過日譚 道標 (二)相思
「さっきの店、本当に良かったな……やっぱり海が近いと魚介類の美味しさも格別だったね。調べてくれてありがとう、ユキ。さすが僕の相棒……すっかり文明の利器も使いこなして……」
あれからずっと頭の片隅で考え続けている。定食屋に着いてからも、食事が出てくる間も……食事が終わって店を後にして、今日の宿に向かっている今も。サメがお礼を言ってくれているのに、それに対して返事こそしているけれど……正しい返事が出来ているのか解らない。
それになんだか、頭の中がぼんやりしている。こっちを見ているサメの表情も、おかしい気がする……その手が伸びて、不意に……手首を……握られて、いる?
「不味いな、脈が速い……熱中症になりかけているぞ。おいユキ、吐き気はないか!?」
言うが早いか、サメは鞄の持ち手に掛けていた帽子をオレに被せて、鞄から取り出した水を手渡すとゆっくり飲むようにオレに促す。言われるがまま、蓋の開いたペットボトルを傾けて少しずつ水を飲む……その合間にもサメはどこかに電話している。やがて通話を終えて、
「タクシーを少し先のコンビニに呼んだから移動する。ユキの鞄も貸してくれ。」
そう言ってサメはオレの手から鞄を取り上げると、鞄をふたつ持った状態でオレの身体までも抱えだした……肩を抱かれて、膝裏に腕を通されて抱え上げられる。そのまま力強い足取りで走り出したサメの腕の中でオレは、段々……自分が小さくなっていくような感じがした。
上手く働いていない頭でもわかる……もう、この後の予定は全部ご破算……一から十まで、オレのせい。弱く、脆い、相棒とは名ばかりの守られてばかりの自分のせいだ。確かに昨日はなかなか寝付けなかったけれど……だったらオレはなおさら、水分補給や日除けを徹底すべきだったのに。自分一人も守れない奴が、相棒を守る事なんて出来やしないのに。
あーあ……
なぁ、こんなオレに……サメの相棒が出来ているのか? いつも面倒見がいいサメに甘えているだけで、何も応えられていないんじゃないか? そんな考えに頭の中を埋め尽くされて、情けなさで涙が勝手に溢れてくる……入隊するまでは、泣いた記憶なんて全然なかったのに。あの夜だってそうだけれど、メソメソ泣いていたら……余計に呆れられるかもしれないのに……涙も、情けない懺悔も止められなかった。
「……ごめ……ごめん……オレ、サメの、相棒なのに……何も、出来てないよ……こんなの、オレ……相棒として……しっ」
「言うな! ユキ!」
大きい声。だけど、不機嫌さからくる怒声ではなかった。オレの弱音を掻き消して、背中を叩くような激励。走りながらも、サメはそれを続ける。
「いいか、ユキ! 僕らは、相棒だ! つまり、何か……問題が、起きたら! それはもう、どちらか、一方だけの、せいじゃ、ない!!」
走りながら、途切れ途切れながら。力強い声でサメは続ける。ずっとその声がオレの奥底、深いところに叩きつけられている。強く響いて、沁み込んでいる。
「互いをよく見て、想い合える、それが、相棒だろ! 僕は今回、それが、足りなかった! だからユキに、辛い思いを、させた……でも、それでも……」
徐々に走るペースが落ちて、サメの声もそれに合わせて声量が下がっていく……やがて誰もいないコンビニの駐車場の真ん中で、その足が止まった。
「……それでも僕はね、自分が相棒失格だなんて言いたくない……もし口にしたら、その一時でもユキの事を諦めてしまったように思えて、嫌なんだ……なぁ、ユキ……相棒っていうのはきっと、完成することは無いよ。相互理解を不断で継続する事でしか、形を維持出来ない……」
頬に一筋、涙が走っていた。初めて見るサメの涙。
「だから僕はそうする。今はまだ十分じゃないし、今日みたいに失敗する事もあるだろうけど……これからもユキをよく見て、ユキの事を考えて、ユキの事をいつでも想うし……それを、止めないよ……」
その熱い涙が落ちて、オレの腕を二度、三度と叩いた。涙に溶け込んだ熱が、オレの一部になっていく……心を揺らす熱が、伝播している。
「それに、ユキだって……ユキがこの3ヶ月、あらゆる練成を本当に頑張ってきたのを、傍で見ていた僕が一番知っている。その努力だって紛れもない、相互理解の形のひとつじゃないか……こんなに応えてくれる立派な相棒を、僕は他に知らないよ。だから……」
伝わった熱が、少し前まであった戸惑いを――男なのにこんな気持ちを抱いていいのか、という迷いを溶かし尽くしていた。もう疑いようもなく、オレは。
「あんまり自分を悪く言わないでくれ……僕の、自慢の相棒で……大事な人なんだ……」
好きなんだ。好きで、いいんだ。
それからサメは……コンビニで買った氷とビニール袋で氷嚢を作ったり、到着したタクシーの座席に担ぎ込んでくれたり、旅館に着いてもオレを抱えて客室まで連れていったりして……結局お世話されっぱなしのオレは、そのまま夕食頃まで布団で休んでいる事になった。サメはオレが眠りに落ちるまで、ずっと傍に居てくれた。
その安心感からか、気持ちの整理が着いたこともあったからか……とても深く休めた気がした。




