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除隊  作者: 丸隈
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第三章 龍見 (七)雌雄

 それからも私は軍格闘の課目の度に、鮫上に勝負を持ちかけた。もはや意地だった。それを鮫上は嫌な顔ひとつせずに受け入れてくれたし、手加減することなく毎回私を打ちのめした。あんまりにも勝てないので、軍格闘指導員の助教に教えを請う事さえあったが……そうやって新しく仕入れた攻め口も、狙いを見破られてその場で対応されるのがいつもの流れだった。


 もはや、鮫上の事をいつも考えている……どうすれば意表を突けるか? 鮫上の苦手とする攻め筋は? どういう試合の流れなら私の持ち味を活かせるか? そんな事をずっと考えて、鍛錬して、練り上げてはまた鮫上と試合をする……10メートル四方程度の狭い空間の中で、二人きり。周りに誰が居ようと私たちだけの世界だ。そこで私は、短期間ながらも練り上げた成果を鮫上に叩きつけるし、鮫上は私の付け焼き刃の努力を容赦なく叩き潰す。


 幸せだった。終わらせたくなかったあの続きを、何度も繰り返すかのようだった。それに、鮫上は試合が終わった後には決まって助言をくれた……狙いは良かったけれど見過ぎているから目線でバレるぞ、だとか、毎回私の良かったところと問題点を事細かに教えてくれるのだ。


 私の気持ちを知った上で、私が強くなる為の助言をしてくれる鮫上……もしかして鮫上は、私に倒されたがっているんじゃないかという歪んだ考えさえ浮かんだ。だが、そんな都合の良過ぎる勝手な思い違いは、すぐに掻き消されてしまった。



 変化は、2回目の野外訓練の後だった。なぜかその訓練以降、鮫上の傍には常に、と言ってもいいくらいに兎川が居るようになっていた。同じ訓練班の一員で、女性と見紛う程の容貌を持つ、小柄な男性隊員だ……運動全般が不得意であまり社交的ではない、程度の認識しかない班員だった。


 そのうち、他の班員から寄せられる様々な情報を断片的に聞く事になった……曰く、二人は互いを相棒であると公言している事、斥候狙撃兵なる特技に向けて一緒に練成をしている事、毎朝四時から練成しているらしい事、外出可能となった週末も二人で練成ばかりしている事……そういった話を聞かされる度、私は内心では正気で居られなかった。



 私が先に見つけた……いや違う、これは早い者勝ちではない。



 求婚までした……それも違う、私はお願いの条件を満たしていないから資格はない。



 それでも私の気持ちを知っているはずなのに、どうして他の人と相棒になるのか……これも違う、鮫上には自由意志があるのだから、何の資格のない私にはやはり咎め立てできない。



 全部理解していた。私には二人の内の一人だって責める正当性など存在しない。そのことを理解した上で、ただただ兎川が妬ましかった。私も鮫上と二人だけで練成したかったし、何かひとつの同じ目標に向かって互いを高め合いたかった。週末の自由時間に、外出など出来なくても二人きりで体力練成もいいだろう。それらを叶えた兎川が、本当に羨ましかった。


 それでも、私にはまだ機会がある。鮫上との勝負に勝つことができれば、私は鮫上との未来を手に入れられる。そうとなれば私は女で、鮫上は男だ。男の身である兎川には出来ない事が私には可能だ……未来を、紡げるのだ。それだけが、唯一の心の拠り所だった。



 それは野外訓練後の器材整備中だった。ひたすら手を動かすだけの、頭を使わない作業。暇を持て余した同じ訓練班の男が、鮫上と兎川がいつも一緒に居る事をからかいだした。お前らデキてんじゃないだろうな、と笑う男の言葉に、黙ってしまった兎川の表情は固く、暗いものだった。軽口の範疇だと思ったし、私が何か言う問題でも無いと思った。心のどこかでは牽制になって丁度いい、とすら考えていたかもしれない……いずれにせよ、きっと鮫上が軽く受け流すだろう、そう思っていたが


「羨ましいか、ダメだぞ? ユキは僕と一緒に斥候狙撃兵になる、女房役だからな……あれ? 違うか、サポートするのが女房役だから、僕の方が女房だったか。」


 お前のようなガタイのいい女房がいるか、とからかっていた男が鮫上に突っ込んで、それを受けて皆が笑った。軽妙なやり口でその場の皆を笑わせて……鮫上は、からかう同期から兎川を守ってみせた……皆? 


 いや、私は笑えなかった。ガタイのいい女房云々はどうでも良い。私に向けられた言葉ではないし、確かに私もガタイが良いが……きっと鮫上に尽くす良い女房になれるだろうと思っているから、外野の声は気にならない。


 それよりも笑えなかったのは……鮫上自身が兎川との関係性を女房と表現したことだった。相変わらず私には資格がないし、早い者勝ちでもない。何も文句は言えないのだけれど、求婚までした相手が……愛する男が、違う人間を、それも男を女房だと公言する場面を見せられるのは、本当に辛いものがあった。密かに舌を噛んで、耐えるしかなかった。



 本当に、妬ましかった。今すぐにでも兎川に代わって欲しいと思った。そのためならば私の持てる全てをなげうっても構わないと思うが、それで代わってもらえない事も理解していた。二人の間に何があったのかは知らないが、きっかけはあの夜の特別状況とやらだろう。きっと兎川はそこで鮫上の心根に触れたはずだ。そうして強く惹かれた結果、今の状態に納まっているに違いない……ならば、兎川が手放す訳がない。私も兎川も、鮫上に執着している。


 ならばやはり必要条件は変わらず、私は鮫上に勝たなければならない。新兵教育の間に勝てなかった場合、配属先が異なったら勝負を続けられない……これは避けねばならない。不本意ではあるが実家を頼る他無い。どんどん手段を選ばなくなっている、私自身の変化を感じる。




 ふと気になって、ちらりと一瞬、兎川の表情を盗み見た……鮫上を見つめる兎川の横顔は、この場の誰よりも可憐な女の顔をしていた。

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