プロローグ 猫なんて苦手だ
※ご注意
猫のトイレ砂や排泄物の処分方法は、お住まいの地域の自治体によって異なります。
可燃ごみとして出せる地域もあれば、ウンコは出してはダメな地域もあります、砂や排せつ物が処分方法が指定されている地域もありますので、必ずお住まいの自治体のルールをご確認ください。
愛猫との快適な暮らしのためにも、地域の分別・処分方法を守って正しく処理しましょう。
作品では余り深く書いてありませんので注意喚起です。
猫が好きな人間は、世の中に山ほどいる。
テレビをつければ「かわいい~」と芸能人が頬を緩ませ、SNSを開けば子猫が転んだだけで何万件もの「いいね」が付く。
猫カフェは大人気、猫グッズも売れる、
猫の動画は毎日のようにおすすめに流れてくる……でも、誰も映さない。
毎日、トイレに積み上がるウンコもシッコも砂の外まで飛び散る猫砂も。
朝起きた瞬間から始まる「飯を出せ」という無言の圧も。
テレビってのは都合がいい。
可愛いところだけ切り取って流す、当たり前だ、夕飯時に猫のウンコ掃除なんて見せられても、視聴率なんか取れない。
だから俺は猫が嫌いと言うか俺は猫アレルギーだ、近付けば鼻がむずむずする、目はかゆい、くしゃみは止まらない。
猫好きとは、一生分かり合えない人種だと思っていた。
少なくとも、あの日までは。
昼休みだった。
弁当を食べ終え、缶コーヒーを片手にスマホを眺めていると、見慣れない番号から電話がかかってきた。
営業電話かと思って無視しようとしたが、なぜか胸騒ぎがして出た。
「もしもし?」
『○○病院ですが……』
病院。その一言で嫌な予感がした。
話を聞くと、祖母が買い物帰りに転倒し、足を骨折したという。
幸い命に別状はない、だが年齢も年齢なので、そのまま入院になったらしい。
「えっ……ばあちゃんが?」
電話を切ると、俺はそのまま会社を早退した。
病院に着くと、祖母はベッドの上で苦笑いしていた。
「情けないねぇ。段差で転んじゃったよ。」
「笑い事じゃないだろ。」
「死ぬようなケガじゃないから安心しな。」
そう言って笑う姿を見て、少しだけ肩の力が抜けた。
医者の話では、一、二か月は入院が必要らしい。
「退院してもしばらくはリハビリだね。」
祖母は「そうかい」と静かに頷いた。
その時だった「あのね……」祖母が急に言いづらそうな顔をした。
「猫たちがいるだろ?」
……来た。嫌な予感しかしない。
「チコと、キナコと、アンコ。」
三匹の名前が出た瞬間、俺は目を閉じた。「ああ。」
「あの子たちを預かってくれる人がいなくてね。」
親戚は何人かいる。犬派だったり、マンションで飼えなかったり、それぞれ事情がある。結局、残ったのは俺だけだった。
「いや……でも俺……」
猫アレルギー、その言葉が喉まで出た。
いや、祖母だって知っている、昔から何度もくしゃみをしていたのを見てきた。
「分かってるよ。」祖母は申し訳なさそうに笑う。「無理なら無理でいいんだよ。」
その一言が、妙に引っかかった。
ベッドの脇には、祖母がいつも持ち歩いている猫の写真が置いてあった。
三匹が並んで昼寝をしている写真。
「でもね。」
祖母はその写真を見つめながら言った。
「この子たちだけが心配なんだ。」
たったそれだけだった、それだけなのに、断れなかった。
「……分かった。」
祖母の顔が少しだけ明るくなる。
「ありがとう。」
「ただし、期待はするなよ。俺、猫の扱いなんか知らないから。」
「大丈夫、大丈夫。」祖母は笑う。
「猫の方が、人間の扱いを知ってるから。」
意味が分からなかった。
病院を出た俺は、そのまま祖母の家へ向かった。
玄関の鍵を開ける。ガチャ。扉を開く、
静かな家。
そして、「ニャァ。」一匹目。
「ニャ。」二匹目。
「……シャーーッ!」三匹目。
出迎えてくれたのは、歓迎ではなかった。母猫チコは全身の毛を逆立て、俺を見るなり威嚇した。
白猫キナコ(チコの娘)は一瞬だけこちらを見ると、脱兎のごとく部屋の奥へ逃げる。
黒猫アンコ(チコの娘)だけが座ったまま、じっと俺を見つめていた。
まるで値踏みでもするような目だった。
「……いや、そんな見なくても。」
アンコは瞬きもしない。
「これからしばらく世話をするのは俺なんだけど。」
返事はない、もちろん猫だから当たり前だ。
猫の不安な空気だけは伝わってきた。
『お前で大丈夫なのか?』
そう言われている気がした。
「安心しろ。」
俺は小さくため息をつく。
「こっちだって不安しかない。」
こうして俺は、猫アレルギーなのに、三匹の猫と暮らすことになった。
このときの俺はまだ知らない。
毎朝、毎晩、猫のウンコを片付ける男になることもエサ係、水替え係、おもちゃ係、そして時々サンドバッグ係になることも。




