第二章 兎川 (三)回収
オレの防弾ベストをすっかり準備すると鮫上は、助教……つまりは教官陣の中の下士官のところへ行こう、と言うなり足早に歩き出した。オレよりずっと一歩一歩の歩幅が大きい鮫上の後を慌てて追うと、オレはほとんど小走りになっていた。そして鮫上は助教の天幕を見つけるやいなや、失礼します、と大声を掛けて入っていった。すぐに後を追って飛び込む。
「新兵教育隊、第一区隊第三班、鮫上二等兵以下2名、事故報告に参りました!」
天幕の中の助教たちの目線が鮫上に集中した。やがて、第三班の助教が近づいてきて、鮫上に正対して止まった。助教たちも一日中オレ達と共に歩いていたはずだが、その身体は活力に満ちあふれているように見えたし、眼光はギラギラと鋭かった。事故報告、という言葉もあってか、その表情は固い。身体を貫くような、張りのある大きな声で助教が言った。
「鮫上二等兵、報告せよ。」
「はい、報告します! 鮫上二等兵は本日の行軍訓練中に、弾倉二本及びそれを収納した弾倉ポーチ一個を紛失しました!」
ここに来てようやく、鮫上が何をしようとしているのかを理解した。なぜかはわからないが、オレの失態を被ろうとしている。今まさに鮫上が助教に報告している内容は、明らかな嘘だ。しかしながら、それは嘘だ、とこの場の状況ではとても言い出せなかった。天幕の中の雰囲気が、入ったときよりも重くなってきているのを感じている。
「紛失に関して心当たりはあるのか? 今現在解っている情報を全て言え。」
表情を変えることなく、助教は更に問う。
「はい! 最後にこの目で確認したのは夕の携行食を食べた時です。点検し、背嚢に仕舞ったので間違いありません。最後に背嚢の同じ箇所を開いたのは、この集結地から4行程前……約14キロメートル前の休止点です。雨が上がったために雨衣を背嚢に仕舞おうと開きました。よって、その休止点で落とした公算が高いと考えます。」
鮫上も淀みなく答えた。聞いた話をまるで自分のものかのように、助教たちの居並ぶ前で堂々と語ってみせた。他の助教達は地図や行進表を広げたりして、何かを話している。少しの間を置いて、班の助教は更に問う。
「それで、お前はどう解決すればいいと思う? 何か考えがあるなら聞いてやろう。」
「はい! 夜の演習場は危険であるため、大勢で行くのも単独で行くのも適切ではありません。よって、自分と兎川二等兵は最後の0300から0400の不寝番の組であるため、この二名で回収に向かいたいと考えます。現在時は1930、装備次第ではありますが、不寝番の勤務開始までに弾倉等を回収して現在地まで戻ってこれます。」
「装備次第? お前まさか、ジャージ上下で行けるとは思っていないだろうな?」
鮫上が曖昧にした言葉の端に、すかさず助教が食いついてきたが、
「はい! 原因を作った自分は小銃、腰回り装備品と背嚢で向かいます。しかしながら、付き合わせてしまう兎川二等兵は、可能な限り軽装で向かわせていただきたいと考えます。」
すぐに応える。鮫上は一体、この会話の流れのどこまでを予測しているのだろうか。やがて助教は少し待て、と言って天幕から出ていった。オレ達は二人して天幕の中、直立不動の姿勢のまま、他の助教の奇異の目に晒されながらも待つ。体感で10分程度で戻ってきた助教は、戻るなり手にした地図をオレ達に渡しながら告げる。
「いいだろう、お望みの特別状況だ……いいか、あくまで訓練としてやるぞ。装備品の回収をお前達二人で実施せよ。回収地点は地図上に示す通りここから13.8キロメートルの地点。装備については、鮫上二等兵は軽機関銃、腰回りの装備品、背嚢だ。兎川二等兵は小銃と腰回りの装備品のみ。ここまでいいか?」
「「はい!」」
「よろしい。今から班員に説明してから準備して、1958にまたこの天幕に来い。2000にこの天幕から出発できるようにな。それから、次に来た時に携帯無線機を渡す。渡した地図上に示した地点を通過した時と、回収完了時に報告しろ。それで、帰ってきたら帰隊報告と共に無線機を返納しろ。いいか?」
「「はい!!」」
「よし行け!」
「鮫上二等兵以下2名、要件終わり、帰ります!」
そうして天幕を出た後はバタバタだった。走って戻るや、鮫上は班員達を集めて説明した。話が既に教官陣に通っている事もあり、また何より他の班員に累が及ぶことも無かったので、大体の班員の反応は薄かった。きっと、丸一日歩き通しだった行軍訓練で班員もボロボロだったというのもあるだろう。
唯一ギャンギャン文句を言っていたのは、この集結地に着いてから組長の役職についていた龍見二等兵くらいのものだった。組長である自分に何も言わず教官陣に報告した事について、鮫上を責めている。そんな龍見をなだめつつ準備を進めている鮫上を見ていると、オレは本当に申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
慌ただしく用意を整えてから1958に助教の天幕へと戻ると、装備品の点検を受けた。鮫上が持たされることとなった軽機関銃は、7キログラムほどもあった。樹脂製の部品が多い3.5キログラムの小銃と比べると、より金属の塊感が強いこともあって数字上よりもずっと重く感じられる代物だった。
次に携帯無線機を渡される。無線機の通話法は、前回の野外訓練で習ったばかりであった。助教が00で、オレたちが01。助教の手元の無線機と連絡通話をして、導通を確かめる……異状なし。これは背負子に無線機本体が付いているタイプなので、背嚢が無いオレが背負う。こうして、出発準備が整った。
2000、月も見えない曇天の夜空の下、助教たちに見送られながらオレたちは静かに集結地を出発した。多くの同期が眠りに就こうとする中、二人だけの特別状況が始まった。




