第三章 龍見 (三)使命
私は間違いなく、大抵の世の人よりも恵まれた環境で育てられた。実家は本家筋ではないにせよ、国の軍事産業を支える巽重工業……その創業家の一員であったし、私もそれに相応しい環境を与えられてきた。当然、生活に困った事は無いし、両親からの愛情も惜しみなかった。とりわけ父は教育への投資を惜しまなかったし、習いたい事は何でもやらせてくれた。
龍見の家は武門でもあり、親族は誰にでも軍歴があった。軍隊で装備品を運用した経験等を活かして、いずれは巽重工本社か関連会社に入り、開発や運用試験に携わる……経営に携わる本家とはまた違う形で、一族を支えているのが私の実家だった。
私はその生まれに感謝して、誇りに思っていた。私も父や兄姉のように軍で経験を積んだ後、一族の会社において、国を守るという崇高な使命の一端を担うのだ……これが私の使命なのだ、と信じていた。
身体も鍛えようと、武道を幼少の頃から習っていた。186センチメートルにまで達した恵まれた体躯もあり、大学在学時に地区大会で優勝するなど、武門に恥じない活躍をした。また、現代はまさに誘導兵器の時代であったため、大学ではシステム工学を専攻し、センシング技術を研究した。身体と頭脳を、使命のために作り上げていく充実感を感じていた。
いよいよ軍への入隊を申し込む段になって、初めて親と意見が分かれた。父は自分と同じように士官候補生からキャリアを始めるべきだと主張したが、私が兵卒からキャリアを始めたい、と言ったためであった。私は現場で動く一兵士の目から見た軍隊を知った上で、将校になりたいと思っていた……そうなると当然、この順番は逆順にはできない。
何度も話し合った結果、結局父が折れてくれた……上等兵になってからすぐ、士官候補生の選抜試験を受ける事を条件に、私の兵卒からのキャリアスタートが認められた。私はワクワクして……まだ見ぬ同期たちと、国防について語り合う日を待ち遠しく思っていた。
そうして、地区の新兵教育隊に入隊した。そうして始まった、時間に追われる生活の中でも、隙間時間で同じ大部屋の女性新兵たちと会話をする……その中で、私は言いようのない違和感を感じ始めていた。とにかく、話が噛み合わない。
とにかく、誰も国防の事など特に興味がなかった。国を取り巻く安全保障環境や、世界情勢にも疎い始末であった。入隊した理由は大抵が、保証された生活と給与であった。自身の信念で入隊した、という者は誰一人居なかった……そういった気持ちはないのか、と聞いたところ、昔の軍人っぽくて面白い、と笑われた。完全に冗談だと思われていた。
女性新兵だけという訳ではなく、同じ訓練班の8名の男性班員も同じだった。これにはいささか失望したし、その時は本当に……父の言う通りに士官候補生から始めるべきだったか、という考えも頭を過ぎったりもした。そうであれば、話も噛み合ったのではないだろうか、と。
この状況をどうするべきか……しばらく悩んだ私は、思い直した。これは、試練なのだと。同期は支え合い、高め合うものだと教官陣も常に言っておられた……つまり私はこの教育期間を通じて、同期である彼らの素養と精神を高めるべきなのだ。そう信じた。
決めた私は、さっそく実行に移した。戦闘訓練で動きが悪い者には大声で叱咤し、体力練度不足な同期には特別メニューを組んだ。試験前に基準に満たなさそうな者に補習を用意した。もちろん、特別メニューも補習も一緒にやるつもりだった。合間合間には軍人として必要な諸知識を精神教育として教授した。とことん付き合って、彼らを導くつもりでいた。
だが、反応は芳しくなかった。班員は疲弊しているようにも見えたが、私は止めなかった。恨むような目付きで見られる事もあったが、それでもいいと思った。例え恨まれようと、私のやっている事は正しいのだと信じていたから……睨んでいた奴も、きっと後で改心するだろうとさえ思っていた。そんなある日、
「なぁ龍見……なんか君が最近始めたやつ、やめにしないか?」
訓練後の小銃の整備中にそう話しかけてきたのは、同じ訓練班の鮫上二等兵だった。私よりも幾分か小さい……180センチメートルに少し足りないくらいの、特に目立つところのない5つ年下の男だった。私の隣で毛布の上に広げた小銃の部品を磨きながら、続ける。
「龍見が今やってることは、教官陣がやることなんじゃないかな……僕らからしたら、仲間が減って教官が増えたみたいなもんで、堪らないなぁ……」
こちらを見るでもなく、部品をブラシで磨きながら、笑ってそう言った。その態度にカチンときた私は、されど努めて冷静に、鮫上の目を見て返した。
「しかしな、鮫上二等兵……同期は支え合い、高め合うものだと教官陣も常に言っておられるだろう。私が同期みんなの素養と精神を高めるのは、悪い事だろうか?」
「支え合って高め合うって、そういう意味じゃないと思うけどな……大体、龍見だって僕らと同じ新兵じゃないか? その立場で教官の真似事は荷が勝つよ。」
相も変わらず、部品を触りながら笑ってそういった。こちらをチラリとも見もしない。いい加減、冷静さを保てなくなりそうだった。とっくに私の手は止まっていた。こちらを見向きもしない鮫上の目を睨みつけて言う。声が段々抑えられなくなる。
「鮫上二等兵、私は大真面目だ、本気でやってるんだ。確かに教官には劣るだろうけれども、私は今現在、この班で一番優れた戦闘員だと自認している。その私がやっている事を、真似事などと断ずるのか!」
気がつくと、周りの班員までもが手を止めてこちらの様子を伺っていた。カチャカチャと音を立てているのは、小銃の組み立てに移っていた鮫上だけ。その顔はもう、笑っていない……目線は小銃にあるが、何かを考えているような表情に見えた。やがて、最後の部品をパチン、と組み終えた鮫上が、ようやく私の目を見て言った。
「つまり、龍見が一番じゃなかったら……やめてくれるって事でいいか?」
強く、鋭い眼差しだった。普段は目を細めて大抵笑っているこの男の、見開かれた強い意志の込もった目を見るのは初めてだった。一瞬、気圧されるかと思ったが持ち直す。
「どういう意味だ、鮫上二等兵……私に何かで勝てると思っているのか?」
「うん、軍格闘でもいいかな?」
今度こそ馬鹿にされているか、こいつは自棄になっていると思った……ならば私としては、この男を完膚無きまでに叩きのめして、私の正当性を証明しなければならないだろう。
「よし、いいだろう。軍格闘で決着をつけよう。もし万が一にでも、私が負けたら……貴様の言うところの真似事は止めよう、約束する。それで、私が勝ったらどうするんだ?」
その言葉を聞いた鮫上はキョトンとした顔をして……やがてハハハ、と小さく笑い、
「そうだなぁ、その時は……何でもひとつ、言う事を聞いてあげるよ。」
目を細めて笑いながら、そう言った。
鮫上と私の、始めの約束だった。




