願い事
『…ここは?』
目を覚ますと、辺り一面真っ暗な場所にいた。
とりあえず周囲を確認するために周りを見回すと、1人の人がこっちに向かって近づいてくるのが分かった。
『あら、目が覚めたのね。おはよう。』
見覚えのある声に姿。
小説の中のハンナ様だ。
初め、ハンナ様に身体を返すために頑張っていた。
けど、今は
『おはようございます。ハンナ様。ここはどこですか…?』
『ここはわたしが作った精神世界。あなたとはもう1度話したいと思っていて、呼ばせてもらったの。』
『わたしを、現実世界に返してくれませんか。待たせている方がいるのです。』
『……ダメよ。まだ返せない。』
いつもはそんなことを言わないはずのハンナ様は、珍しく否定的な意見を言った。
前話した時は、どちらかといえば、わたしを応援しているように感じた。
だけど、今はハンナ様の考えていることがまるで分からない。
『どうしてでしょうか。』
『あなたの記憶を消すためよ。』
『っ?!』
衝撃だった。
どうしてこんなことを言うのか。
ハンナ様は、わたしのことを尊重してくれている。
ということは、今回の行動もまた、わたしを思ってくれてのことなのかもしれない。
でも、その理由が分からない。
『何故記憶を消そうとするのですか。せっかく思い出せたのに…。』
『…これはあなたにとっていらない記憶よ。幸せな記憶はこれから作っていけるけど、辛い記憶は簡単には消えない。だったら、もういっそのこと忘れてしまった方が楽になれるわ。辛いことなんて、思い出さない方がいいじゃない?』
ハンナ様の言っていることは、正しいと思う。
しかも、記憶を消そうとするのも、わたしを気遣ってしようとしてくれているのだと分かった。
だったら尚更、わたしは自分の意思を伝えるべきだろう。
『確かに、楽にはなれます。ですが、記憶を消すということは、これまで過ごしてきた人生を否定してしまうようで嫌なのです。わたしの人生は、他の誰でもないわたしが受け入れてあげたいんです。ハンナ様の人生も、わたしは否定したくありません。』
真っ直ぐにハンナ様を見つめると、しばらくした後、ハンナ様はやれやれと言った様子で笑った。
その笑顔はとても可愛くて、やっぱり当分はハンナ様を推し続けたいなと思う。
『分かったわ。本当にあなたは、何でもやってのけるんだから…。なら、代わりにあなたのお願いを聞いてあげる。あなたの精神世界に入れるのもこれが最後だから。』
あまりに唐突な発言に驚く。
『どうしてですか…?』
『あなたが、私の代わりに幸せになってくれたからよ。私は死んだの。なのに、次に目が覚めた時にはわたしは天にいた。そして、あなた…未来がわたしになってた。』
ここまで言われて気がついた。
ハンナ様は、ここが小説の世界だということを知っているのではないだろうか。
仮にそうだったとしても、わたしもハンナ様も、懸命にここで生きてきた。
だから、ここが現実なのは変わらない。
ここで生きている正真正銘の1人の人だ。
『初めは上から見てるだけだったんだけど、神様がわたしが無事に成仏するまでは、干渉を許すって言ってくれたの。だから、わから私の代わりに私の人生を歩んでくれてる申し訳なさから、幸せな記憶だけで未来の傷を埋められたらと思ったんだけど、未来は予想以上に強かったのね。』
天だとか神だとか、信じられない単語がいっぱい出てくる。
でも、全て本当のことだと思う。でないと、説明できないことが、今起きているのだから。
ここで1つ、わたしの頭の中に疑問が浮かんだ。
『…成仏の条件は、何だったのですか?』
『あなた(私)が幸せになること。』
これで全て合点が言った。
ハンナ様が幸せに拘るのは、成仏するためだったんだ。
だったら、素直に最後の願いを言うことにしよう。
『願い事、決まりました。ハンナ様が無事に成仏出来ますように。これが、わたしの願いです。』
『…!…ふふっ、私は無事に成仏出来るから、あなたのためになる願いを言いなさい。』
わたしのためになると言ったって、これはわたしのためになるのだけど、他の願いがあるとするならば、1択しかない。
『では、ルーカス様を元気にしてあげてください。わたしが目覚めた時、ルーカス様の目の下にクマがあったんです。…これは、わたしのためになるお願いですよ。』
『ッハハ…!あなた、本当に欲がないわね。…分かった。私からすれば、あの人は憎い人なんだけどね。未来のお願いだもの。聞いてあげるわ。』
すっかり忘れていた。
そうだよね。ルーカス様は本来、ヒロインと結ばれて幸せになれる。
それをわたしが横取りしたということは、ヒロインはどうなったの?
申し訳なさとルーカス様と一緒にいたいというわたしの我儘がぶつかる。
『あの、やっぱり…!』
わたしが願いを取り下げようとすると、ハンナ様はわたしのおでこに人差し指を当ててきた。
『余計なことは考えないの。あなたはあなたの幸せだけを考えて生きれば良い。』
『分か、りました。』
ハンナ様が言っていることは、簡単なように見えて、とても難しいことだ。
ハンナ様も、それを分かって言っているはず。
『はい、じゃあもうお別れね。早く行かないと、ルーカスの精神が壊れちゃうわ。』
『はい…。あの、ありがとうございました。次は、幸せな人生を歩んでくださいね。』
お願いではなく、ただの我儘。
それでも、幸せに生きてほしい。
わたしに幸せをくれたハンナ様に、同じように幸せになってもらいたい。
『ありがとう。あなたも、幸せな人生を歩みなさい。もう誰も、あなたを邪魔することはないし、出来ないから。』
ハンナ様のこの言葉を最後に、ハンナ様はいなくなった。
代わりに1つだけ、光が見えた。
すぐに分かった。
あの光が出口なんだと。
出れば、もう2度と、ハンナ様には会えない。
ハンナ様には、感謝しても仕切れないな。
『さようなら。』
わたしはこれから、ハンナとして生きていく。
見てくださりありがとうございました!
いよいよハンナ、目覚めます!




