八章 1
一月下旬。長かったテスト期間も無事終了した。
勉強漬けの数週間だったと思う。
手応えはまぁまぁだ。美琴の指導もあって、そこそこできた自負がある。
「おっはよーさん、鍵、元気?」
「元気だな」
登校中、坂道を登っていると友達である相沢たつきに声をかけられた。
「今日はテストの結果が張り出される日だね」
「そうだな」
期待はしないでおこう。
俺の方は正直何点だろうと構わない。
問題は美琴の方だ。
彼女はまた、学年一位を取るだろうか。
結果を見るのが楽しみになっている反面、不安もある。
美琴が一位から転落するようなことがあれば、間違いなく俺が原因だ。
なんせ、美琴の勉強時間を奪ってまで指導してもらったからな。
そうこうしているうちに学校に到着した。
靴を履き替え、教室のある廊下を歩いてる途中、やけにざわざわしている箇所を見つけた。
どうやら廊下に今回の順位が張り出されているらしい。
「お、やってるねー」
たつきの楽しそうな声。
見るのが怖くなってきた。
「おい、マジかよ……」
「そんなことってあるんだ……」
何やら騒がしいな。
どうしたんだ?
俺は順位表の方に近づいていく。
そして見た。
荻原美琴の名前をすぐに発見した。
彼女の名前は、上から2番目のところにあった。
つまり、ソレの意味するところは……
「女王様が、首位陥落……?」
俺の心臓が跳ね上がる。
ヤバい。
これは間違いなく俺の責任だろう。
彼女の勉強時間を奪ってしまったこの俺に、責任はある。
「鍵、感想は?」
「正直驚いている……」
俺は次の言葉を出せなかった。
それくらい驚いている。
その時、チャイムが鳴った。
予鈴である。
「はいはいそろそろお前ら各自教室に戻れ! 遅刻したら内申に響くぞ!」
教師の高圧的な声。
俺たちはそれに素直に従うことにする。
教室に入り自分の席につき、ようやく思考を取り戻した。
頭の中では、あとで美琴になんて謝ろうか考えている。
「鍵、大丈夫かい? 顔真っ青だよ?」
美琴の成績が下がった原因は、俺に指導してくれていたから……以外にも理由はある。
夜の時間は彼女と過ごすことが多かった。そしてだいたい日付が変わっても起きていた。
なんて馬鹿なことをしたのだろうか。
あとで本気で美琴に謝らなければいけないな――
――――――――――
「テストの結果? あぁ気にしてないわよそんなこと」
「本当か? 今まで1位だったろ」
「まぁねー。でも、お母さんとの一件で、もう認めてもらおうとしなくてもいいんだって思えたから」
「……」
そうか、ならよかった、
……で納得できる問題ではない。
俺のせいで成績が下がったのだ。
「それでも、お前の成績が下がったのは俺のせいだ。本当に悪いと思ってる」
「ちょっと待って。べつにあたし成績下がってないわよ?」
「……? どういう意味だ?」
「テストの点数はこの前とほぼほぼ一緒なの。だから下がってないわよ」
「それはつまり、お前より頭のいい奴が現れたということか?」
「頭がいい奴が現れたっていうか、元々ライバル関係だったっていうか。あたしの友達なの」
「……そうなのか」
驚いた。美琴は点数が下がったわけではなかったのか。
だとしたらこいつは化物だ。あれだけ俺に勉強を教え、無駄とも思える時間夜更かしをして。
それでもなお、点数をキープしていたというのか。
ヤバいな。
それしか言葉が出てこない。
俺と勉強している時間以外にも、勉強時間を確保していたのかもしれない。
計り知れない努力だな。
「しかしお前を抜かすとはすごいな」
「でしょ。恵梨香すごい頭いいんだ。生徒会で書記やってる」
「そうなのか」
「知らないんかい。生徒会の候補になったとき、めちゃくちゃ熱い演説してたのに」
「すまん、まったく興味がわかない」
「……はぁ、まぁ、あんたはそういう奴よね。でもなんか安心した。他の女の子に目移りしなさそうだもん」
……どうなんだろうか。
まぁ、目移りはしないと思う。
あまり美琴以外の女性に興味がないのは事実だ。
「あんたって女友達とかいる?」
「ちかげくらいだな。まぁ、ちかげが俺のことを友達と思ってるかどうかは知らんが」
「いちいちネガティブに考えるわねあんたって……。そ、でも安心したわ。他の女の子のかげがないってことは、あたしにとっていいことだから」
美琴はニッコリと笑った。
他の女子のかげがないか……。
まぁたしかにないな。
――まだこの時の俺は、そう思っていた。
あとになって思い返せば、まさかあんなことになるなんて思いもしなかった。
「っていうか、あんたの順位は何位だったの?」
「しまった。確認し忘れた」
「自分の順位でしょうが!」
「まぁでも、返ってきたテストの点数はそこそこだったぞ。平均は取れてた」
「ほんとに!?」
美琴は歓喜する。なんだなんだ、そんなに喜ぶことか?
「平均点取れるなんてすごいじゃん! めっちゃ進歩してる!」
「そうなのか?」
まぁたしかに今までの自分と比べれば素晴らしい進歩なのかもしれない。
「美琴のおかげだな」
「ふふん、まぁねー。でも頑張ったのはあんただからね。次のテストでは学年10位以内を目指しましょうか」
「さすがにそれは無理だろ……」
人間の学力というものには限界がある。
俺には多分超えられない壁があるのだ。
「なぁ、聞いてもいいか?」
「?」
「お前は何のために勉強してるんだ?」
「……。あんたには言ってなかったかもしれないけど、あたし学校の先生になりたいの」
「初耳だな。そうだったのか」
意外だ、とは思わなかった。
むしろ美琴なら、そういう進路を取りそうな気がする。
俺は幾度となく美琴の授業を受けてきた。
とてもわかり易かった。
そして現に、俺は成績を上げている。
たしかに、美琴に先生という職業は向いてると思う。
「お前ならなれると思うぞ。向いてると思う」
「そ、そうかな? 初めて人にその話ししたから、正直笑われるかと思っていた」
「笑うところがどこにあるんだ?」
むしろ一番向いてる職業なのではないか。
「そ、そういうあんたはなにになりたいの?」
「俺か? 俺は……」
なりたいものなんかあるんだろうか。
今までちゃんと考えたことはなかった。
たつきやちかげには、何かを究める職業が向いてると言われた。
だが、俺にはなれる自信がない。
「決めてないな」
「そうなんだ。まぁまだ決めなくてもいいと思うわよ。じっくり決めてけば」
「そう言ってもらえると気持ちが楽になる」
「文理選択は? そろそろ提出でしょ? どっちにするの?」
みんなそのことについては決めているんだろうか。
俺は深く考えずに答えていた。
「文系、だろうな。俺の学力的に理系は無理だ」
「そ。まぁ人には向き不向きがあるからねー。いいんじゃない?」
「そういうお前はどっちなんだ?」
「あたしは理系」
「そうか」
べつに驚かない。こいつは何でもできてしまう天才だからな。
「お前頭いいもんな」
「まぁ、ね。否定は今さらしないわよ。あたしはあたしのできることを全力でやりたい」
「すごいな」
俺は素直に褒める。目の前の女性を本気で尊敬している。
「ご飯の支度、しちゃうね」
美琴は立ち上がる。
彼女は将来について本気で考えている。
たつきだって、ちゃんと考えている。
世の中の高校一年生は、もうすでに動き始めているということか。
やりたいこと……それはなんだろう?
今、はっきりと決める必要はないと思う。
ただ、少しは行動したほうがいいだろう。
やりたいことを探すために。
そのために俺は、何をしたらいいのだろうか?
少しでも面白いと思ってくれた方は、ブックマーク、★★★★★等で応援していただければ幸いです




