八章 2
教室で、声をひそめるようにたつきが聞いてきた。
「どう? それで、彼女の方とはうまくいってるの?」
「まぁぼちぼちだ」
「そうかい。鍵のぼちぼちは結構進んでると見たね」
俺の方は何も言い返さない。
なるべくなら、美琴とどこまで進んだかを語りたくはない。
「どこまでいったんだい? もうチューはした?」
「頼むから教室で聞かないでくれ……」
「いいじゃん。誰も聞いてる人なんていないだろうしさ」
今はお昼休み中である。
各々が、友達同士で固まってご飯を食べている。
たしかに俺たちの周りに人はいない。
だからといって、いつどこで、誰が聞いているかもわからないのである。
「答えられないな。想像に任せる」
「なんだよ鍵! 教えてくれたっていいじゃないか。減るもんじゃないし」
こいつはどちらかといえば、美琴の方を気にしているのかもしれない。
美琴がキスをしたかどうか、それは男子にとって気になる話題なのだろう。
たつきとて、例外ではないということか。
やっぱり男子たるもの、同じ学校の気になる女子の恋愛事情は知りたくなるものなのだろう。
「一般的にはこの時期でどこまで行くのが正解なんだ?」
「どこまでって、人によるだろうけど、まだ付き合って何日かしてないから、まぁ手を繋ぐ、くらいじゃないかな?」
「……」
俺は閉口する。どうやら俺たちは色々な意味で先に進みすぎてしまったらしい。
そうか、一般的な男女はもっと初々しいのか。
美琴が積極的なせいで気づかなかったが、世の中の女子はもっと慎重なのかもしれない。
もちろん慎重だから良い悪いという話ではない。
だが、俺たちは世間一般的に見て、少し飛躍しすぎてしまったらしい。
……いや、待てよ?
俺は美琴と手を繋いでどこかに遊びに行った経験などない。
普通のカップルならまず先にそちらのイベントをこなすのかもしれない。
まぁ、美琴とは家が近いから、自然と家デートが多くなってしまうのは仕方のないことだとは思うが……
「どうしたの鍵?」
「いや、何でもない」
俺は話題を変えることにした。
「なぁ、話は変わるが、少し人生相談に乗ってくれないか?」
「人生相談って……。僕はたかだか高校一年生だよ?」
「わかってる。だが、相手が同じ立場だからこそ聞けることというか?」
「? よくわからないけど、その悩みってのは何?」
「将来の夢がない」
「どうしたの鍵? 啓発本でも読んだ?」
「読んでない。ただ、みこ……彼女との会話の中で思っただけだ。向こうには将来のビジョンがあって、俺にはない」
「んー、なるほど。要するに鍵は焦ってるってことだ」
「まぁ、ニュアンスは近い」
「漠然と悩んでるけど、今すべき行動がわからないってことだね、つまりは」
こいつ、言語化するのがうまいな。
素直に感心する。
「ざっくりとそういうことだ」
「なら勉強頑張るしかないんじゃない? とりあえず勉強して、大学に行って、大学の中でやりたいことを見つけるとか」
「……やっぱりそういう答えになるのか」
「不満かい?」
「いや、そういうわけじゃない。ただ俺はどちらかといえば勉強はあまり好きじゃないからな……。正論が耳に染みるというか」
「あはは! たしかに、鍵は勉強好きそうじゃないもんね。でもこの前のテスト順位良かったじゃん。鍵にしては、だけど」
「よかったのか? 俺は自分の順位を知らない」
「なんで見てないんだよ……。百十位だよ」
百十位か……。まぁまぁ取れている。
前の前のテストよりは、はるかに取れている。
「やっぱり、彼女のおかげ?」
「そうだな。それは否定しない」
「ひゅう、鍵さらっとかっこいいこと言うね」
「茶化すな」
俺はたつきの額を小突く。たつきは『あう』という情けない声を上げた。
「勉強以外だったら、アルバイトとかどうよ?」
たつきの提案に、俺の目から鱗が落ちた。
なるほど。
「お金も稼げるし、社会勉強にもなる。アルバイトでやってきた経験を生かして社会人になる人も多いんじゃないかな?」
たしかに。こいつ天才か?
「バイトか、悪くないな」
「へへん、でしょ。感謝してね」
「あぁ、感謝する。名案だな」
素直に褒める。思いつきそうで思いつかなかった答えがそこにはあった。
バイトか……
やるとしたらどんなバイトがいいだろうか。
俺は考える。コンビニとかか? でも接客スキルは俺にはない気がする。
高校生でもできるバイトか……。
「とにかく、ありがとう。いいアドバイスをくれて」
「いいってことよ。唯一無二の親友だからね」
俺はその言葉を聞き流し、あとで自分に向いているバイトを探そう、と思うのだった。
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