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除隊  作者: 丸隈
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第二章 兎川 (七)修練

 それからのオレたちは、いつも一緒に過ごしていた。週末の休みに外出が解禁された後も、二人で体力練成に励んだ。教官陣から許可を取って、毎日0400から走った。強度が物足りなくなったら背嚢を背負い、そのうち模擬小銃も担いで走った。教官陣から斥候狙撃兵(スカウトスナイパー)の教育に関する情報を聞いたり、その伝手(つて)で教育に参加した先輩隊員に話を聞きに行ったりもした。水泳も必要とわかれば、(わず)かな時間でも駐屯地内のプールに通った。軍格闘はサメに習った。力量も体格も違いすぎるけれどオレは本気で取り組んだし、手加減せずに応えてくれるサメがありがたかった。


 あんまり一緒に居るものだから、冷やかすヤツも居たりした。お前らデキてんじゃないか、と面と向かって同期にからかわれた時……オレはどうやって返して良いのか解らずに何も言い返せなかったけれど、サメは笑いながら


「羨ましいか、ダメだぞ? ユキは僕と一緒に斥候狙撃兵になる、女房役だからな……あれ? 違うか、サポートするのが女房役だから、僕の方が女房だったか。」


 そう言ってのけて、それを聞いた同期たちはお前のようなガタイのいい女房がいるか、と皆して笑った。それ以降、そいつらはすっかりオレたちの目標を応援してくれるようになった。誰も傷付けない、サメの振る舞いが嬉しかった。


 兵科の希望調査には第三希望まで記入欄があったが、一番上に歩兵科としか書かなかった。用紙の余白に、鮫上二等兵と同じ歩兵連隊に行けないのなら軍を辞めます、とまで書いたら、さすがに呼び出されてしまった。教官からは目標としている事も、それに向けて頑張っている事も知っているが……と付け加えた上で、苦言を呈された。それでもオレは懲りずに、二回目の希望調査にも同じ事を書いた。再び呼び出される事は無かった。


 夏には5日ほどの休暇が与えられた。行動計画の全てを駐屯地での練成にして提出したら、教官から、根を詰めすぎると駄目だ、息抜きで実家に帰るか外泊でもしてこい、とまで言われて行動計画を突き返された。同じ予定で提出したサメも同様だった。


「ユキはどうする、実家に帰るのか?」


 オレにとって実家は、もう帰る場所ではなかった。だから、あの夜に伝えられなかった家の話をポツポツと話すと……サメはオレのまとまりのない話を静かに聞いてくれた。そして全てを話し終えた後、サメは少し考える素振りを見せてから


「二人で旅行でも行こうか。真ん中で1泊2日の旅行をして、その前後は練成にしよう。」


 そう言った。その旅行……オレが初めて経験した旅行は一生の宝物になった。いつまでも、この日の事をオレは思い出すだろう。誰にも触れさせない、オレの宝物だ。



 休暇が終わると、新兵教育の終わりである9月末まで一直線だった。相変わらずの忙しない日々だったけれど、毎日が充実していた。その日々の結末として、念願叶ってサメと同じ歩兵連隊への配属が決まったことは、何より嬉しかった。夢が、繋がった。


 歩兵連隊の同じ歩兵中隊に二人で着隊してからも、オレたちは練成を続けた。一等兵に昇進していたが、特技訓練に参加できるのは上等兵から、と聞いていたので、より一層練成に励んだ。時折、軍格闘練成隊の面々がサメを攫っていく時もあったが、そんな時はオレもその中に混じって練成に参加した。そこで他中隊に斥候狙撃兵が居るらしい、と聞くや先輩方の伝手を辿(たど)って、手土産持参で話を聞かせてもらいに行ったりもした。あらゆる手段を使って、二人で牙を研ぎ続けた。



 初めて斥候狙撃兵課程に挑んだのは、入隊2年目の10月だった……3ヶ月程度の期間中、毎日のように参加者が脱落していった。オレよりガタイの良いヤツらでもバタバタと脱落していく……ここに至るまでに積み上げた物、その全てが試されていると感じた。サメもオレもどうにか保っていたが、あと3週間の時点でサメが脱落したのには衝撃を受けた。


「ユキ、本当にすまない……僕は来年必ず取得するから、最後まで頑張ってくれ。」


 しおらしい顔でそんな事を言う、原隊に帰る前のサメから失敗した状況を聞き出したあと、教官陣や同じ課程の参加者から効果的な対処方法や訓練方法を聞き出して情報を集めた。そうしてあと1週間で課程修了となった時点の、本当に最後の最後の場面で……オレは失敗した。故意(わざと)だった。絶対に、一人でここを修了したくなかった。


 原隊復帰のため乗り込んだトラックの中でオレは、集めた情報と修了直前の段階で得られた情報を元にして練成計画を作り上げた。駐屯地に到着するなり出来上がった計画を持ってサメの居室に駆け込んで、来年こそ取得するぞと迫った時のサメの驚いた顔と


 「今じゃ僕は、すっかりユキに助けられてばかりだな……待っててくれてありがとう、ユキ。来年こそ一緒に決めよう。それで来年こそ、ユキは僕の女房に……あれ? 逆だったか?」


 感謝と混乱から、サメが口走った言葉が忘れられなかった。助けられるばかりだったオレが、サメを助けることができているという事実が、対等な相棒となったことを実感させた。間を置かずにまた二人で練成を始めたが、それ以外でも決して手は抜くことはなく……演習も軍格闘競技会も特別勤務も、誰にも何も文句は言わせなかった。歩兵としての責務を果たした上で、その余暇の全てをオレたちは練成に注ぎ込み続ける。



 そうして入隊3年目の12月に、そこに至るまでに傾注した努力の全てが結実した。サメとオレは二人して斥候狙撃兵課程を修了した。付与された特技徽章(きしょう)は互いで制服に付けあった。同一単位で行動するため、別々だった居室は一緒にして貰った。軍という公の組織において、サメとオレが一セットであると認められた……幸せだった。


 目標を達成したところでオレたちは足を止めない。技術と身体能力の維持のために、相変わらず朝早くから二人で走っていたし、他部隊の教訓が共有されれば、すぐに自分たちの練成に取り入れる……課題はいくらでもあったし、失敗して試行錯誤するのも楽しかった。


 入隊4年目の7月、連隊対抗演習に初めて斥候狙撃兵として参加した時は本当に楽しかった。二人だけで戦場を駆けて、指揮官を狙撃で潰しては移動し、観測で砲迫火力を誘導しては敵の砲迫陣地や段列(だんれつ)を潰しては姿をくらませ、敵地を散々に引っ掻き回してから二人で無事に生還してきた。オレたちの持てる全てが活かせた日だった。




 こうやって二人でずっと生きていくのだと、オレは信じて疑わなかった。

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