第四章 白鳥 (六)面接
巽重工業株式会社――国内有数の軍事産業会社であり、艦艇や装甲車、誘導兵器から、航空宇宙システムまで幅広く担う総合重機械企業。潮風が香る、中央の湾岸沿いに置かれた巽重工業株式会社の本社社屋前に、僕は冬制服を着用して立っている。ここに居並ぶ中央の建物はどれも、地面から生えていると言うより空に突き刺さっていると言う方が正しい気がした。
現在時刻は指定時間の10分前……最寄り駅で分かれたユキは今頃、駅ビル辺りの喫茶店で遅めの朝食を摂っているだろう。ここでの面接が終わり次第合流して、その後の予定は午後の特急電車に乗るだけ……つまり午前一杯は、中央で自由に過ごせる予定だ。それを楽しみにしているユキの為にも、さっさと終わらせてしまおう。
近づいて行くと、洗練された造りの受付が確認できる……あそこで要件を伝えれば、必要な案内を受けられるはずだ。略帽を脱いで肩章の間に差し込み、二枚の自動ドアをくぐり抜けて受付へと歩みを進める……途端に、右斜め後ろの死角から声を掛けられた。
「鮫上丈様ですね?」
即座に踵を返して正対する。目の前に現れた女性は、歳の頃は30歳前後だろうか……身長は僕よりもやや低く、女性にしては長身の部類である。首に下げた社員証は裏返っているため名前を知る由もないが、そのストラップのロゴが関係者であることを表している。黒のパンツスーツに白いシャツ、黒いパンプス……髪は後頭部低めの位置で団子にしてあり、出で立ちは質実剛健そのものと言ってよかった。纏った雰囲気も法執行機関の者か、軍人のそれである。拳銃を携行していても全く不思議ではない。
「はい、本日面接を受けさせていただく鮫上です。よろしくお願いします。」
「ここから私が案内させていただきます、どうぞこちらへ……」
相手は挨拶も無しに案内に入ったが、不快には思わなかった……僕の前を先導している女性は、あまりにも顔立ちや雰囲気が彼女に似ていたから。ともすれば人目につかないところで、その辺りは明かされるだろうと推測できた。連れて行かれるままに歩いていると、やがて基数の少ないエレベーターホールに行き当たった。空いている一台に二人で乗り込み、扉が閉まる……エレベーターが静かに、滑らかに重力に逆らい出した瞬間、
「申し遅れました。龍見晶の姉、龍見伊織です。この度は、申し訳ございませんでした。」
一息にそう言って、頭を下げている……想像していた通りで、やはり龍見の肉親であった。頭を下げたままで微動だにせず、一向に頭を上げようとしない。だから、
「申し訳ありません、自分……私には一体、何の事かわかりかねます。おやめ下さい。」
未だに私、という一人称に慣れていないのが露呈してしまったが、どうにかしらを切る事が出来た。それを受けて、龍見の姉を名乗る目の前の彼女が姿勢を正す……龍見によく似た強い意志を感じる眼差しと正対した。やがて彼女は僕の目を見据えたまま、
「今、お連れしているのは私と晶の父――龍見誠、国防事業本部長の執務室です。お気付きかもしれませんが、これは通常の面接ではありません……先般の事故についても私たちは全てを知っておりますので、そのつもりでお話されて問題ありません。」
おぉ、龍見の父親はそんなに偉かったのか……通常の面接ではない、という事は本当に就職の面接ではあるのだろうか? 知っているから問題ない、という事なら……
「……つまり、本部長の前で表向きの話はしなくていい、という事でしょうか?」
彼女が黙って頷くのと、扉がポーンと音を鳴らして開いたのは同時だった。エレベーターを降りてから、また先導に従うままに歩く。歩きながら考えていた……彼女が言っている事は、本当だろうか。どうも、僕にはそう思えない……軍も軍事産業会社も、あまり根っこの気質は変わらないのを、これまでの経験から感じている。どちらも建前を大事にする……例え多くの者が真実を知っていたとしても、大っぴらに建前をぶち壊す奴は居ない。
そして仮に嘘だとして、目の前の彼女に何か得でもあるのだろうか……そこまで考えてから思い直して、考えるのを止めた。どうも性に合わない。相手がどう言おうと僕はまだ軍人だ、軍の語る真実と合致しない話は囀りたくない。本当は向こうも何も知らないかもしれないし……それに問題ありません、という事は最終的にどう振る舞うかは、僕が決めていいはずだ。これは、僕の面接らしいのだから。
やがて先導の足が止まった。その手の指し示す先に木製の扉があり、ルームプレートに国防事業本部長、と記されている。廊下の絨毯の色も赤に変わっているあたり、やはり軍と親和性があるな、と内心で納得した……ならば、この部屋における僕のなすべき振る舞いも、自然と決まる。ノックを受けて中からどうぞ、と反応があった。
「失礼します。」
入室して扉を閉めてから、回れ右で向き直ってお辞儀をする。その部屋の最奥には僕と同じ背丈ほどで灰色の髪の、50代後半くらいの男性が立っていた。軍歴のある人物であろうことは、その立ち方で推察できた。おそらく僕のために用意されたであろうオフィスチェアとその男性の間は、重厚な艶めきを湛えた机で隔てられている。オフィスチェアの横まで前進して、足を止めてから一息に言う。
「本日はお時間をいただきまして、ありがとうございます。鮫上丈と申します……よろしく、お願いいたします。」
「お待ちしていました。巽重工業株式会社、国防事業本部長の龍見誠です……今日はよろしくお願いします……どうぞ、お掛け下さい。」
失礼します、と断ってから手提げをオフィスチェアの横に静かに置いて、着席する。姿勢を正して目が合ったその瞬間、向こうから
「まず、この度は本当に申し訳無かった。」
龍見の父は座ったまま、頭を下げている。しかし、付き合うつもりはなかった。
「申し訳ありませんが、何の事かわかりかねます。」
ゆっくりと顔を起こした彼は、なおも続ける。
「先程、案内の者から聞かなかったかな? その件についての真相を私は知っているんだ……君のその目に関係する、事故の話だよ。だから、ここでは気にせず話していい。本当に、家の娘が迷惑を掛けた……謝って済むような事ではないが、まずは謝らせて欲しい。」
心底、申し訳ないと思っている気持ちが見て取れるようであった……身内の失態を謝罪する肉親の言葉そのものなのだろう。きっと、全てが演技ではないはずだった。
「ですから、何のお話かがわかりません……この右目は、私の不手際でこうなったものです。何か、誤解されているのではないでしょうか。」
躱す。付き合わない。
「先月29日の手榴弾投擲訓練で起きた事故の件だよ、君も勤務員で参加していただろう? 私の娘――晶が、投げ損じた手榴弾によって、その目を失ったはずだ。」
なおも食い下がる。
「申し訳ありませんが……軍の訓練等の内容について、ここでお話することはできません……私は、答える立場にありません。」
元軍人であろうが部外者に訓練の内容や事故があった事をベラベラ話す奴はいない。躱す。
「聞いてくれ、君の言う建前ならわかっていて……その上で話をしている。君の安全係としての勤務に問題が無かった事は知っているし、娘を助けてもらったという風に私は思っている。それが建前上、今回の件が君の不手際となって収束して……懲戒処分まで受けて任期除隊することになった、と知ってしまうと……私としてはどうにかして、君に報いたいと思うのだ。」
情に訴えかけるような語り口となってきた事はさておき、本当に何でも知っているんだな……と素直に感心するが、顔には出さない。付き合わない。
「申し訳ありませんが、私の回答は変わりません。」
「本社で採用しても良い、と思っているんだ。あるいは、希望があれば関連企業でも良い……全国どこにでも関連企業はあるから、君の出身地で働く事もできる。それに加えて、今回の件の慰謝料として5000万円を支払おう。鮫上君……どうか謝罪を受け入れてもらえないか。こちらに非があるにも関わらず、謝罪も出来ないとなると、我々一族の面子にも関わる……」
ぶら下げられた人参が一斉に飛び出してきた。おぉ、なんと魅力的な提案だろうか……普通ならば受けてもよかったのかもしれない……でも。僕はまだ、軍人であった。
「覚えもないのに謝罪など受けられません。私は、軍人です。」
少なくとも、あと3ヶ月と少しの間は。
そこから少しの間……2、3分の間は、部屋の中を沈黙が支配した。龍見の父は静かに僕の目をジッと見据えているが何も言わず、僕もその目をジッと見返すだけで、言葉のやり取りは何も発生しなかった。部屋は壁が厚いのか外からの音が聞こえることもなく、ただただ静寂の中に僕は居た。
――ガチャ
静寂を切り裂くように、部屋の扉が開く音がした。この部屋に一つしかない、先程僕が入ってきた扉だろう。勿論、面接中なので僕は振り向かない……が、龍見の父は違った。顔を上げて闖入者を確認するや、まるで新兵のように凄い勢いで立ち上がった。
「直接お出でになられるとは……申し訳ありません。只今、面接が終わったところです。」
龍見の父は硬い口調で、まるで兵が報告するかのように言った……本社における本部長が、このような対応をする相手となると役員だろうか。そんな風に考えていると、
「ご苦労さま……君が鮫上クンか。途中から聞かせてもらったけど、面接は合格だね。」
どちらの性別とも取れぬ年若い声の主が、後ろからコツコツと靴音を立てて、近付きながらそう言った。何を言っているのかは解らないが、僕は何かに合格したそうだ。立ち上がって声の主に正対する……その目に、見覚えがあった。迂闊にも、その動揺を目に出してしまった。
「おや、察しも良いんだね鮫上クンは……昨日振りだね?」
見知らぬ制服に身を包んだ人物……かろうじて解る物は、大佐の階級章だけだった。




