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除隊  作者: 丸隈
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第四章 白鳥 (七)特務

 龍見クンご苦労でした、後はこちらで引き受けよう……そう言うなり大佐と思わしき人は、僕を本部長室から連れ出した。じゃあ行こうか、と歩き出す後ろ姿に僕は付いて歩いている。今の状況を飲み込めてはいないが、とりあえず従っている……こ(・)っ(・)ち(・)で(・)や(・)る(・)、というからには何らかの続きがあるのだろうから。


 脇目も振らずに社屋内をズンズンと進む大佐……らしき人。階級章の割には若く見える……せいぜいが20代半ばで、30まではいってないはずだ。身長は165センチメートル程度で、ショートボブの髪色は抜けるように白かった。外見から性別はわからないし、どちらとも取れるような声。陸軍の制服とは異なる漆黒の制服は、仕立ては片前合わせ(シングル)で、同じ色でも海軍の仕立て(ダブル)とは違うものだった。初めて見る制服に、ひとつの疑念も湧く……ひょっとして、何か騙(だま)されているのではないか。会社ぐるみで何か企(たくら)んでいるのではないだろうか、と。


 不安を余所(ヨソ)にエレベーターで階層を変え、ズンズンと進み……別のエレベーターに乗って、やがて地下の駐車場らしき場所に出る。そして一番近くに停めてあった大型のバンのスライドドアを手元の電子錠(キー)で開けると、大佐は乗り込むように僕に促した。それはいかにも怪しい車で……全てがスモークガラスで、運転席さえ内部が窺(うかが)えない。ありふれた民生タイプの車両のようでいて、微妙に全体的な厚みが増している……その違和感の正体は乗り込む時に解った。この厚みは防弾仕様、それも小銃弾なら耐えられるほどの代物だ。


 その車は内装もまた異様だった。乗り込むと後部座席は二座しかなく、空間を持て余すほどにやたらと広い。そして前席と後席は仕切り壁とスモークガラスで区切られている。怪しさを感じずにはいられない仕様だった。乗り込んで奥側――左側の座席に着くと、その隣に大佐も座った。やがて電動でゆっくりとドアが閉まる。



「ふぅ〜、やっとこれで話が出来るね、鮫上クン。この中なら、誰にも聞かれないからさ……いやゴメンね、急に引っ張り回して……大変だったろう? 前日入りして貰っているからね、ご足労掛けたなぁ。何か飲むかい、熱いコーヒーも冷えたシャンパンも出せるけど……」


 途端に、軽薄そうにペラペラ喋りだした。あまりの変わりように面食らっていると、


「そうだ、自己紹介もまだだったね……ボクは、白鳥(しらとり)。白鳥大佐とか、大佐って呼ぶといい。所属については話をしてからにしよう。いきなり言っても、訳わかんないだろうからさ。」


 大佐はそう言うと、冷蔵庫となっているコンソールから水のペットボトル二本取り出して、その一本を僕に手渡した。ありがたく受け取りはしたが、この場で飲むことは無いだろう……まだ、目の前の人物は自称大佐に過ぎない。


「大丈夫、解ってるよ。ボクだって君の立場なら、こんな胡散臭(うさんくさ)い話なんて信用しないさ……車にだって乗らなかったかもね。でも本当に、鮫上クンは優しいなぁ。ありがとうね。」


 大佐は笑いながら手元で携帯電話を操作する……と、車のエンジンが始動して緩やかに走り出した。どうやら、前席には人が乗っていたらしい。いよいよ何となくの流れのままに、拉致(らち)されている感じになってしまった。ふと左側のドア付近を見やったが、この手の特殊車両であればドアを内側から開けられない可能性もある。


「フフフ、そうだよ……今、そっち側は開かないようになってるからね……だから、外に飛び出そうかなんて考えなくていいよ。いや、大丈夫さ。ちゃんと話が終わったら……そうだね、君の可愛い子ちゃんとの逢瀬までには、さっきの最寄り駅には返してあげるからさ。ちょっと付き合ってよ、鮫上クン。」


 どうにも全ては、この大佐の掌(てのひら)の上にあるようだった。短慮(たんりょ)を起こしてはいけない場面には違いない……どうせなら、聞くべきことは少しでも聞き出してみよう。どうやらこの大佐は、僕に何かをさせたいらしいのだから。率直に聞く。


「大佐は、自分に何をお望みでしょうか。」


「ハハ、そういう真っ直ぐなのって、とても良いね……凄く、ボク好みでいいな。そうだね、それならボクも……真っ直ぐに鮫上クンにお願いしようか。」



 そう言うと大佐は、手に持っていたペットボトルを置いて身体ごと顔をこちらに向け、真剣な眼差しを向ける。奇妙だった……多かれ少なかれ人間は左右の顔が違うものだが、大佐の顔はどこまでも左右対称に感じられた。それに切れ長の目、形の良い鼻、蕾(つぼみ)のように奥ゆかしい唇、シミひとつない白い肌……どの造形(つくり)も完璧すぎるが故(ゆえ)に、人間味を感じられずに、精巧な人形のようにすら見える。その唇で、大佐が囁(ささや)く。


「ボクの部隊においで。一緒に仕事をしよう……ボクのところでなら、引き続き軍隊で仕事が出来るよ。君の能力は色んなところに聞いて回ったから……そうだな、伍長(ごちょう)からのスタートでどうかな。それがボクの望みさ。」


 嘘を語る口ぶりには見えなかったし、当初の軽薄さもない……しかしながら、これが本当の話だという確信もない。どうしたものか、と思った時に車が停車した。


「巽のトコから近いからね、すぐ着いてよかった。さ、降りようか鮫上クン……ボクの執務室に案内するよ。判断するのはそれからでもいいからさ。」


 スライドドアが開いて、大佐に続いて車を降りると……そこは映像でしか見たことのない、国防省の正面玄関であった……どうやら、その車寄せに停車したらしい。後ろを振り返ると、広大な儀仗(ぎじょう)広場の敷石(しきいし)が広がっている。大佐に連れられるまま庁舎内を歩いて、エレベーターに乗り、また歩いて……複数あったセキュリティゲートは、車から降りた時に大佐から渡された一時パスで通過した。そうして辿り着いた部屋には、ルームプレートが掛かってない。



 大佐は扉を開けると、僕に入るように促す……足を踏み入れると、かなり広い部屋であることが解った。入って正面には立派な机が鎮座しており、その手前には応接用のソファセットがあるが、この部屋は更に左右に広い。左右ともに部屋の空間は広がっているが……その先は、仕切りによって視界が遮られている。


「ま、ま、とりあえず座ってよ鮫上クン。今、コーヒーでも淹れてあげるからさ……」


「いえ大佐、自分がやりましょう。座って居て下さい……茶器棚(ちゃきだな)はあちらに?」


 ここまで来ると、目の前の人物は大佐を騙る不審人物だ、とは言えなかった。ともすれば、僕には兵として相応しい態度が求められるはずなので、そう申し出た。


「じゃあ、優しい鮫上クンにお願いしようかな……そうだよ、そっちの仕切りの先に茶器棚と小さいキッチンがあるから。ボクのは砂糖3杯にミルクハーフでお願いね。」


 言われた通りに部屋の右側の仕切りを避けて入り込むと、生活空間が広がっていた。小さなキッチン、テーブル、ダイニングチェア、ベッド、キャビネット、ロッカー……その更に奥にはトイレや洗面所、シャワーブースなどの水周りの設備も見受けられる。僕はコーヒーを淹(い)れる準備をしながら、頭の中を整理した。


 今日の面接は、最初から大佐が僕を試す目的で計画した事に間違いはないだろう。そうしてお眼鏡に適ったのか、僕は大佐の部隊とやらに勧誘されて……今はその大佐の執務室に居る。執務室というか、半分は居室のような妙な部屋に。大佐の部隊とやらはまるで解らないけれど……少なくとも、連隊長から中隊長に話が行って、そこから繋がっている流れであるのなら、僕さえ良ければ受けても問題はないのだろう。


 コーヒーを準備してソファへと戻ると、大佐は一人掛けのソファに座って何やら携帯電話を操作していた。邪魔にならないように、失礼します、と告げてからソーサーを置いて、続いてコーヒーカップを乗せる。それから僕の分を3人掛けのソファの前に置いてから、お盆を脇に抱えて着席した。


「ありがとう、鮫上クン……うん、コーヒーの腕前もバッチリだね。さすがにここまで調べてなかったけど、こりゃ儲けもんだな。」


 一口飲んでそう笑ってからカップを下ろし……姿勢を正して、大佐は僕に告げる。


「さて、ボクが騙(かた)りでも何でもない、現役の大佐である事は信じて貰えたと思う。それで……実際にボクの部隊が何をやっているのか、という話をしたいんだけれど……本当に申し訳ないが、先に決めてくれないか。一緒に働くか、何も知らずこのまま帰るか、を。」


 知り合ってまだ間もないが、ここ一番の真剣さで大佐は僕に問う……大佐は僕を買ってくれているようだし、軍に居られるというのなら悪い話でもないのだろう……だが、どうしても。僕にはどうしても考慮しないといけない点がひとつだけあった。


「……大佐、少しお時間を頂いてもよろしいですか?」


「時間を貰ったら何をするんだい、鮫上クン。例の可愛い子ちゃんにお電話かな?」


 見透かしていたかのように言う大佐。あぁ、そうさ。そうだとも。


「そうです、僕の一番大事な――可愛い旦那にだけは、話を通しておきたいんです。」


 ハハハハハ! と無遠慮に、気持ちいいぐらいに大佐は笑った。笑いながら


「おい聞いたか兎(・)川(・)ク(・)ン(・)、本当に君たちは仲が良いな! 羨ましいぞ!」


 思ってもみない発言に後ろを振り返ると部屋の左側、その仕切りの隙間からユキが赤い顔でこちらを伺っていた……一体、いつから? 振り向いたままで固まっていると、


「兎川クンとは先に話をさせて貰ってね……彼は、鮫上クンと一緒ならどこへでも行くと……それこそ地獄でも一緒にと言い張って聞かなかったんだよ。だからボクはね、迎え入れるなら二人一緒にと思っているんだけど……どうかな、鮫上クン。」


 なるほど、既に一番大きな外堀は埋められていたようであった。ユキはいそいそと近寄ってきては僕の隣に静かに座った。どうやら後は、僕が決めていいらしい。


「わかりました、白鳥大佐……我々二人を、大佐の下でお役立て下さい。」


 立ち上がり、頭を下げる……気配で、隣のユキも同じようにした事が解った。


「よろしい! ならば君たち二人は……表向きは、来年3月に陸軍を除隊する。その後、僕の部隊――特務小隊第二班員となってもらおう。そして僕が特務小隊第二班長の白鳥大佐だ……名は白鳥冥(くろう)という。よろしく頼む。」



 凛(りん)とした声は、福音のように感じられた。

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