笑顔の仮面
「以前話したことは覚えていますか」
「ああ、覚えている。」
「わたしは子供の頃から公爵邸に行くまで、家庭教師がいました。その家庭教師は、わたしが1度ミスする度に、鞭でわたしの背中を打ちました。そのことをお父様に話しても、お父様には姉しか見えていなかったようで、わたしの方を見向きもしませんでした。」
苦しくなる。もう2度と思い出したくない過去を思い出し、話しているのだから当然と言えば当然だが。
みぞおちの辺りがとてつもなく痛い。
ポーカーフェイスが出来るかどうか怪しい痛さだ。
それでも、わたしは話し続けた。
「その中でわたしが唯一休めた場所は、あの屋根裏部屋でした。あそこには、わたしを縛るものは何もありませんでしたから。」
何も言わずにただきいてくれてる。
それだけでも充分ありがたい。
「……一方で、優遇されて育った姉は、よく男の方と遊ぶようになりました。その頃のわたしは、父に外に出るなと言われていたので、社交界、お茶会、パーティー、どれも出席したことがありませんでした。なのに、わたしはいつの間にか【男を誘惑する極悪令嬢】として名を馳せていたんです。」
「…………!」
「何故そんな噂が広まったのかは、公爵様が教えてくれましたよね。パーティーでお父様が噂を広めていたようです。お父様にとってわたしは、身代わりでしかなかったのでしょう。わたしの人物像は、色んな噂と偏見が入り混じって出来上がりました。」
苦しいはずなのに、何故こんなにスラスラと話せているのか。
自分でも不思議だし、少し不気味だとも思う。
「それはここに来ても同じでした。噂や偏見で判断する。だからその噂や偏見を少しでも変えるために、公爵様に証明してみせたり、侍女として働いたりしました。」
今更取り繕ったところで意味はない。
なら、全て言ってしまった方が、後々楽になるだろう。
「そして、わたしが公爵邸から逃げたその日、お父様に捕まり、次に気付いた時にはわたしは手を縛られた状態で屋根裏部屋にいました。それからお父様が部屋に入ってきてわたしの顔を殴り、腹部を何度も蹴り始めました。その間は食べ物も飲み物も、全て与えられませんでした。」
唖然とした目で公爵がわたしを見つめる。
今公爵は、わたしに対して何を思っているのだろう。
知りたくない、考えたくない。早く話してしまおう。そうすればあなたは、わたしを追い出す。そうでしょう?
「次の日は、足首を踏まれました。ですがその日はお酒を飲んでいて、わたしに何故良くない噂を押し付けたのか話し始めました。聞いてみると、『姉は妻によく似ている。妻がこんなことするわけない』と仰ったんです。だからわたしは、これ以上暴力を振るわれないよう、演じることにしたんです。」
「演じる…?」
「例えば、公爵様や侍女、執事、料理人たちの思うわたしへの印象は、【明るい令嬢】だと思います。」
「…っ!まさか…」
わたしはニコッと笑う。生きている意味のない人間は、どうやら何でも出来るらしい。
わたしが満面の笑みでわたし自身の秘密を打ち明けてるのが良い証拠だ。
「わたしは、誰かを信頼したことは1度だってありません。だから【明るい令嬢】の仮面を被りました」
笑顔を絶やさないまま言う。
"もうどうでもいい"
そんな気持ちだった。今ここで殺されようと貶されようと蔑まされようと、全てどうだって良かった。
だって、ハンナ様がこの身体に戻らないと知った今、わたしの生きる意味がどこにあると言うのか。
「何故…仮面を被る…」
「それは公爵様が1番分かるのではありませんか?わたしに信頼出来る人など、この世に1人もいないのです。公爵様が無表情の仮面を被っておられたように、わたしも笑顔の仮面を被っていただけです。」
「…………。」
機嫌が悪くなったのか、公爵は言葉を発さなかった。
異論はないと言うことだろう。
「続きを話しますね。わたしは侯爵に同情してもらえるような仮面…【母を亡くし、父にも見捨てられた可哀想な女】として父と話しました。今までは【どれだけぞんざいに扱っても良い女】だったんですけどね。」
「……もういい」
「そして【母を亡くし父にも見捨てられた可哀想な女】で対話すると、お父様に『もう1度やり直そう』と言われました。わたしは…それに答えることが出来ませんでした。…」
「おい…!」
「もう1度やり直すということは、今まで無視をされ、家庭教師には鞭を打たれ、蹴られ殴られたこの今までの時間を全てなかったことにされると言うことでしょう…?わたしは…」
「もう良いと言ってるだろう!」
「…!申し訳ありません、話しすぎました…」
もういい…どう言う意味だろう。出ていけという意味なのか、もう話すなという意味なのか。
頭の働いていない今のわたしは、理解できていなかった。
「もうやめろ…泣きながら、辛そうに、苦しそうに話すな。」
そう言われて、わたしは初めて自分が泣いていることに気がついた。
ああ、笑えという意味だろうか。やはり、公爵は明るい令嬢の方がいいみたい。
「…っ!ハァ…、すまない、今のは言葉足らずだった。笑えという意味で言ったのではない。あなたも俺と同じように、1度休憩すべきだ」
「わたしには出来ません。」
これはすぐに答えられるものだった。
"だって、あなたとわたしは、根本的に違う"
「何故…」
「公爵邸にいる皆さんを信頼しろと言うのですか…?公爵様も含めて…。だとしたらわたしには出来ません。公爵様、初めてお会いした時、どんなお出迎えをしてくださったか覚えていますか?セバスさん1人でわたしを出迎えましたよね。」
ああ……。もう、止められない。
見てくださりありがとうございました!
次話も見てくれると嬉しいです!




