
「これは遊ぶものじゃない」
三匹は不満そうに画鋲が消えた場所を見上げていた。
俺は思わず笑ってしまう。
「二千円のおもちゃより、画鋲のほうが面白いなんてな」
猫って、本当に分からない生き物だ……いや、分からないから面白いのかもしれない。
そんな考えが頭をよぎり、俺は慌てて首を振る。
「違う違う」
俺は猫好きじゃない。
あくまで期間限定の世話係だ……そう思っているはずなのに、最近は三匹の行動を見て笑うことが少しずつ増えていた。




