憂鬱な夢(公爵視点)
ーコテンー
「…?…ハンナ?」
「スゥー、スゥー…」
やはり疲れていたのだろう。話しかけなくて正解だった。
彼女なら気を遣って会話をしてくれようとしただろう。
…にしても、俺の肩に頭を預けるのは反則だ。
可愛すぎて仕方がない。
ハンナは男をなんだと思ってるんだ。少し分からせた方が良いのか?
いや、待て待て。分かってるはずだ。俺だからこそ信頼し、すやすや眠ってる。
そう思わないと理性なんて当に切れてる。でも今は返事をもらっていないし信頼が失われるのは怖いから手なんて出せない。
本当はもっとたくさん触れてずっと好きだと言っていたい。
悲しいことや辛いことがあれば半分背負わせてほしいし、嬉しいことがあったら一緒に喜びたい。
俺や他の奴らがつけた傷を俺が癒してあげたい。
元々好きになったのは性格だが、そもそも男を誘惑する女だと言われてなんの違和感も持たないくらい美人なのだ。
性格が可愛くてかっこいい、顔は美人ってハンナは一体どうなってるんだ?
そんなハンナを精神的にも物理的にも傷つけたあの父親と、知っていて何もしなかった姉を許すことはないが、唯一産んでくれたことだけは感謝する。
髪色はあの父親と同じだったが、目の色は違った。アディノール侯爵が緑色の目なのに対し、ハンナは青色の目だ。
おそらく母の目の色を受け継いだのだろう。
透き通った青色で、その目で見つめられると時々不思議な気持ちになる。
ハンナはその綺麗な目で俺を見つめる時、何を見ているのか。
俺の顔なのか、表情なのか、気持ちなのか。
はたまた違う何かなのか。
ハンナにとって俺を好きになる要素があるだろうか。分からない。だが、ハンナは俺に甘い。
現に、俺がハンナに膝から降りると言われてテンションが下がったのを察したのか、代わりに隣に座ると言ってくれた。
今もゆっくり寝てるのを見ると嫌われてはいなさそうだから安心だ。
とはいえまたあの時のように出ていかれるのではないかと毎日心配になる。
部屋を同じにするのは、ハンナに嬉しい返事を送られてからしようと思う。
実らなかったらもっと自分を磨いて、もう1度告白するつもりだ。
何度だってしてやる。彼女に認められるまで。
ハンナのことになると、俺の頭の中は忙しいな。
自分のことなのに思わず苦笑してしまう。
俺はいつからこんなに人肌を恋しく思うようになったのか。
答えなんてすぐに出た。
ハンナが人を頼っても良いと言ってくれた時からだ。
"俺はあなたへの好きを抑えられそうにない…"
「愛してる」
そう呟いて、俺は目を閉じた。
夢を見た。
ハンナが、俺の元から去ってしまう夢。
ハンナは手ぶらだ。
俺が与えたお金も、服も何も持たずに、ただ邸宅から出て行こうとする。
まるで、俺と過ごしたことをなかったことにするかのように。
『あなたが今までわたしに何を言ったのか、何をしたのか、覚えていますか?』
『すまなかった…!謝罪だけじゃない!俺がこれから変わるから!だから行かないでくれ…』
『あなたなら、わたしなんかよりも、もっと良い方を見つけられます。さようなら。』
俺はどこで何を間違えてしまったんだろう。
そんな分かりきったことを考えたって今更どうしようもないのに。
初めて会った日。あの日の時点で俺は、間違いを犯しているんだ。
そんな俺の側にいてくれだなんて、本当は言うべきじゃない。
告白もするべきなんかじゃない。
だが、俺はハンナがいてくれないと、息の仕方さえ忘れてしまいそうで。
『待ってくれ…』
「…様」
どれだけ俺が懇願しても
『行くな…!』
「ーカス様」
縋るような言葉を吐いても、彼女は歩みを止めない。
『ハンナ…』
「ルーカス様!」
「っー!ハンナ…?何故ここに…」
ハンナは、出て行ったのではないのか。
「何故って、皇宮の帰りです。大丈夫ですか?とてもうなされながらわたしの名前を呼んでいました。わたしは何かしてしまいましたか?」
そうか、全部夢だったのか…。
やっと状況を理解した俺は、思わずハンナを抱きしめてしまった。
「…?!」
本当に夢なのか確認したかった。ハンナという存在が、今ここにいるのか、俺の元から去った訳じゃないのか。
騎士団長なのに、みっともないな。
こんな姿をハンナに見せてしまっていることが、1番みっともない。
「すまない…少し、ほんの少しでいいから…。」
俺が弱々しい声で言うと、ハンナはわたしの背中に手を回して、抱き返してくれた。
そして、あやすように俺の背中をトン、トン、としてくれる。
「どんな夢を見たかは分かりませんが、大丈夫ですよ。わたしはここにいます。」
「行かないでくれ…」
ハンナからすれば、俺の言ってることなんて意味が分からないはずだ。
全て夢の中での出来事なのだから。
なのに、その背中への優しい手つきを止めることはなく、続けてくれている。
その手からは、安心してほしいという気持ちが伝わってくるほど優しいものだった。
「俺の側にいてくれ…」
ハンナの前で弱音を吐くのは、風邪を引いた時以来かもしれない。
怖いなんて感情、騎士団の仕事でも感じたことなんてなかった。
騎士は負ければ死ぬ。
そういうものだし、俺もそれを当然のように受け入れていた。
ハンナもそうだが、俺もまた、生に執着はしていなかった。
だからか、死なんてものは怖くなかった。
そう。死は怖くない。俺の中で、死よりも恐ろしく怖いのは、ハンナが離れていくことだった。
夢を見て初めて、俺が怖いものに気付いた。
けど、俺を安心させるのもハンナで
「ルーカス様が望む限りは、あなたのお側にいますよ。決して離れません。大丈夫です。」
何度も何度も、大丈夫だと言って俺を安心させてくれる。
その声が、言葉が、振る舞いが、俺の恐怖を1つ1つ取り除いてくれる。
その事実にまた安心する。
「ルーカス様が落ち着くまで、しばらくこうしていましょう。」
「ぁぁ……」
ハンナはいつだって冷静だ。
自分を貶されても、見下されても、蔑まされても冷静な人。
今のこの状況でも、何故俺がこんなことを言うのか、ハンナは知らないはずなのに、とても冷静で穏やかな口調でいてくれる。
そんなハンナが、褒められた時だけは頬を赤らめる。その姿がとても愛おしくて、これからも守るべき人なんだと自覚させられる。
だが、本当に守られているのは俺なのではないかと、度々思うことがあった。
ハンナの笑顔を見るだけで、俺の心の平穏は保たれるのだから、間違っていないだろう。
俺の心を乱せるのも癒せるのも、ハンナだけ。
先、俺が抱きしめてしまった時、抱きしめ返してくれてどれだけ嬉しかったことか。
つい数秒前まで恐怖で心が凍てついてたというのに、ハンナが近くにいてくれるだけで、心まで温かくなった。
おかげで段々と落ち着いてきた。
「ハンナ、ありがとう。おかげで落ち着いた。すまない、驚かせてしまって…」
そっと力を抜いて抱きしめるのをやめ、ハンナと目を合わせた。
ハンナは優しい目をしている。
「いえ、大丈夫ですよ。それより、どんな夢を見たんですか?」
勝手に抱きしめてしまったのに大丈夫とは…自分のことを気にしない癖は相変わらずのようだ。
「ハンナが俺の元から去っていく夢を見たんだ…。」
「なるほど、多分グレース様のお説教のせいですね。でも本当に安心してください。わたしの居場所はここですから。」
「っ…!」
自分の居場所を分かってくれていることに安心感を覚える。
ハンナは覚えてくれていた。
ここが自分の居場所だということ。
「ね?だから帰りましょう。わたし達の家に」
ハンナはそう言って俺の両手を掴んだ。
わたし達の家…とても響きの良い言葉だ。
俺だけの家じゃない。ここの住人にはハンナも含まれてる。
それがどうしようもなく嬉しくなってしまう。
「ああ、帰ろう。俺たちの家に。」
俺もハンナの手を握り返す。
その手はとても華奢で小さく、力を入れれば簡単に折れてしまいそうだった。
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