第一章 事故 (五)証言
「……龍見上等兵は、手榴弾を自ら拾おうとしました。それで、手榴弾の排除に動いた自分とかち合いました。」
「かち合った、ということは衝突したのか? それによる影響はあったか?」
「……二人して手榴弾に殺到したため、互いの頭と手がぶつかりあいました。それで二人とも少しの間見合ってしまい、次への反応が遅れたと思います。あとは自分の防弾サングラスが、頭をぶつけた時にズレたような感じがありました。」
「ぶつかって見合った時、龍見上等兵の様子はどうだった?」
「普段見たことのないような、取り乱した表情をしていました……言葉は何も発していませんでしたが、誰でもひと目見てわかるくらいには狼狽えていました。」
「そうか。ちょうどその時ぐらいに、安全管理官の声は聞こえていたか?」
「はい。自分に手榴弾を排除するよう大声で指示していたと思います。」
「そして、お前は手榴弾を排除したんだな?」
「はい。手榴弾を掴んで、標的方向へ投げて排除しました。」
「排除が終わったあと、龍見上等兵はどういう状態だった?」
「龍見上等兵は、投擲位置で……自分とぶつかった位置のまま、うずくまっていました。頭を抱えるような感じだったと思います。」
「……龍見上等兵は退避していなかったんだな。そして、お前が?」
「はい。龍見上等兵の防弾ベストの首元と弾帯を掴んで、ほとんど投げるような感じで退避壕へ滑り込ませました。それと同時くらいに炸裂音を聞いたように思いますが……その後の記憶はありません。」
「……そうか……他に、何か伝え忘れたことはあるか?」
「……いえ、今回の件で自分が知っている事はこれで全てです。」
「そうか。うん、そうか……ちょっと整理してもいいか? つまり、起きた事の経緯をまとめると……龍見上等兵は手榴弾を投げ損なっただけで飽き足らず、ブリーフィングや安全教育で散々聞かされた決まりを無視して手榴弾の排除を妨害し、その上で自分自身の安全確保すらしなかった、ということで良いんだよな?」
口調は丁寧なまま、先任の雰囲気が変わった気がした。彼女に対する物言い、口調が明らかに強い。先任はそういう人であった……個の領域に収まらず、周囲に害を為すタイプの怠惰・怠慢を決して許さない人だ。
「しかし先任、自分にも……」
「さっきの話はもういいぞ、関係資料はチェックしてある。排除の際の細部要領は標的方向に投擲、としか書いていない。お前の言うあの時ああすればよかった、というのは新しい教訓にはなるかもしれないが……今現在の時点においてお前の対処に間違いはない。」
発した言葉を速攻で制されてしまった。こうなるともはや何も言えまい……僕は大人しく、先任の言葉を待つことにした。
「お前の防弾サングラスは投擲位置と退避壕の間に落ちていた……龍見上等兵を退避壕に放り込む時に外れたのだろうな。排除への妨害がなければ、あるいはその後の退避壕への退避だけでも自力でやってくれていれば、お前は右目と軍での未来を失わずに済んだんだ。どう思う、最悪だろう?」
確かにそうなのだろう。失態がどちらか一つだけなら僕は無事だった、というのは事実であるとは思う。僕にもそのうち、その事実に対する悲しみか怒りが湧いて出てくるのだろうが、まだ片鱗もそれらが見えないのは感情が追いついていないせいかもしれない。
「最悪だろう? しかも俺はこれから……もっと最悪な話をお前にするぞ。俺自身こんな話、考えたくもないし口にしたくないってくらいに……本当に腹立たしいものだ。それでも俺は、お前にそんな話をしなければならない……」
先任はもう、隠せないほどに口調が感情に引っ張られつつあった。怒っている。明確な怒りの感情を感じる。しかし、この話の流れは……怒りの対象はきっと彼女ではない。そうなるともう、この先の展開というか、もっと最悪な話とやらの中身についてボンヤリと検討がついてしまった。歩兵は頭が悪くてもいいが、勘まで悪いと務まらない。
「……大丈夫です、先任……士官候補生と下士官候補生を二人とも失う必要はないでしょう。自分はもう軍隊で活躍できないなら、後片付けくらいは任せて下さい……」
そう言い切らない内に突如、立ち上がった先任が僕の両肩を掴んでいた。華奢な丸椅子は音を立てて倒れ、大きく節くれだった両手が僕の肩を掴んだままで震えていた。暗がりの中では相変わらず、表情は見えない。見えないが、
「お前は本当に……聞き分けが良すぎて困る。悔しくはないのか? 俺は悔しくて堪らない。中隊の大事な仲間であるお前が、他中隊のボンクラのために怪我を負わされたのも許せないが、その責任まで負わされるなど正気の沙汰では無い。そもそもこんな事故を起こすヤツを、失態を隠蔽してまで将校にしてどうする? その方がよっぽど、軍にとって害悪だろう。本当に将校になりたけりゃ今回は見送って、処分を受けてからまた選抜試験を受けりゃいいんだ。何で、お前が……お前だけが、こんな……」
雨のように落ちてはパタパタと薄っぺらい布団を叩く水音が、先任の感情を、怒りや悔しさを明らかにしていた。血の繋がりもないのに、僕の代わりにこんなに怒ったり悔しがったりしてくれる人に出会えるなんてそうないだろう……いつしか先任が言っていた、中隊は家族だ、という言葉の意味を実感する。それも間もなく失う事実に思い至ると、遅ればせながら僕にも涙が込み上げてきた。ようやく少しだけ、感情が追いついてきたようだ。
夜の病室で男二人して、さめざめと泣いてしまった。いつしか先任は起こした丸椅子に戻り、目元を押さえている。僕も涙が落ち着いてきた頃に突如、病室の引き戸を開く音がした。
「あっ、起きられました? すぐ、先生お呼びしますね……」
恐らくは、看護師であった。病室を覗き込んで僕が目を覚ましていることを確認するなり、そう言って看護師は病室を後にした。その一連の流れに、ふと違和感を感じる。
夜中なのにすぐ医官がいらっしゃるのか?
ちょうどタイミングよく当直にでも就いている?
……いや、何かが違う。
今まで気づかなかったけれど、よくよく考えたら何かがおかしい。
暗すぎる。
「……あの、先任。今って夜ですよね? 何時ぐらいかわかりますか?」
先任はこちらを向いたまま固まって、なかなか時間を教えてくれない。その反応が嫌な予感の答え合わせになっている気がした。そうなると自分から聞いておいてなんだが、もう答えを知りたいと思えなかった。完全にそうなったタイミングで、先任が告げる。
「今は……もうすぐ昼だ、1150になる……」
昼間だというのに明らかに世界は暗く、色彩を欠いていた。
どうやら、右目だけでは済まなかったようだ。




