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除隊  作者: 丸隈
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第一章 事故 (七)面談

「まずは、おかえり。先任もご苦労でした。鮫上特技兵、手荷物を本部に置いたら中隊長室に来なさい。少し話をしよう。」


 答礼した後でそう言うと、中隊長は(きびす)を返し、扉は開けたまま中隊長室へと戻っていった。待たせる訳にはいかない。すぐに中隊本部に入り、日用品やら洗濯物なんかが入った鞄を部屋の隅に置く。服装、身だしなみを確かめる。右目の跡地に当てている、白い医療用眼帯の角度も確かめる。準備よし。一呼吸したら、開いている扉を拳でノックする。


「入りなさい。」


「鮫上特技兵です、失礼します。扉はどうされますか?」


「閉めてくれ。」


「はい。」


 木製の扉を、音を立てないように閉める。室内に向き直ると、中隊長は既に自席から手前のソファに移動して座っている。対面のソファに座るように促されたため、失礼します、と一言述べてから座る。向かい合った中隊長の表情は、明るくない。ひょっとして何か、事故以外に面倒事があるんじゃないだろうか……そんな予感を感じさせる眉間の皺だった。 


「まず……負傷した身でありながら、調査への最大限の協力をしてくれてありがとう。難関の斥候狙撃兵(スカウトスナイパー)の特技を取得し、軍格闘に精錬し、来年には下士官になる予定だった、中隊で最も勢いのある君を失うのは……本当に中隊、いや、軍として大きな損失だな。」


 中隊長の安藤少佐は、僕の知る限りとても将校らしい将校だ。隊員と共に汗を流し、煙草を(たしな)み、酒はめっぽう強い。多弁ではないが話す内容は的確で無駄が無く、頭の回転も大層速いともっぱらの評判だ。まさに歩兵中隊長、といった感じの30代半ばの男性だった。


「いえ、とんでもありません。自分はただ、ありのままを述べたまでです……中隊長から過分なお言葉をいただき、恐縮です……」


 切り出し方から、この場で事故に関する直接的な物言いは避けるべきだと推察した。相手は陸軍少佐で、指揮官である。ともすれば、台本に沿ったやりとりに努めた方が無難だろう。その読みは当たっていたようで、中隊長は強張った表情を少し崩して続ける。


「いや、本当に……将校も下士官も兵も、君のように話のわかる人間ばかりなら、中隊の運営はもっと楽だろうにな……あぁ、すまないな。つまらん愚痴みたいな事を言ってしまったよ、忘れてくれ。もっと楽にしていいぞ。」


 そう言うと、中隊長はソファの背もたれに身体を預けた。僕が姿勢を崩しやすいように先に崩してくれたようだが、ついこの間まで次期下士官候補生として修練に励んでいた身としては、自分の指揮官を前にそこまで気楽な姿勢をとる気にはなれない。さりとて勧められたのに全く姿勢を崩さないのもどうかと思い、伸ばしていた背筋を少しだけでも丸めることにした。その様子を見てか、中隊長は鼻でフッと小さく笑う。


「本当に残念だ……とはいえ除隊日が決まっている以上、悔恨と悲観ばかりしても居られないのも現実だ。中隊として全力で環境を整えて、君の新しい生活への準備をサポートしよう。」


 もっともな話だ、除隊までの日は刻一刻と迫っている。僕が頷くと、中隊長は続ける。


「まず前提として、当直や待機任務は無し。そして、ここからだが……出勤日はまず優先的に職業能力開発訓練に参加してもらおうかと考えている。いやなに、名前は堅いが民間でやっているものと同じだ、自分で参加コースを選んで、求職者に求められるような技能を身に付けるものだよ。これに参加する命令を用意している。」


 なるほど、職業訓練か。確かにこの4年間、軍で培ってきた技術というのは一般社会で役立てることは難しいに違いなかった。目さえ問題なければ、また話は違うのだろうが……この身となった上では、そういった職業訓練はありがたいものになりそうだ。下士官になることを諦めて去っていった先輩たちも、このような訓練に参加していた覚えがあった。まぁもっとも、参加していたのは今の僕のような時期ではなかったが。


「就職先はな、上級部隊に就職援護担当をやっている私の同期が居るんだ。そういう伝手も使って、可能な限り良い条件のところを探しているが……これはまだ始まったばかりだから、カードが出揃ってきたらまた話をしよう……」


 就職先まで探してもらっていたようだ。僕が考えていなかった僕自身のことを、先に他人が考えている……ありがたいような、少し申し訳ないような気持ちになる。


「加えて、これは君が望めばだが……帯銃許可申請のための法定訓練、これに相当する訓練を計画しようかと思う。訓練後はもちろん、成績証明書を発行して交付する。」


 この申し出は意外だったので少し驚いた。軍隊に属していた人間で、軍内部の審査と公安の審査をどちらも通過した上、関係法に規定された訓練を受けた者だけが退官後に拳銃を所持・携帯することを許されていた。明文化されているわけではないが、定年退官する者ぐらいしか事前の内部審査は通らないと噂されている。その法定訓練を受けられるということは、審査に通る見込みがあるということなのだろうか。しかし、一体なぜ……? 訝しげな顔をしていると、中隊長は更に続けた。


「不思議か、そうあることではないものな……連隊長が君の事をいたく心配しておられてな。君は軍格闘や連隊対抗演習で大層活躍していたから、連隊長もよく覚えていたみたいで……そんな君が今回の件で除隊する他なくなったと聞いて……ましてや()()()()()を知った時に、何か軍に居た証を渡してやりたいとおっしゃられてな。」


 私的に銃を手に入れたいと思った事は無かったが、そのように考えて貰った事を知ると……不思議と、欲しいと思えるようになった。ここでの四年間は異質であり、間違いなく充実した日々であったから……その証を手に入れるのも悪くないと思えた。


「ありがとうございます、中隊長。こんなにも色々として頂いて……」


「いいや、こんな事しか出来ないんだ……本当に申し訳ないが……」


「いいえ、十分です。頂いた時間と機会で、これからの生活が成り立つように努力します……帯銃許可申請の訓練は、是非受けさせて下さい。」


「わかった、その方向で進めよう。他にも困ったことがあったら、何でも言ってくれ……あぁそうだ、明日の朝礼は連隊講堂を借りてやる予定だ。そこで今回の事故の件について、中隊内で正式に情報共有を図るつもりでいる。君は居辛いだろうから参加せず、先任の指示を受けて職業訓練に向けての準備をしていてくれ。」


 こうして中隊長との面談は終了した。敬礼し、退室する……そのタイミングで、入室した時の事を思い返していた。一体なぜ、中隊長は表情を曇らせていたのだろうか? 今の面談内容を思い返しても、その理由は思い当たらない。きっと事故のせいで休めていないのだろう、と勝手に納得することにした。



 中隊本部で先任から明日の集合時間を確認した後は、荷物を回収して退室した。両手に鞄を持って階段を降りる。午前11時手前なので昼食には早い……ここは一度、生活隊舎の居室に戻って溜まった洗濯物を洗濯機に回しておくのが良いだろう。そんなことを考えながら階段を下りきって、正面玄関から出た辺りで後ろから声が掛かった。




「サメ、サメ! 待って!」




 振り返ると、同じ中隊の同期かつ同居人でもある相棒が駆け寄ってきている。研修のために先週まで離れた地にいた彼も、今回の件について誰かからある程度は聞いているだろう。数々の苦楽を共にした相棒とはいえ、本当の事を話せないのはもどかしい気持ちもあった。それでも、この人には話してもいいだろう、という行為の連鎖が結果として秘密を公然の物に変えてしまう結末を、僕程度の短い人生の中でも幾度か見ている。




 どう話すべきか、もう少し考えておくべきだったな……僕は本当に、今更な後悔をした。

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