大っ嫌い
「失礼致します。お嬢様、公爵様のお仕事の書類を持って来ましたが、どうするのですか?」
いいタイミングで、執事が書類を持ってきてくれた。
何もせずにいると考え事をしてしまう。それなら仕事をしている方が余程マシだ。
わたしの思考回路なんて、わたしでさえ見たくない。感じたくない。
「ありがとうございます。もしわたしが出来る資料の内容があるのなら、やっておこうと思ったんです。少しでも公爵様の負担を減らしたいですし。」
「……かしこまりました。それでは、失礼
致します。」
ちょっと怪しまれたかな。
でも流石に公爵をずっと見るのは暇だ。
わたしとしては、公爵の介抱の片手間に資料を片付けている方が、余計なことを考えなくて良いのでありがたい。
そう言えば、ハンナ様は何を幸せと感じるのだろうか。
そもそもの話、ハンナ様の魂が既に成仏していたとしたら?
わたしはどうして頑張ってるんだろう…
ダメだ。こんなこと考えるから仕事をしようと思ったのに…。
集中しよう。
◇◇◇
"朝…"
書類を片付けていると、いつのまにか朝になっていた。
幸いにも、まだ朝の早い時間だ。
お皿片付けるの忘れてたし、朝食も作りに行かないといけないのでちょうどいい時間だろう。
今は公爵の容態も安定しているし、少し離れていても大丈夫なはず。
「少しだけ離れますね。すぐに戻ります」
この時間帯はまだ誰も起きていない。
何せ朝の4時半だ。
おかゆのレシピを書いてつくってもらうのもありだと思ったが、朝はどうしてもわたしが作らないといけない。
おかゆは、ご飯を炊く時間が必要なため、最低1時間はかかってしまう。
朝早くから1時間も付き合わせるなんて申し訳ない。
それに、眠っている料理人達を起こすことになってしまう。
「早く作っておこう…」
また気を遣われてしまったらたまったもんじゃない。
レシピも書いておこう。
昼食と夕食は料理人さんたちにお願いしないと、掃除と資料の片付けが間に合わなくなる。
こんな時、前世の記憶を持っていて良かったと、つくづく思う。
何をしたら迷惑になるのか、何をしたら喜ばれるのか、どうやって信頼を得れば良いのか。
そういった知識は、会社で働いてる時に散々得てきた。
それもこれも厄介上司がいたからだ。
手を動かしながらそんなことを考える。
我ながら、ながら作業は得意のようだ。
考えながら、掃除をしながら、介抱をしながら、そういった類のものは以前から得意だった。
ながら作業をしないと間に合わないことが何かと多かったから。
前世では、お父さんのお酒を切らさないように冷蔵庫のお酒をチェックして、無くなりそうであれば、仕事の昼休みに買いに行く。
そうじゃないとお酒が無くなるから。
それでも、仕事が忙しくスーパーに向かう時間がない時は、どうしても冷蔵庫のお酒が切れてしまう。
すると、お父さんは決まって激怒し、『もっと働け』『金を稼げ』『いつ酒が無くなるのか分からなかったのか』『出来損ないが』『お前さえいなければ』『死ね』『消えろ』
八つ当たりにも程がある暴言とともに、暴力がわたしの身体に降り注いできた。
基本は服で隠れて見えないところを殴られるが、たまに顔や腕といった見えるところに痣が出来てしまう。
そんな時、傷自体は、絆創膏などで隠せたため、引っ掻かれて出来た傷だと言い訳をした。
周りに助けを求められる人なんておらず、
わたしはひたすら傷を隠して会社に出勤、
ひたすら笑顔で人と接する。
そんな偽りばかりの人間関係の中に、助けてと言える人などいなかった。
そして今世でも、それは変わらない。
周りに笑顔で接して、誰の機嫌も損ねないように、傷を全て隠して。
こうしてみんなの知るわたしが出来上がる。
辛い
苦しい
寂しい
憎い
悔しい
生きたくない
消えたい
そんな負の感情が、わたしの心にはないとみんなに思わせる。
明るく、何も知らない令嬢は、みんなを元気にさせるだろう。
同時に、純粋な人は信頼を得られやすい。
打算的すぎるわたしの行動が、どうしようもなく嫌になる。
わたしは、わたしが大っ嫌い。
「出来た…」
いつの間にか、朝日は上りかけだった。もう
こんな時間なのか。
急いで公爵部屋に向かおう。
もしかすると、起きているかもしれない。
料理人さんたちが来る前に急がないと。
見てくださってありがとうございました!次話も見てくれると嬉しいです!




