欠けた何か(公爵視点)
「……行くぞ」
「はい。」
長い長い廊下を渡っている間、俺と侯爵に会話はなかった。
する必要もない。
そうして着いた部屋の扉を開けると、そこにはカーテンで囲まれたベッドが1つと、椅子にはディランが座っていた。
ディランも俺と侯爵に気が付いたようで、こっちを見た。
「ルーカス…」
「ハンナの容態は…、!」
つい焦ってしまう。
侯爵の前でこんな姿を晒すなんて考えられないが、今はそんなことをぼやいている暇ではない。
「…最善を尽くした。だけど、いつ目覚めるかは分からない。」
「……そうか。」
「それと」
それだけなら、まだ良かった。
目覚めるかもしれないという希望を持つことが出来た。
だが、現実はそう甘くはなかった。
「ナイフに…記憶を封じ込める魔法が付与されていた。どこまで封じられているかも分からない。封じられた記憶を思い出す可能性は……極めて低い。」
「…は」
俺の口から出たのは、それだけだった。
その後の俺の行動は覚えていない。
気が付いたら、知らない部屋にいて、次に気が付いた時には朝だった。
しばらくして、そこが皇宮の客室であることが分かった。
"ハンナ、ハンナは…?"
俺を動かしていた何かが壊れる音がする。
呼吸が苦しい。
涙が止まらない。
歩くのさえままならない。
俺はこんなにも弱い人間だったのか。
守ると言ったのに守れなかった。
守りたいものも守れないのに、何が騎士団長だ。
戦力もある。
権力もある。
財力もある。
公爵家には全てが揃っていた。
だから、ガルシア公爵家でなら、ハンナを幸せに出来る。
なんて思っていたのが本当に恥ずかしい。
実際はどうだ。
いざと言う時には全く助けられず、酷い目に遭うのを見ているだけ。
俺は何1つ守れやしない。
何故貴族どものために俺が身体を張らないといけないんだ。
あいつらはナイフを持っているやつを見て観戦していたというのに。
そんなやつを、俺はこれからも守らなければいけないのか…?
今までは、騎士の仕事にある程度誇りを持っていた。
国を守れた、国民を守れたという達成感が得られたから。
けど今は、分からない。
国民というカテゴリーに、貴族も入っているのがどうしようもなく憎たらしい。
俺はどうすれば良い?
こんな時、ハンナならどうするんだ?
教えてくれよ…。ハンナ
扉を開けてカーテンを横にずらすと、血の気のないハンナの姿があった。
生きている気配が感じられない。
手を握ってみても、その手はダラんとベッドの上に落ちただけ。
いつも温かいハンナの手が冷たい。
いつも握り返してくれるハンナの手が、今ここにはない。
俺の何かが大きく欠けているようだ。
こんなことなら、騎士団長の座も、公爵なんて爵位も全部いらなかった。
唯一幸運だったのは、ハンナに出会えたことくらいか。
「ハンナ、愛してる。」
それから
1週間
・
・
2週間
・
・
1ヶ月
・
・
・
2ヶ月
・
・
・
3ヶ月
・
・
・
俺がどれだけ絶望しようが、仕事は変わらずやってくる。
騎士団長としての仕事と公爵家の仕事。
全て投げ捨ててハンナの側にいてやりたいが、目が覚めた時にハンナに尽くしたいので、金を稼ぐために働いている。
公爵の威厳も、騎士の誇りも、全てどうでも良くなっていた。
そしてあの一件以来、世間のハンナへの印象はガラッと変わった。
売女、極悪令嬢という評判から、家族のために自分を犠牲にしたことから、女神やら一角な人(それ相応に優れた人物)やらと言った評判へと変わった。
不快極まりない。
手のひら返しにも程がある。
いや…俺も人のことなんて言えないな。
手のひらを返したのは、俺も同じだ。
その分生涯をかけて尽くすつもりでいる。
ちなみに、ハンナは邸宅のベッドに寝かせている。見舞いも欠かさない。
というか、1日のほとんどはハンナが寝ている寝室で仕事をしている。
ディランも3日に1度、ハンナの様子を見に来ていた。
記憶を封じ込める魔法をどうにかしようと奮闘してくれていた。
だが結果は無惨にも、魔法が解けることはなかった。
「ハンナ、今日は久しぶりにアイザックとグレースが来てくれた。とても心配してたんだ。…お前のいない未来なんて見えてこない。」
今日はつい、弱音を吐いてしまう。
無理もない。
ハンナが眠って3ヶ月。
ハンナを好きになってからは、不眠症も改善されてゆっくり眠れていた。
それは多分、ハンナが俺を安心させてくれたからだ。
けど、ここ3ヶ月、全く眠れない。
もうこのまま起きないんじゃないかと、つい悪い方へと考えてしまう。
今日だけは、ここでなら眠れる。そうしたら、また明日から頑張るから…。
見てくださりありがとうございました!
次話も見てくれると嬉しいです!
いよいよクライマックスです…!




