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除隊  作者: 丸隈
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第一章 事故 (六)台本

 XX年11月29日(金)に実施された三個中隊合同手榴弾投擲訓練において、第20射群の第一番的の投擲手であった龍見上等兵は、同日1130頃、投擲動作を誤って安全装置の外れた手榴弾を投擲位置付近に落とした。龍見上等兵は投擲訓練時の規定に従い、退避壕へと入って退避の姿勢をとった。第一番的の安全係であった鮫上(さめがみ)特技兵は、手榴弾排除の対応に遅れていたところ、安全管理官の指示を受けて手榴弾排除を開始。鮫上特技兵は手榴弾を標的方向へ排除した後、退避壕の位置に前進して退避したものの、退避時の姿勢が高かったために炸裂した手榴弾の鋼片により受傷した。(右眼球破裂)訓練当時、鮫上特技兵は視界が曇って安全確認に影響があったため、退避壕の位置に前進した後に防弾サングラスを着用する運用をしていたが、事故時は急迫した手榴弾の排除により着用を失念したため、同受傷に至った。



 結局、そういうことになった。もっとわかりやすく言えば、投擲手は手榴弾を投擲し損なったものの、その後の行動に問題なし。安全係の行動に問題があったため、訓練事故が発生した。そういう単純な筋書きであった。


 こういう方向に話をまとめるに当たって、僕にはいくつかの懸念があった……いや、訓練場に居た当事者以外の人々による目撃証言については心配していない。厄介事が発生した時に、傷口が広がり過ぎないように上手く丸める、なんていうのは別に軍においては大して珍しい事でも難しい事でもない。そのあたりの調整は、間違いなく上手くなされるだろう。



 懸念の一つは彼女であった。明朗快活で公明正大と自称さえしてしまう、生真面目な彼女。そんな彼女はあの時、普通の状態ではないように見えた……しかし事故の後、普段通りの彼女に立ち戻ったとして……このような台本が受け入れられるのだろうか。大丈夫だ任せておけ、と先任は言っていたものの……どうしても気になって尋ねたところ、先任は日を改めて病室でこっそり一枚の調書の写しを見せてくれた。


 それは台本に沿った内容、それが投擲手目線から印字で綴られたものであった。署名欄にはきちんと彼女の氏名と拇印まである。推測するに……事故発生から間もなく、連隊の上層部で作った筋書きを基にすぐさま調書の形にして、ショック覚めやらぬ本人に署名と拇印をさせたのではないだろうか。署名の字が震えているのはきっと、そういうことだろう。あの時の狼狽えた彼女の顔が脳裏に浮かんだ。



もう一つの懸念は相棒(バディ)について。あの訓練に不参加だった僕の相棒とは、未だに連絡が取れていない。飛来した二つの鋼片……一つは僕の右目と軍での未来、もう一つが吊り下げポーチに入れていた携帯電話を破壊していたからだ。面会も出来なかったので、きっと酷く心配させているに違いなかったし、この怪我のせいで相棒と道を分かつことになると思うと……本当に、申し訳ない気持ちになる。だから僕から先任にお願いして、まだ目の事は伏せておいて貰っていた……他人から聞かされるより、相棒である僕から言うべきだと思ったから。



 僕の処遇についても少しだけ懸念があった。まず、台本上の僕の行為によって僕に与えられる処分がどれほどになるのかという点……これは僕以外に怪我人が居なかったことも幸いして、譴責(けんせき)程度になる公算が高いそうだ。始末書は出す必要があるものの、給与や退職金に響くことはない。なんなら既に始末書の案文さえも用意してもらっている。不名誉には違いないだろうが、もう軍に居続けられない以上、個人的にこだわりはあまりなかった。


 次に任期除隊までどう過ごすか、という点。台本の構成上、元の小隊には当然、居辛い。この点についても手は打たれており、既に僕の所属は中隊本部に移されたそうだ。中隊本部の庶務という名目上の立場だけを与えるので、実際には就職活動や新しい生活に向けての準備に()てよ、との事であった。



 そんなこんなで僕の考えている程度の懸念はあらかた対策済みらしい……と判明した後は、ひたすらに身体の静養に努めて過ごす。右目はどうにもならなかったけれど、残された左目の方は、目覚めて一日目こそカラー画像を薄暗いグレースケールで印刷したような視界になっていたが……何故か、翌日には正常な視界に戻っていた。それから様々な検査を受けたものの、一時的におかしくなった理由はついに判明しなかった。医官の見立てでは、心因性のものかもしれないとの事だったが……ともあれ、左目だけは無事に残った。


 しかし、右目だけで済んだ、ああ良かった、とまでは割り切れる訳もなく、夜は布団を被って散々泣いた。後悔、怒り、不安などの様々な感情が浮かんでは消え……を何度も繰り返したけれど、最終的には泣き疲れて眠りについた。泣き疲れて布団に沈んでいく度、僕より泣き虫な相棒の事を思い出していた。きっと僕よりもひどく悲しむだろうから……今の内だ。僕は、今の内に涙が枯れるまで泣いておかねばならない。


 その合間合間には、何度か訓練事故についての聴取があった。連隊本部の将校が病室に来てあれこれ確認していったが、台本の枠を出るような話にはならなかったので安心した。同席していた先任も何も反応しなかったので、対応に問題はなかったはずだと思う。聴取以外の面会や連絡は、事故調査を理由に遮断されていた。




◇ ◇ ◇




 かくして約一週間の入院を終えた日曜日の午前、僕は先任の私有車に乗せてもらって駐屯地へと向かっていた。久しぶりに入院着以外の服を着用して、久しぶりに外の空気を吸い、それからまた久しぶりの柵の中である。四年近くも過ごしたこの柵の中には、もはや自宅のような安心感を覚えていた。正門を通り、車はそのまま中隊本部へと向かう。簡素といえば簡素な、質実剛健な五階建て鉄筋コンクリート造、その三階に我らが中隊の本部はあった。車を降り、先任と共に閑散とした日曜日の隊舎内を歩く。



「中隊長が登庁しておられるから、先に挨拶するぞ。」



 先任に階段で突然そう告げられた。この階段を上がりきったらすぐに本部、そして中隊長室なのに。そういうことはもっと早く……せめて車の中で教えてほしい、と思いつつ、話す内容を急いで組み立てようとしていると、



「退院おめでとう、鮫上特技兵。」



 階段を上がりきったところまで来てしまっていた。その上、先に声を掛けられてしまった。ならば、もはや何かを考えている暇はない。


「鮫上特技兵、ただいま原隊に復帰しました! ご迷惑をおかけしました!」


 明瞭な声で報告し、敬礼する。久しぶりの、身体に染み付いた動作。



 そして、後4ヶ月もすれば機会を失うものだった。

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