天国と地獄(公爵視点)
「団長、何か良いことあったんですか?」
「…いや、なんでもないんだ。」
しまった。
今は見張りの真っ只中だというのに、つい表情が緩んでしまう。
ハンナが、パーティーが終わった後に話があると言ってきたのだ。
おそらく、返事をくれるのだろう。
そわそわしてしまって仕方がない。
仕事の時はいつも表情を変えないのに、今回ばかりは無理だ。
俺が自分の心を落ち着かせていると、皇宮の中がだんだん騒がしくなっていった。
さきまでダンスの曲が流れていたというのに、何が起こったのか。
見に行きたいが行けない。
俺の仕事の場所は扉前だ。
心配ないはずだが、何故か胸騒ぎがしてならない。
的中してほしくない俺の胸騒ぎが現実になってしまうのは、早かった。
会場の中で1人の女性の悲鳴が聞こえた。
外の守りを任されていた他の騎士達も、何かあったのかと俺に聞きにきた。
「見にいってくるから、少し待ってろ。」
どうか俺の不安が杞憂に終わりますように。
扉を開けると、貴族の連中が円になって1つの場所に集まっている。
貴族が口々に「刺されたのか?」「誰か騎士を呼んでこいよ!」「だが当然の報いじゃないのか?」「これまで男を誑かしてきた人でしょ?」
嘘だ。
嘘だ嘘だ。
呼吸が荒くなっていく。
信じたくない。
この目で見るまで、信じるものか。
大勢の人間を掻き分けて、やっと辿り着いた場所で見たものは、俺がこの世で1番見たくないものだった。
「…ハンナ!!!」
嫌だ。
信じたくない。
これが現実だというのを、信じたくない。
「お前らはそこで突っ立って何をしている。さっさと治癒師と医者を呼べ!」
何故、ハンナがアディノール侯爵にもたれて倒れている?
何故、ハンナの胸部に、ナイフが刺さっている?
何故、何もしていないハンナが、こんな目に遭わなければいけないんだ…?
ハンナの元へ走って近づくたび、疑問ばかりが頭に浮かんだ。
俺がハンナの元へ駆け寄り、顔を見せると、ハンナの目の奥が安堵で包まれたような気がした。
そして、見間違いでなければ、ハンナは俺に、【愛しています】という口の形を作った。
「どうして…今なんだよ……!」
俺が言った言葉が聞こえたのか聞こえていないのか、ハンナは俺の頬に手を当てた。
そして、にこっと笑ったのを最後に、意識を失った。
「…っ__!ハンナ!ハンナ!!」
どれだけ強く叫んでも、ハンナからの返事は返ってこない。
いつもなら、「はい」と返事が返ってくる。
なのに、何故、返ってこないんだ…。
「ルーカス!」
俺の名前を強く叫んだ奴。
ディランだ。
「夫人は!」
「………助けてくれ…。ハンナを助けてくれ。」
「落ち着け…!お前はやらないといけないことがあるだろう。治療はこっちでするから先にやらないといけないことを終わらせろ!」
普段は声を荒げないディランが俺に向かって怒鳴っている。
そうだ。こうしている場合じゃない。
「騎士団員に継ぐ…。アンナ・アディノールを牢屋へ入れろ。そして侯爵を保護しろ。」
「「はい!」」
この騒ぎを聞きつけて、アイザックとグレースも会場に戻ってきた。
2人は別の騎士から説明を受けていた。
腹を立てるべき人物を間違えていると分かっているのに、どうしても、この2人に苛立ちを覚えてしまう。
こいつらがここへ招待しなければ、ハンナが辛い思いをすることはなかった。
今は、顔を合わせられない。
逃げるように会場を去った俺は、ハンナの姉がいるであろう牢屋へ向かった。
何故こいつがハンナを刺したのか、聞かねばならない。
「おい」
「なに」
ぶっきらぼうに返事をしたこいつの目は腫れていた。
つまり、泣いたということ。
「何故ハンナを刺した。」
「私がハンナを意図的に刺すわけがないじゃない。この世でたった1人の妹なのよ?本当は、父を殺すつもりだった。」
「じゃあこの結果は何なんだ?」
大体は予想がつく。
なにしろハンナのことだ。
分からないはずがない。聞かなくても本当は分かる。
だが、聞かずにはいられないんだ。
「ハンナが…前に出てきて……父を殺しても、解放される訳じゃないって言って、父を庇ったのよ。」
予想した通りだった。
ハンナは、父を見捨てきれなかった。
「お前は、父を殺したかったのか?。」
「……そんな訳、ないじゃない。」
「分かった。処遇はまた数日後に言い渡す。」
ハンナの姉はなにも言わなかった。
俺もこれ以上は同じ空間にいたくないため、次の目的地に向かって歩いた。
後ろからは啜り泣く声が聞こえてきただけだった。
本当に後悔しているのだろう。
だからと言って、許すつもりは毛頭ないが。
そうこうしているうちに、目的地に着いた。
「入るぞ」
扉を開けると、いきなり侯爵が俺の両肩に触れてきた。
「ハンナ…ハンナは無事なんですか!!」
今更親ヅラしているこいつに反吐が出る。
あれだけ酷い目に合わせておいて、よくもまあそんなことが言えたものだ。
本当に腹が立つ。
「俺も分からない。…お前は何故、手塩にかけた娘に刺されようとしているんだ?」
「…私が、ハンナを追い込んでしまった。だから、ハンナが望むなら、死を持って償おうと思いました。」
俺の肩から手を離した侯爵がそんな発言をする。
こいつは何も分かっていない。
「お前、本当に自分の娘が父親を殺したかったと思うのか」
「もちろんです。自覚はしています。それくらい、娘達に辛い思いをさせてしまったということでしょう。」
くだらない。
ずっと大切にしてきた娘の気持ちも分からないのか。
なんとも滑稽な人だ。
自分の利のため欲のために動いた時点で、アンナとハンナにとって、そこは家ではなくなっていた。
牢屋だ。
アンナは心の自由を奪われ、ハンナは心と身体の自由を奪われた。
それでも
「じゃあ、何故ハンナはお前を庇った?何故アンナは『死んで』ではなく、『解放』と言った?その理由が、お前に分かるか?侯爵。」
初めて矛盾に気がついたのだろう。
侯爵はその場で立ち尽くしてしまった。
だが関係ない。
早く終わらせて、一刻も早くハンナを見に行きたい。
「ハンナとアンナにとって、お前が唯一の親だ。それくらい分かれ。だからハンナは、見捨てられなかったんだよ。お前はハンナを捨てたのにな。」
「…っ」
我ながら酷い言葉だ。
だが良い機会だろう。
ハンナを捨てたこいつに腹が立つのは、ハンナの姉が抱いている気持ちと何ら変わりない。
「落ち着いたなら邸宅に戻れ。」
「…!待ってください。せめて、1度だけでもハンナの様子を見に行かせてください。」
こいつがハンナの様子を見るなんて言葉を言うのもおこがましい。
言動1つ1つに腹が立つ。
だから、最後の願いだと思って、聞き入れることにした。
見てくださりありがとうございました!
次話も見てくれると嬉しいです!
もう少しだけ物語は続きます!




