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猫様は今日も、俺に仕事をくれる。  作者: 山田 ソラ


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第01話 テレビはそこを映さない


 朝六時。


 スマホのアラームが鳴るより少し早く、俺は目を覚ました。……いや、正確には起こされた。


「ニャー!」 「ニャァァァ!」


 腹の底から響くような鳴き声が部屋に響く。


「はいはい……起きますよ」


 まだ眠気の残る体を起こし、マスクのズレを直しベッドから降りる。


 三匹もいるのに、不思議と鳴き声だけで誰なのか分かるようになってきた。


 今のはキナコだ。


 腹が減ると遠慮なんて言葉を忘れる白猫である。


 部屋の扉を開けると、廊下でキナコが落ち着きなく歩き回っていた。


 俺の姿を見るなり、くるりと向きを変え、台所へ一直線。


「はいはい。飯の催促ね」


 エサ皿の前で振り返り、『早くしろ』とでも言いたげに鳴く。


 袋を開ける音がした途端、どこに隠れていたのか黒猫アンコまで姿を現した。


 静かに俺の横をすり抜け、何事もなかったように皿の前へ座る。


 最後に姿を見せたのは母猫のチコ。


 相変わらず俺とは距離を取り、じっと様子をうかがっている。


 目が合った瞬間。


「シャーッ!」


「……朝の挨拶がそれかよ」


 一か月近く世話をしているのに、この警戒心はまったく変わらない。


 俺が皿にエサを入れると、キナコは待ちきれず顔を突っ込もうとする。


「まだ置いてないって」


 アンコは黙って待機。


 チコだけは俺が数歩下がるまで近寄ろうとしない。


「信用ゼロだな」


 苦笑しながら距離を取ると、ようやく三匹は夢中になって食べ始めた。


 その様子を眺めながら、俺はコーヒーを淹れる。


 こういう姿は確かに可愛い、夢中でエサを食べる姿も寝ている姿も毛づくろいをしている姿もテレビで猫特集が組まれる理由も分からなくはない。……でも。


「さて」


 俺は猫用トイレの前にしゃがみ込む。


 スコップで猫砂をかき分けると、すぐに目的のものが見つかった。


「おっ、いたいた」


 固まった砂をすくい上げる、さらにもう一つ。


「昨日はずいぶん快便だったんだな」


 別のトイレを見ると、こちらはオシッコの塊。


 新しい猫砂を足し、全体をならしていく。


 朝と夜、これを毎日、休みなし。


「テレビはこういうところを映さないんだよな」


 思わず笑ってしまう。


 もし十分間、猫のトイレ掃除だけを延々と流す番組があったらどうなるだろう。


 きっと視聴率は悲惨なことになる。


 掃除を終えて手を洗い、振り返る、三匹はもう食べ終わり、それぞれ好きな場所でくつろいでいた。


 チコは窓際、キナコはソファの上、アンコはテーブルの下。


「お前ら、本当に自由だな」


 もちろん返事はない、期待しているわけでもない。


 ただ、一人暮らしが長いせいか、独り言だけは増えていく。


 時計を見る。


「やばい、会社だ」


 急いで着替え、新しいマスクを着け直す。


 猫アレルギーの俺にとって、これは必需品だった。


 玄関へ向かうとアンコが俺の革靴の上に、ちょこんと座っていた。


「……どいてくれ」


 じっと見つめるだけで動かない。


「仕事なんだ」


 反応なし。


「遅刻したら困るんだけど」


 ようやく立ち上がったと思ったら、隣の靴へ移動した。


「絶対わざとだろ、お前」


 そんなはずはない、そう思いたい、結局、靴を履けたのは十分後だった。


 その日の仕事を終え、夜、玄関の扉を開ける。


「ただいま」


 返事はない、代わりに三匹が、それぞれの場所から顔を出した。


 チコは警戒しながら。

 キナコは『エサ?』という顔で。

 アンコは相変わらず無表情のまま。

 三匹とも元気そうだ。


「……よかった」その言葉が自然と口から出て、自分でも少し驚く。


「いや、違う違う」首を横に振る。俺は猫好きじゃない。猫アレルギーだ。


 祖母に頼まれたから世話をしているだけ。


 それ以上でも、それ以下でもない。


 ……そう思いながら、今日二度目の猫トイレの前にしゃがみ込む。


 スコップを手に取り、小さく息をついた。


「さて、本日の第二回トイレ清掃業務、始めますか」


 誰にも褒められない仕事だけど。


 これも、三匹と暮らす毎日の一部だった。




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