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除隊  作者: 丸隈
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第五章 特務 (二)偵察

 結局水曜日は、日が落ちて標的が見えなくなるまでずっと、狙撃の練成をしていた。サメとオレの視界の視差、その二重像が完全に一致する事はついに無かった。仕組み上、それは当然だったけれど……狙撃と嘔吐を繰り返す中でオレはようやく見つけた。ふたつの像を見通した上で、どこを撃てばどこに当たるのか。その感覚を。


 それを手に入れてからは速かった。もう薄暮(はくぼ)に差し掛かった頃だったけれど、そこから先は一発も標的を外す事は無かった。標的内での着弾点の揺れがあったのでもっと練成したい気持ちはあったけれども、それは明日に持ち越した。闇夜ではさすがに何も出来ない。


 木曜日は狙撃拠点の現地偵察から始まった。当日と同じ条件下で現地偵察をするため、早い時間帯から動き出す。狙撃拠点の候補地は見積上では3箇所だったが、実際に現地を偵察して……陽の差す方向、弾を通過させる経路上の風通し、射角等のあらゆる点から総合的に評価すると、使える拠点は1箇所に絞られた。手榴弾投擲訓練場の道を挟んで反対側に広がっている対戦車砲射場の奥、弾止め(バックストップ)の上。崖のようになっており、冬も濃い針葉樹が生えている。



「……距離は投擲場中央までで1120メートル。」


 観測スコープを覗きながら、測距(そっきょ)したサメが呟く。ここは候補地の中で、標的から最も遠い場所だった……それでもここが、最も成功率が高い。オレ自身も偵察でそう判断したし、サメも同じ見解であるからには間違いない。もし見立てにケチを付けるやつが居ても、関係ない……オレの手で、間違いじゃなかったようにすればいいだけの話だった。


 手元の資料――明日実施される予定の、手榴弾投擲訓練の命令の写しを見る。開いている頁(ページ)は投擲場内の人員配置図だ。そこに記載されていない人間が投擲場に入り込むことは無い……勝手に入ってくるのは、オレの標的だけ。


「N(ノベンバ)、こちらJ(ジュリエット)。一番的の投擲手の位置に移動願う。」


 サメが無線機(インカム)で指示すると、視界のずっと先の方で豆粒より小さい相馬さんが歩いていく。肉眼で確認した後でスコープを覗き込むと、ちょうど投擲手の位置に着いたようで、立っているその横には魔魅(まみ)の胴体を模した大きさの段ボールが置いてある。確かに人間に比べると、全体的な大きさとしては小さい的だ。だが斥候狙撃兵は通常、人体の胴体部の……心臓を狙う。こぶし大の大きさ程の的を狙うのだ。それに比べれば、あの大きさの何処に当てても良いだなんて大(・)盤(・)振(・)る(・)舞(・)い(・)も良いところだった。後は視界の問題だけだが、それも昨日の感触では何とかなるだろうし、今日の午後も射撃場で練成ができる。


「ボクが訓練部隊に悪戯していた魔魅を確認した状況から……奴がすり替えをするには、対象に2メートル程度近づく必要がある事が解っている。それと人員配置を踏まえた上で、何処の地点で撃つかを見積もっておいてくれ。」


 サメの視界をオレに繋いでもらうため、白鳥大佐はオレたちの近くにいる。明日もこの位置で3人が陣取り、相馬さんはこの弾止めの裏手斜面を降りた先に駐車した、あの怪しい車両の中で待機する算段だ。4人とも、無線機で繋がっているので意思疎通は楽だろう。


 試しに射撃姿勢をとり、視界を繋いでもらう。昨日の射撃場とはまた違う景色だけれども、もう大分この二重像にも慣れてきた。その視界の中、スコープの照準線を段ボールに合わせる……昨日の感覚と合致する点を見つけたその瞬間、オレは確信を得た。


 狙撃は技術(アート)だ。刻一刻と変化する状況の中、観測手と二人であらゆる要素を観測し続けつつ計算をし続けて、理詰めで命中に導いていく技術だ。オレたちはもはや、二重像の視界の中でも標的を外す事はない……二人で生きるための、技術の新たな極致(きょくち)に到達した。



 現地偵察の後は、陽のある内はひたすらに射撃場で狙撃を練成した。この射撃場の最大射程(マックスレンジ)である1200メートル射座(しゃざ)。射撃を重ねる毎(ごと)に、全てがオレに馴染んでいく実感があった……妙な視界も、いつもは着ることのない変な外套も、ずっと前からそうだったかのように思えたし、着弾点は拳の大きさに収まっている。準備が、完了した。



 日が落ちてからは訓練場最寄りのホテルの一室――大佐の部屋で、前日最後の打ち合わせをする。地図上で兵棋(へいぎ)を動かし、実行の流れを確認した。不測事態の対処についても、用意された幾つかの計画を基に、地図と兵棋で認識を統一した。狙撃で撃ち殺すという元々の討伐作戦も単純だが、不測事態の対処についても極めて単純だった。怪異退治の専門と言っても、そこはやはり軍隊なんだな、と納得する……兵隊が実行を担う以上、計画も命令も単純が一番だ。


 解散後、二人部屋に戻ろうとした時にサメだけが呼び止められた。オレは待っているつもりだったけれど、先にシャワーでも浴びててくれ、と言われたので先に戻る事にする……他意の無い言葉だと解ってはいるけれど、勝手に頭の中でその言葉が何度も繰り返される。


 やがて頭の中の悶々としたものが振り切れなくなってきたので、季節外れの冷たいシャワーを浴びて霧散させて……ベッドの上で寝転がってサメを待っている内に、寝落ちてしまった。そこからは疲労のせいか、サメに起こされるまで熟睡することが出来た。


 まだ朝の3時半とは言え、最高の朝。窓の外に広がる片田舎の静かな薄暗い風景を眺める。オレは本当に嬉しくて仕方が無いのに、どんどん心が鎮まっていくのを感じる……斥候狙撃兵(オレたち)の性(さが)だった。獲物に近づくにつれて冷めていく心は、任務が求める必然だった。


 計画通り、0400にホテルを後にした。猿森(ましらもり)演習場に向かう車の後部座席に、サメとオレが座っている。無駄に広いと感じていた車内空間も、使用する器材を詰め込んだ今となっては必要なものだったと理解できる。荒れた道をゆく車、その積載物と、オレたち乗員……全てが一体の怪異を殺す為に動いている。無駄は一片もなく、削ぎ落とされた機能だけがあって……その先端が、オレだ。オレが、やる……いつもより肩に力が入ってしまったその時、不意にサメが肘掛けに置いたオレの手を握った。顔を見るといつもの笑顔で、



「ゴメンな、ちょっと緊張してきたから……着くまで、こうさせてもらうよ……」



 いつかのような、下手な芝居を見せられる。優しい女房には何でもお見通しだった。

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