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除隊  作者: 丸隈
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第六章 爾後 (三)除隊

「思ってたよりも薄っぺらいんだな……もっと立派な紙かと思ってたよ、オレ」


 つい先程、式典(セレモニー)で受け取ったばかりの任期除隊証書は、何とも安っぽい紙で作られていた。それを唯一の手荷物である手提げ鞄に仕舞うと、いよいよオレがこの駐屯地でやることは何も無くなった。個人的な荷物はほとんど新居に送ってあるし、さっきまで着ていた制服はもう、駐屯地内のクリーニング店に出してあり……後は中隊の被服担当が受け取ってくれる手筈だ。主だったところへの挨拶まわりも、サメと一緒に済ませてある。


「そうだね……僕がさっき貰った、処分宣告書の方が豪華かもしれないな。」


「まだ持ってるの? 捨てればいいのに……そういやこっちは、存外に豪華な紙だったね。」


 任期除隊証書を入れた鞄のポケットに入っていた、クリアケースに収められた帯銃許可申請のための成績証明書――オレの分を手に取りながら、呟(つぶや)いた。キチンとお偉方の職印が朱肉で押されてある、正真正銘の本物だ。


『帯銃許可の件? そりゃそうさ、ウチは私服で動く事も多いから……鮫上クンにそういう話が来たのは勿論、ボクの差し金だよ。だから兎川クンにも、しれっと法定訓練の参加にお声が掛かるはずさ……』


 果たして、大佐の言う通りとなった。ごくごく何でもない事のように、サメと2人で参加するよう命令が発出されて、年明けから2人で参加した訓練は都合1週間程度で終了し……規定以上の成績を修めた事が証明されて、証明書の交付を受けた。この訓練といい、就職先を伝えていないにも関わらず何も聞かれないところといい……新しい職場は、オレたちに余(・)計(・)な(・)弁(・)明(・)を一切させる事の無いよう、陸軍での残された期間を推移させてくれた。


 引き続いて参加した職業能力開発訓練では、車両操縦資格を選択した。短期間で取得でき、オレたちの今後に最も役立ちそうだと思って2人で決めた。オレは大型車両の免許で、サメが普通車両までとなったのは身体要件上、仕方が無い。射撃にしても操縦にしてもサメはとても苦労したから……旦那であるオレは今後、何でもやってあげるつもりだ。なんせオレは、女房に優しい旦那なのだ。

 そうこうしていると、手荷物の整理を終えたサメが荷物を持って立ち上がった。


「お待たせ、ユキ……それじゃ、行こうか。」



 入隊して4年目の3月下旬。オレたちは今日、除隊した。





◇ ◇ ◇





 駐屯地の中の生活隊舎から正門までの道のりは、そこかしこで部内外の人で賑わっている。春は軍においてあらゆる結節なので自然、こうなる……オレたちみたいに除隊する者、それを迎えに来た家族……あるいは転属者とその妻子……通りのあちこちで団子になって語らって、別れを惜しんだり新しい門出を祝っている。


 満開の桜並木を、サメと二人並んで歩く……オレに合わせた歩幅とそのリズムに、優しさを感じる。正門まであと少しといったところで、後ろから大きな声が投げ掛けられる。腹の底から出された、よく通る凛々しい声。もはや振り向かなくても持ち主が解るほどの。


「おーい、鮫上ーっ!」


 思っていた通り、駆けてきたのは龍見だった。彼女は明日、軍の車両でこの駐屯地を離れて士官候補生学校に向かう予定となっている……オレたちの見送りにやってきたらしい彼女は、手前で足を止めた。


「何だよ龍見、デカい声出して……何か用か?」


 オレが答える。龍見は少しムッとした表情で、


「どうした兎川、耳が遠くなったのか? 私は、鮫上にだな……」


「だからオレが……フフ……鮫(・)上(・)さ(・)ん(・)が、聞いてあげてるんじゃないか。」


 嬉し笑いを抑えきれずにそう言いながら、まだ真新しい免許証を懐から取り出す。怪訝(けげん)な顔で覗き込んだ龍見の表情が、氏名欄の表示に目を止めて固まっている。ああ、なんて痛快……そう思っていたら、



「……そうか、そうか、養子縁組だな? ふーん、なるほど……なるほど、悪くないな。」


 俯いて何やら、ブツブツと呟いて納得している龍見。おもむろに顔を上げると、



「じゃあ、これからは丈(じょう)と呼ぼう。なぁ、丈……私の事も、晶(あきら)と呼んでくれないか?」



 龍見はオレの喜びを踏み台にして、滅茶苦茶な距離の詰め方をしてきた。旦那であるオレに断りも無しに、サメの左手を両手で握っている。突如目の前で繰り広げられる急激な展開に、オレは抗議の声さえもまだ出せていない。



「なぁ、士官候補生学校にも夏季休暇はあるんだ……帰ってくるからまた勝負しような、丈。それで、勝負に勝ったらなんだが……」



「……待て待て待て、龍見! オレに断りも無しに何を勝手に……」



 突然、龍見の大きな手が……まるで子供をあやすかのようにしてオレの頭を優しく撫でた。その思わぬ行動に、オレが固まって言葉を失っている隙に、



 ……!



 龍見がサメの唇に口付ける……ああ! こいつ! やりやがった! しかし次の瞬間には、オレは頭を沸騰させる間もなく龍見に身体を引き寄せられて、



 ……!!



 オレの頬にまで口付けてきた。何なんだ……一体、何が、起きているんだ。あまりの展開にオレとサメが二人して固まっていると、



「養子縁組、良いじゃないか……おめでとう! なぁ、雪(ユキ)よ……私は丈との勝負に勝って……いずれ、お前の母になってやるからな。楽しみに待っていてくれ!」


 ハハハと笑いながらとんでもない捨て台詞を吐いて、踵(きびす)を返して颯爽(さっそう)と去っていく龍見……そのあまりの無茶苦茶さに、ややあってから吹き出してしまった。サメも、釣られて笑う。




 桜の雨が降る賑わいの中、オレたちはいつまでも笑っていた。




※「除隊」了



⇨ 明日以降は同人誌(物理)に収録した「過日譚」とイベント頒布した書き下ろしを予約投稿で配信します。

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