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猫様は今日も、俺に仕事をくれる。  作者: 山田 ソラ


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第11話 猫は病気を隠す


「猫は体調が悪くても隠す」祖母から何度も聞かされていた言葉だ。


「野生の名残なんだよ」


 弱っている姿を見せると、敵に狙われる。


 だから猫は、限界まで普段通りに振る舞う。


「本当かよ」


 その頃の俺は半信半疑だった、でも、その日は違った。


 朝、いつものように目を覚ます……静かだった。


「ん?」


 毎朝必ず聞こえるキナコの「飯!」という鳴き声がしない。


 時計を見る、六時ちょうど。


「寝坊か?」


 そんなことを考えながら顔を洗い、水を替え、エサの袋を手に取る。

 

カサッ。


 いつもなら、この音だけでキナコが飛んでくる、今日はいない。


「キナコ?」


 リビングを見る、ソファの上で小さく丸くなったまま、こちらを見ていた。


「どうした?」


 近付くと、ゆっくり顔だけ上げる、立ち上がらない。


 その様子に胸がざわついた。


 エサを皿へ入れる、アンコはいつものように歩いてくる、チコも少し遅れて姿を見せた。


 キナコだけが動かない。


「……食わないのか」


 皿を近くまで運ぶ、匂いは嗅ぐ、でも口を付けようとしない。


 祖母の言葉が頭をよぎる。『猫は病気を隠すんだよ』


「まさか……」


 熱なんて測れない、どこが痛いのかも分からない。


 猫は何も言ってくれない。


 俺は慌てて祖母へ電話をかけた。


『もしもし?』


「ばあちゃん、キナコがエサを食わない」


 電話の向こうで祖母の声色が変わる。


『元気はある?』


「少し元気がない」


『吐いた?』


「いや」


『トイレは?』


「昨日までは普通だった」


 少しだけ沈黙が流れた。


『病院へ連れて行こう』


「……分かった」


 迷う理由はなかった、押し入れからキャリーケースを取り出す。


「入ってくれ」


 普段なら全力で逃げ回る、それなのに今日は、少し抵抗しただけで大人しく入ってしまった。


「……やっぱりおかしい」その姿が、余計に不安だった。


 玄関へ向かうと、アンコが静かについてくる。


 チコも落ち着かない様子で部屋の中を歩き回っていた。


「すぐ帰るから」二匹にそう言って家を出た。


 動物病院に電話しながら早歩きで向う、 病院までの道が、やけに長く感じる、信号が赤になるたび、時計を見た。


「もう少しだからな」


 キャリー越しに声を掛ける、キナコは小さく「ニャ」と鳴いただけだった。


 動物病院の待合室、犬の鳴き声が聞こえる、猫を抱えた飼い主も何人かいた。


 みんな同じように、不安そうな顔をしている。


「キナコちゃん、どうぞ」


 名前を呼ばれ、診察室へ入る、獣医師が優しくキナコを抱き上げた。


 耳を診る、口の中を診る、お腹を触る、体温を測る。


「少し熱がありますね」


 胸がぎゅっと締め付けられた。


「軽い胃腸炎だと思います」


「胃腸炎……」


「命に関わるようなものではありません。お薬を飲めば落ち着くでしょう」


 その言葉を聞いた瞬間、張り詰めていた力が抜けた。


「よかった……」


 本当に、その一言しか出なかった、薬を受け取り、家へ帰る。


 玄関を開けると、アンコが真っ先にキャリーへ近寄ってきた、チコも少し遅れてやってくる。


 二匹ともキナコの匂いを確かめるように鼻を近付け、それから静かに離れた。


「お前たちも心配だったのか」


 夕方、薬を飲ませる時間になった。


「口開けて」ぷい。


「頼む」ぷい。


「お願いだから」ぷい。


「……なんで病気なのに元気なんだよ」思わず苦笑する。


 祖母に電話で飲ませ方を教わりながら、何とか薬を飲ませ終えた。


「はぁ……」


 ソファへ倒れ込む、今日一日だけでどっと疲れた。


 足元ではキナコが眠っている、アンコは少し離れた場所で丸くなり、チコはいつもより近くで横になっていた。


 部屋は静かだった。


「心配したぞ」ぽつりと本音が漏れる。


「猫なんだから、いつもみたいに飯食って、走り回ってろよ」


 もちろん返事はない、小さな寝息だけが聞こえてくる。


 その音を聞いているだけで、不思議と安心できた。


 その夜、俺は何度も目を覚ました、水は飲んでいるか、苦しそうじゃないか、ちゃんと眠れているか、気になって、そのたびに様子を見に行く。


「……俺も変わったな」


 少し前まで、猫なんて苦手だった。


 猫アレルギーで、できれば関わりたくないと思っていた。


 それが今では、一匹が朝ご飯を食べないだけで、仕事どころじゃなくなる。


「困ったもんだ」


 苦笑しながら布団へ戻る、リビングからは、小さな寝息が聞こえてくる。


 その音を聞きながら目を閉じると、ようやく少しだけ安心して眠ることができた。




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