公爵の過去
「……もちろんです。」
「俺の両親は、とても仲が良かったんだ。母は社交界で大きな発言力を有していたし、父は騎士として大きな功績を上げていた。」
わたしも小さい頃に侍女に聞いたことがある。
シャーロット・ガルシアが行う行動には、全て民を思いやる心があり思慮深いことから、女神と呼ばれていた。
そして、ガルシア先代公爵様の功績は、お寺国に大きく貢献し、たくさんの人を救っていたそうだ。
だが、最近はその噂も今の公爵に塗り替えられていた。それと何か関係しているんだろうか。
「俺に対しても優しかった。お母様からは礼儀作法とダンスを、お父様からは剣術を教えてもらっていた。本当に、幸せだった。」
公爵の声から、少し辛そうに話す声から、どれだけ幸せな家庭であったかが容易に想像できる。
わたしとは無縁のもの。
だけど、一度でもいいから触れてみたいと、そう感じてしまう。
「だが、7歳の時、お母様が馬車の事故で亡くなった。」
「っ_!」
どうしてこの人が、ここまで人を信用しようとしないのか。その理由が分かった…。
この先を、聞かなくても分かる。
彼に
公爵に
言わせたくない
「でも、単なる事故ではなかったんだそうだ。誰かが、意図的に母を…」
「公爵様、言わなくても大丈夫です。」
公爵の会話を遮ってしまった。
この行為はとても無礼なことだと分かっている。
でも、今この瞬間、公爵がこの話をするのは、公爵が後悔するだろう。
それに、わたしのことを信頼してもいないのに、風邪のせいで話してしまうなんてことはしてほしくない。
「…ありがとう。」
そう言って、公爵はまた話の続きを始めた。
「それからは、怒涛の日々だった。母の葬儀が終わった後、父は、俺のところへ来なくなった。その代わり、先生をよこした。礼儀作法、ダンス、剣術それぞれを教える先生。」
公爵も頑張っていたんだ。
小さい頃からずっと…。家族の死に悲しむ暇もなく。
「俺は、父を超えるためだけに、全て抜かりなくやった。特に剣術だけは、父を超えてやると、父が俺を捨てた時、そう決心したんだ」
公爵は、誰かに聞いて欲しかったのかもしれない。
自分はこれだけ抱えているんだと、お前たちみんなが裏切る可能性のある人物なんだと。
だから誰も信用しないし弱みを見せない。
「公爵様、それなら、今だけは休みませんか。」
「なに?」
「現在、公爵様のお噂は、離れたところでもお耳にします。ですから、公爵様は充分に、先代公爵様を超えていらっしゃると思います。」
「違う、俺はまだ…」
「それに、仮に公爵様のお父様を超えるだけなら、習うのは剣術だけでも良かったのではありませんか?」
「ぁ…」
何か察したんだろうか。
やっと自分が何をしているのかに気づいたのだ。普段驚いても声を出さない公爵が声を出している。これは相当驚いたのだろう。
「公爵様が礼儀作法やダンスを頑張ってきたのは、公爵様のお母様のためだと思います。公爵様のお母様は、公爵様が休憩したらお怒りになる方でしたか?一度でも弱みを見せたら叱咤する。そんな方でしたか?」
公爵の表情が少し歪む。
公爵が感じたくなかったその気持ちを、今わたしは公爵につたえている。
そうでもしないと、公爵はこれからも全て無表情という盾を使って自分を隠すだろう。
少しでもそんなことが減るように。
わたしは言う。
「違うはずです。公爵様のお母様は、わたしが公爵様にお聞きしている限りでは、優しく、聡明であり、一緒に考え、一緒に喜び、一緒に幸せを感じる。そんな方だと思います。違いますか?」
「やめろ…やめろやめろ。やめろ…。」
"やめてはいけない。やめてしまったら、また公爵は止まるでしょう?"
「何でも完璧にしようとする公爵様ですが、あなたの周りには頼っても良い人がたくさんいます」
"少しでも公爵の力になりたいと言う人がいる。"
「だから、休んでも良いんですよ。弱みを見せて、隙を見せて、そうして信頼は出来ていくのだと思います。」
「やめろ…!お前に何が分かる!俺は休めない!俺は…」
「仲間を頼ってください。」
公爵は大きく目を見開いた。
「公爵様が休んでいる間は、公爵様をお慕いしている周りのみんなが助けてくれます。公爵様が信用していなくても、みんなが公爵様を信用しているんです。」
これは慰めの言葉じゃない。
本当のこと。
「みんなが、公爵様を助けたいと思っているんです。」
一緒に働いて、話して感じる。
公爵を信頼しているという気持ち。
公爵の役に立ちたいという気持ち。
その気持ちのおかげで、屋敷の中も外も完璧、書類も公爵が見やすいように種類別にして分け、料理も公爵が好きなもの、食べやすいものを把握している。
「周りを、信頼出来ない理由は、お察しします。ですが公爵様は、これまでにたくさんの努力をしてきたはずです。色んな方とも出会って来たでしょう。そんなあなたの目から見て、公爵様の従者はどうですか?信頼するに値しない方々ですか?」
「…あぁ、…俺は、見ていなかったのか…」
「大丈夫です。公爵様は、見えていなかったのではなく、見ようとしてこなかったのです。また同じ悲劇が起こってはいけないからと…。」
「お前は、人の気持ちを察するのが上手いのだな。これも、誘惑するために磨き上げた技術か」
「さあ、どうでしょうか。ですが、公爵様がそう思うのならそうなのでしょう。とりあえず、わたしが言いたいのは、公爵様は無理をしすぎなので、もう少し人に頼ってくださいと言うことです。」
そうでないと、壊れてしまう。
無表情だから心がないだなんて、そんなことはあり得ない。
公爵にも心がある。
強さだけを持ち合わせているわけじゃない、弱さもある。それが人なのだ。
弱さのない完全無欠の人間など、この世には存在しない。
「わたしに弱みを見せることは出来なくとも、長年寄り添ってくれた従者の方々なら多少は見せても良いのではないですか?」
「令嬢…あな、た。は、」
話疲れたのか、気絶するように眠ってしまった。
どこかすっきりしたような寝顔だ。
本来はもうとっくに寝ないといけない時間。なのに寝れていないということは、公爵は不眠症の類なのだろう。
それでも、話して心が少し軽くなったのか眠れたようだった。
「今夜はわたしがお側にいますので、何にも怯える必要はありません。孤独に耐える必要もありません。ですから、ゆっくり眠ってください。」
公爵にあんな事情があったとは思いもしなかった。だから公爵は誰も信用出来なくなってしまったのだ。
母は事故ではなく意図的に殺された。
だけど、公爵のお父様には多分捨てられたのではない。公爵が公爵のお母様に似ているのだろう。
それに、先代公爵様は耐えられなかったのだと思う。
どちらにせよ、公爵は愛されていた。
愛情を知っているから、それがなくなった時の絶望感はとてつもないものだろう。
それでも思ってしまう。
"公爵はわたしと違って、愛をもらっていたじゃない"
そんな最悪な言葉が脳裏をよぎる。
こんな考えをするわたしに反吐がでる。
気持ち悪い。
そんな感情に蓋をする。
誰も触れることが出来ないほど奥底に、厳重に閉じ込める。
誰にも気づかれないように、自分でさえ気付かないくらいの、奥深くに。
見てくださりありがとうございました!




