八章 3
駅前で求人誌をゲットし、家に帰ったあとパラパラとめくってみる。
「何見てんの?」
美琴が訪ねてくる。
「バイトの求人だ」
「なに、あんたバイト始めんの?」
「まぁ、そうしようと思ってる」
「ふーん、そっか」
美琴の反応は薄い。もしかしたら、俺がバイトを始めることによって、一緒に過ごす時間が減ってしまうことを恐れているのかもしれない。
「何のバイトすんの?」
美琴がソファの隣に座ってくる。
「それを今悩んでいる」
「接客業は向いてなさそうね」
「……」
美琴にも言われてしまった。
どうやら俺は接客しないほうがいい人間らしいな。
「ふーん、いろいろあるんだ。ファミレスとかどう? 調理スタッフ」
「俺に調理ができると思うのか?」
「思わない」
「じゃあなんで勧めた……」
求人誌をめくってみる。世の中いろんなバイトがあるんだなと感心する。
「俺にはどんなバイトが向いてると思う?」
「うーん、人としゃべらない系?」
「やっぱりそうなるのか……」
「難しいバイトに挑戦するのもいいかもだけど、最初は自分にできそうなものから始めてみたほうがいいと思うわよ。
続かなかったら困るし」
たしかに、そのとおりだ。
社会勉強のために俺はバイトを始める。
世の中の高校生がアルバイトを始める理由なんてそんなものだろう。
あとはお金がほしいとかだな。
美琴の言うとおり、バイトなんだから肩肘張らずにできる仕事がいいと思う。
俺はある求人を見つけた。
「これなんかどうだ?」
「スーパーの品出し……。いいんじゃない? あんたらしくて」
「品出しは俺らしいのか……。よくわからんな」
これならあまり人と喋らずにできそうだ。
多少の接客はありそうだが、必要最低限だと思う。
おそらく、商品の場所聞かれたりとか、その程度だろう。
「決めた、これにする」
ホームページの応募フォームから応募を完了し、メールが届いた。
どうやら面接の日程を決めるらしい。
とりあえず希望日を出し、面接日は2月の4日に決まった。
そして面接日当日、俺は緊張しながらも初めて店舗に向かった。
サービスカウンターまで行く。このへんは指定されたとおりだ。
面接に来た旨をサービスカウンターの人に伝えると、すぐに放送で店長を呼び出してくれた。
「はじめまして田中です」
「あ、どうもはじめまして。今日はよろしくお願いします」
ド緊張した。さすがに社会人相手だと緊張するな。
面接はあっさり進んだ。学校ではどんな勉強してるの、とか、何曜日なら入れるの、とか、色々聞かれた。
平日の2日と、日曜に出勤してほしいとのことだった。
日曜日か……、
スーパーのバイトなので、土日にも出勤の予定があるのは、仕方ないのか。
まぁ、ここは甘いことは言っていられない。
入れます、とだけ素直に答えた。
後日メールが届いた。
採用可、とのことだった。
「受かった……」
俺が安堵したように言うと、美琴は大喜びした。
「やったじゃん!」
「あぁ、とりあえずよかった」
面接の時点で多分採用されるだろう、とは感じていた。
高校生だから落とされる可能性もあったが、とにかく採用されて良かった。
「何時から何時まで?」
「一応、17時から21時までだな。だから、バイトがあるときは帰りが遅くなると思う」
「ふーん、そっか、わかった」
美琴はすんなり承諾してくれた。
「ご飯、どうする?」
「あー、今までどおり、作ってくれるならそうしてほしい。机の上に置いといてくれれば、俺が勝手に食べて、後片付けはしておく」
「そう。わかった」
なんだか新婚夫婦みたいな会話だな。
付き合ってから、美琴と過ごす時間は増えた。
どちらかの家で一緒に過ごすことが多い。
だから、こんな夫婦みたいな会話になってしまうんだろう。
「っていうか、どこの部門?」
「デイリーの品出しだ。店長は品出しと値引きと、片付けがメインになると言ってた」
まぁ、バイトだからそこまで重い負担になる作業はやらされないと思う。
しかし、怖いな。
パワハラとかされたらどうしようか。
そこの不安はあった。
バイト先の人間関係にも慣れなければいけない。
できれば、優しい人だけに囲まれて仕事したい。
新人のうちは特に、新しい仕事を覚えるのと同時に、新しい人間関係を作ることをしなければならない。
大変だな。
「バイトかー。あんたの店、たまに顔見せに行ってもいい?」
「やめろ。頼むから」
「えーいいじゃん」
「ダメなものはダメだ。冷やかしなら帰ってくれ。これは店のためでもある」
知り合いがわざわざ顔を見せに来て、店員と無駄話をすることは、店側にとってあまりいいこととは言えない。
そこら辺はきちんとしなければな。
「ちぇっ、ケチ」
「うるさいぞ」
それからしばらく沈黙の時間が流れた。
最近ではこの沈黙の時間も心地よく感じられていた。
ソファの隣に美琴が腰掛け、しなだれかかってくる。
それから、俺のお腹をぷにぷに触ってきた。
美琴と肌を重ねてから、スキンシップの数が圧倒的に多くなっていた。
俺から触ることは滅多にない。
美琴の方から触ってくることが多い。
俺は美琴の手に、手を重ねる。美琴の熱っぽい視線に応えるように、俺は美琴とキスをする。
首筋を愛撫する。それから攻めるようなキスを続け、無抵抗の彼女の体を押し倒す。
それから彼女パジャマの上から、胸のあたりをなでる。彼女は「ん……っ」という声を出し、俺はいつものように理性を手放していく。
「ベッド行くか?」
「……うん」
これがいつもの流れになっていた。リビングの明かりを消し、俺は美琴と手を繋いで寝室へと向かうのだった。
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