第10話 いつもの朝
朝六時。
「ニャー!」
目覚ましより少し早く、キナコの鳴き声で目が覚めた。
「……はいはい」
布団から手だけ伸ばしてスマホを見る、五時五十八分。
「あと二分寝られたな……」
「ニャー!」
「分かったって」観念して起き上がる、顔を洗い、キッチンへ向かう。
最近は朝の流れが完全に決まっていた。
最初は猫のトイレの掃除、手を洗い、お湯を沸かす、その間に猫の水を替える、それからエサ、次にコーヒーを飲み、一服。
この順番が一番効率がいい、最初は猫のトイレ掃除がとても面倒だった。
今では考えなくても体が動く。
「慣れって怖いな」
独り言を漏らしながら猫トイレを掃除する。
カリ、カリ。「……ん?」
スコップを止めた。「少ないな」
いつもならもう少しあるはずなのに、今日はやけにきれいだ。
部屋を見回す、キナコはエサ皿の前で待機、アンコは窓際で外を眺めている、チコはキャットタワーの上。
「まあ……あとで出るか」
そう思って掃除を終えた。
エサを用意すると、三匹がそれぞれ集まってくる。
キナコは待ちきれず足元をうろうろ、アンコは静かに座って待機、チコは少し離れた場所から様子を見ている。
「整列」
もちろん誰も並ばない。
「本当に性格が出るな」
皿を置く、キナコは勢いよく食べ始める。
アンコは落ち着いて一粒ずつ。
チコは俺が二歩下がるのを待ってから口を付けた。
それも、もういつもの光景だ、コーヒーを飲みながら眺めていると、小さな変化に気付いた。
「あれ?」
チコが一番最初に食べ終わっている、以前は一番最後だった。
俺が完全に離れるまで近寄りもしなかったのに。
「……慣れたのか」
俺に、というよりこの暮らしに慣れたんだろう、それでも少し嬉しかった。
食後は三匹そろって毛づくろい、キナコは勢いよく、アンコは丁寧にチコは途中で何度も子どもたちへ視線を向ける。
「ちゃんと母ちゃんやってるな」
思わず笑ってしまう。
出勤前、ネクタイを締める、玄関へ向かう。
「行ってきます」
最近では照れもなく口にしていた、返事なんて返ってこない。
それでも自然に言葉が出る。
靴を履いていると、アンコが玄関まで歩いてきた。
「見送りか?」
アンコは何も言わず座る、尻尾だけが一度、ゆっくり揺れた。
「じゃあ、留守番頼む」
ドアを閉める、会社へ向かいながら、ふと笑ってしまった。
「俺、誰に話しかけてるんだ」
猫だ、返事なんて返ってこない。
それなのに毎日、「ただいま」「行ってきます」「留守番頼む」そんな言葉を当たり前のように口にしている。
仕事を終え、夜、玄関を開ける。
「ただいま」
今日は珍しく、三匹とも廊下まで出てきていた。
「おっ」キナコは真っ先に駆け寄る。
アンコは少し後ろで座る。
チコもリビングの入り口まで来ていた。
「全員集合か」
腹が減っただけかもしれない、偶然かもしれない、それでも玄関を開けた瞬間、三匹の姿が見えるだけで自然と笑顔になる。
エサを用意し、いつものようにトイレを掃除する。
「あ」
朝見つからなかった分は、別のトイレにしっかり残っていた。
「犯人はここか」
思わず苦笑する、袋の口を縛りながら、部屋を見回した。
少し前まで、この部屋は寝るためだけの場所だった。
仕事から帰り、飯を食い、風呂に入り、寝る。
それだけだったが今は違う、玄関を開けば三匹がいてエサを待ちトイレを掃除し走り回る足音が聞こえる。
正直、面倒だ。
でも、その面倒があるから、この部屋にはちゃんと生活がある。
カリカリとエサを食べる音、猫砂をかく音、夜中に突然始まる追いかけっこ。
「うるさいな」
そう言いながら、笑っている自分がいた。
人は、こうして少しずつ暮らしに慣れていく。
猫も……そして、猫苦手だった俺も。




