第四章 白鳥 (八)退治
「特務小隊、第二班……」
当然、初めて耳にする部隊名だった。それは怪訝な顔をしているユキも、同じに違いない。そんな様子は気にも留めず……僕らに座るよう促してから、大佐は続ける。
「そうさ……先に言っておくが、第一班は何? とは聞かないでくれ。ボクも知らないから、答えようがない。」
大佐は合間にコーヒーを一口含んで唇を潤し、更に続ける。
「ボクが君たちに教えられるのは……特務小隊第二班は、軍に係る怪異――妖怪だの悪霊だのの類を退治する専門部隊だって事だよ。小隊長が誰かも、今は知らなくていい。」
ここに来て、急に胡散臭い話になってきた……さっきまで白鳥大佐を信じていた気持ちまで揺らぎそうになる。隣のユキはやや俯いて伏し目がちになり、眉間に指を当てている……何かに迷っている時の癖だった。どうやら、不安な気持ちも二人一緒らしい。
「ま、ま、そういう反応は慣れているから大丈夫だよ。そうでしたか、では早速、怪異退治にでも行きましょうか……なんて言われる方が、ボクはよっぽど怖い。」
ハハハと笑いながら手元の携帯電話を操作しつつ、大佐は言った。それから間もなく、背後からコツ、コツ、と踵で絨毯を叩きながら接近する音が聞こえる。その気配は僕とユキのすぐ後ろで止まった。
「……失礼します、お呼びでしょうか。」
どこか聞き覚えのある声に後ろを振り向くと、そこには……新兵教育隊で同じ班員だった、相馬の姿があった。大佐と同じ制服の下士官用だろうか、襟には伍長の階級章が付いている。思ってもみなかった再会に僕は内心驚いていたが、どういう訳かユキは全くその表情を崩していない……その視線を感じたのか、
「……オレは先に会ってたし、車の中で一緒だったから……もっとも、ここで何をしているのかまでは聞いてなかったけどね。」
そう言った。どうやら、あの怪しい車の仕切りの向こうの前席に二人は座って居たらしい。なるほど、僕が龍見の父と会う前……ユキと駅で分かれてすぐ、大佐は先にユキと接触したのだろう。そして車にユキを乗せてから巽重工のあの場に現れた、という事か。
「久しぶり、鮫上君。怪我は痛々しいけれど、元気そうで良かった……何より、兎川君と今も仲良しで本当に嬉しい……龍見さんに娶られてたらどうしよう、って心配してたのよ。」
「安心してよ相馬さん。サメはもう、すっかりオレの女房だから。」
「おいユキ、止めないか……大佐の前だって忘れていないか?」
当の大佐はハハハ、と心底おかしそうに笑っている。ユキの言を聞いた相馬も、大変満足気な様子で表情を緩ませている。何とも不思議な空間になりつつあった……ここは本当に、国防の中枢を担う庁舎の一角なのだろうか。やがて、笑いの収まった大佐が
「その辺の詳しい話はまた聞かせてもらうとしてね……相馬家は代々、祓い屋の家系なんだ。彼女にはボクの下で働いてもらうために入隊してもらって……一任期で陸軍を除隊、それからここで一緒に働いているんだよ。」
「改めまして、相馬祝歌伍長です。ここでは情報収集から後方関係まで、あらゆる裏方業務を担当しています……私には祓い屋としての適性は無かったけれど、知識だけはあったから大佐からお声掛け頂いたの。これからよろしくね。」
よろしくお願いします、と頭を下げつつ……何だか嫌な予感がした。相馬が一人で裏方業務をやっている、という事は班の人員数は少ないはずだ。班というからには10人前後居るとは思うが、今居る4人を除いてあと6人……その6人がきっと、軍の祓い屋とやらなのだろう。そう考えていると、
「これで4月からの班員が揃ったね、めでたいなぁ相馬クン。」
「そうですね、やっとですよ……あ、全員分のコーヒー淹れてきますね。」
不穏なやりとりを残して、相馬はキッチンの方へと去ってしまった。もはや、確かめずにはいられなかった。
「あの、大佐。第二班の人員は……。」
「今はボク以下2名。それでやっと、4月から4名さ……そうさ、君たち二人には怪異退治の前線でバリバリ活躍してもらうつもりなんだよ、ボクは。」
大佐は朗らかに笑っている。それとは対照的に、隣のユキの表情は明らかに戸惑っている。それはそうだ……きっと僕もユキと似たような顔をしているに違いないだろう。やはりそんな事には構わず、大佐は続ける。
「とは言ってもね、安心して欲しいのは……毎回、相手を仕留めるだけが仕事じゃないんだ。事前の調整によって回避出来るのは全体の8割くらいだから、荒事は2割くらいだね。」
なるほど、何も安心できない話だった。僕もユキも、そういう割合の話が気になっているのではないはずだ。今まで見たこともない妖怪相手に、どうやって立ち向かうのかが知りたい。そもそも、僕らの目に捉えられるモノなのだろうか。
「大丈夫さ鮫上クン、そんなに心配そうな目をしなくても……ほら、昨日だってボクにあんなに熱視線を送っていたじゃないか。」
ユキの僕を見る目が批難がましいモノに変わるが、僕の意識はそちらには向けられなかった……昨日の特急電車の車窓から見た、いや、見させられたあの異形の鳥……頭が二つ、片方は白くて、後は艷やかな黒。妖しい目。それがどうにも……目の前の大佐と出会った時から、頭の中で結びついてしまっている。だとすると、大佐は……
「そう、君の察しの通り……君が窓から見ていたのはボク自身だよ。ボクは、人間じゃない。理由もなく悪さはしないけど、怪異の一種と言って間違いないよ。」
大佐の作り物のように美しいその造形も、理外の存在であるならば納得できるかもしれない……僕は大佐の言葉を待った。話に置いていかれているユキは、不安げな表情で大佐と僕の顔を見比べている。
「ボクは双頭烏……いやまぁ、大した存在じゃないんだ。少し先の未来……それも、凶兆のみが見えるだけさ。少しだけなら、神通力も使えるけれどね。」
「……では、大佐の予言を基にして怪異を退治するか、あるいは調整によって無害化する……その実行役が自分たち二人。そして、その実行の為に大佐から何らかの神通力を与えられる、ということでしょうか。」
やがて相馬が大佐と僕におかわりを、ユキと自分に新しいコーヒーを用意して戻ってきた。大佐は新しいコーヒーを受け取ると、そのまま口に運んだ。細い喉をコク、コク、と鳴らして二口程度飲むと、ソーサーに静かにカップを下ろしてから、
「半分は正解……ボクの予言の情報を基にして、第二班は怪異の調査に動き出す。事前調整で怪異を無害化できればそれで良し、駄目なら排除する。でもあと半分はちょっと違うかな……怪異でも特別製の銃弾であれば誰でも排除出来るし……鮫上クンはもう、持ってるからね。」
持っている? 何を持っているというのか……僕には最近、失った物ならあるが……
「鮫上クン、君の右目……失ってから、視界が変になった事はないかな?」
「……視界が白黒に見えた時がありましたが、医官は心因性のものではないか、と……」
「いいや、それは開きかけているのさ。だから昨日、ボクの方から覗き込んだ時に……君からボクの姿が見えたんだよ。ボクの側から一時的に抉じ開けたんだ。」
荒唐無稽な話に聞こえた。根拠など無かった。それでも無条件に信じざるを得ないような、不思議な説得力が大佐の語り口にはあった。
「鮫上クンの右目にちゃんとした処置をするんだ……そうすれば、理外の者どもを見ることが出来るようになる。そして鮫上クンが目となり、それを基に兎川クンが怪異を狙撃で仕留める訳だよ……どうだい、君たちの従前の役割に当てはまるところがないかな?」
まだ解らない事が多いが、大佐は僕とユキを斥候狙撃兵のように運用するつもりのようだ。僕が目となり、ユキが狙撃する……かつての目標、叶えた夢、そして最近になって失ったはずの生き方。そうなると、もう顔を見なくても解る……ユキはきっと、それを望むだろう。
「……解りました。まだ勝手もわかりませんが、尽力します。」
「ありがとう、期待しているよ。それで、まだ君たちがボクの部下じゃないのは重々解っているんだけれど……ちょっとひとつだけ、手伝ってもらいたい仕事があるんだよ。正式な配属前のお試しだと思ってさ……やってくれないかな? はじめての、怪異退治を。」
なるほど、これは良い試金石になるかもしれない……僕らにとっては、新しい組織でやっていけるかどうかの。大佐にとっては、僕らが見込みに足る人物であるかどうか、の試金石だ。しかしながら、まだ軍に所属している身としては心配な事もあった。
「わかりました……しかし、命令はどうされますか?」
「問題ないよ。ちゃんと正規の命令を切って、君らの上級部隊を経由して、君の中隊まで支援命令が発令されるよ……安心していい、命令には怪異退治だなんて書いてないから。」
怪しいとはいえ、そこはきっちりと軍隊なのだな……と感心していると、
「二人とも、張り切っていいよ。何と言っても今回の相手は……君の目を奪った者だからね。それをみんなで敵討ちと行こうじゃないか。」
またしても、僕の知らない話が飛び出した。あの日の事故は、大佐にとって――理外の者にとっては、事故ではなかったらしい。自然と僕とユキの背筋が伸びた……何も聞き漏らすまいとして、大佐の言葉を待つ。
そんな僕とユキの様子を見て、大佐は微かに笑った。




